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蝶々姫シリーズ

【時編む姫誕生日記念】好物は冷凍蜜柑

作者: 薄氷恋

 良い蜜柑が入荷したと、エカミナから連絡が入ったのは、新年も明けて久しい1月末の事。

 その報を受けて、未だ小さなハルモニアは、侍女から蓋付きのバスケットを借りて中央区街へと繰り出す。

 寒い日だった。

 それでも『火の道』を使わずに歩いてエカミナの店に向かうのは、これから入手する蜜柑の為。

 バスケットを暖める訳にいかないのだ。


「若様、お待ちしてましたよ~」


 のんびりと語尾を伸ばす癖のある喋り方。

 長袖のワンピースにエプロン。そして尼僧の様に髪を隠す頭巾。

 いつものエカミナだ。


「初物なんだって?」


 ハルモニアが声を掛けると、即座に喋り出すのがエカミナ。


「そうですよ~。初物の新品種なんですけどね、これが甘くてぷりぷりしていて美味しいんですよ~。試食します?」


 答えを聞く前から蜜柑の皮を剥くエカミナ。

 試食しない訳にもいかず、ハルモニアは嫌いではないがあまり好きでもない蜜柑を口に含む。

 口の中で果汁が弾けた。確かに美味しい。


「うん、美味しい。この籠一杯もらおう」


「はぁい、お買い上げありがとうございます~」


 エカミナはハルモニアからバスケットを受け取ると、蜜柑を詰め始める。

 ハルモニアはその間、財布の中身を確かめている。

 ……ちょっと心許ない。


「はぁい、お待たせしました」


「幾らだ?」


 エカミナの提示した金額はハルモニアの手持ちギリギリの額だった。冷や汗ものだ。

 蜜柑は買えるが、りんごは買えない。

 それでも蜜柑を減らすという事はせず、ハルモニアは代金を支払った。

 名残惜しげにりんごに視線をやりながら、ハルモニアは重いバスケットを受け取る。


「若様」


「ん?」


 顔を上げるとエカミナがにんまりと笑っていた。


「エカミナの店はサービス一番。忘れていません?」


「え……」


 エカミナが布巾でりんごを磨いてハルモニアに差し出した。


「エカミナ印のりんご、オマケしますよ~」


「……。ありがとう、エカミナ」


 戸惑っていたハルモニアがぱっと笑った。


「高級柑橘を買って頂いてサービスがりんご一個なんてエカミナの看板が廃る。えーい、持ってけ! りんご5個!」


「今日は荷袋を持ってきてないから無理……」


 流石に持てないと固辞しようとすると。


「荷袋が無いなら荷袋もつける! ほら、若様」


 光の速さでりんごを詰めた荷袋をハルモニアに突きつけてくるエカミナは、眩しいぐらいの笑顔だった。

 

◆◆◆ 


「重……」


 蜜柑の詰まったバスケットとりんごの詰まった荷袋は重かった。

 いくらエカミナの店が王宮から目と鼻の先でも運ぶのには苦労した。

 『火の道』に普段頼り過ぎているな、とハルモニアは思う。

 これからは真面目に筋肉をつけよう。

 外見年齢が未だ人間でいうところの12歳程度のハルモニアはまだまだ小さかった。

 正門を過ぎて、医療棟へと入る。


「シャロアンス、居るか?」


 小さな拳でゴンゴンと扉をノックする。

 すると中から扉が開いた。


「殿下? どっか怪我したんですか?」


 さらりと揺れる横髪。長い髪を持つ筆頭御殿医が姿を見せた。


「いや、怪我ではない。凍らせて欲しいものがあってな」


 ハルモニアは言いながら部屋の中へ身を滑り込ませる。

 ふう、重かった、と独り言を漏らしながらテーブルにバスケットを置く。


「これが凍らせて欲しい物?」


「そうだ」


 かぱっ、とバスケットの蓋を開けるとシャロアンスが驚いた顔をした。


「いい蜜柑ですね」


「分かるのか?」


「傷一つ無いじゃないですか。高かったでしょう」


「まあな」


 シャロアンスは蜜柑を一個手に取ると、魔力を込め始めた。

 ハリのある蜜柑がみるみる霜に覆われる。


「こんなものですかね?」


「ああ、その調子で全部凍らせてくれ」


「お安いご用で」



 ほどなくして冷凍蜜柑が完成した。

 シャロアンスがバスケットに一つ一つ仕舞う。

 最後の一個を手にしたシャロアンスにハルモニアは待ったをかけた。


「一つはシャロアンスが貰ってくれ。お礼だ」


「いいんですか?」


「勿論」


「では有り難く頂戴致します」


 ハルモニアがバスケットに手を伸ばす。

 それを持たせてやりながらシャロアンスはニコリと笑った。


「重いですよ」


「知ってる」


 凍らせた事で更に重くなったバスケットを持ってハルモニアはヨタヨタと歩いて医療棟を後にした。

 見送りながらシャロアンスは冷凍蜜柑の皮を剥く。

 一口含んで彼はこう呟いた。


「美味っ」




 ハルモニアは広い王宮を歩きながら、なんと切り出そうかと考えていた。

 いつも勉強の時に会話する相手だ。しかし普段と違う会話などしたことがない。

 若干の緊張がハルモニアの面にさす。

 やがてその扉が目の前にやってきた。

 コンコンとノックする。


「開いているわ。入っておいでなさい」


「失礼します」


 部屋の中には色違いでほぼお揃いのドレスを纏った女性が2人居た。

 ハルモニアの家庭教師・時編む姫と、ハルモニアの母・レカだった。


「あっ、母上……」


 一瞬の迷いの後、ハルモニアはバスケットから冷凍蜜柑を一つ取り出してレカに渡した。


「まあ」


「母上もいらっしゃるとは知らずに失礼しました。受け取って下さい。そして……」


 無表情な時編む姫の前に出て、バスケットを差し出す。


「時編む姫にこれを。お誕生日おめでとうございます」


 時編む姫の唇がにぃっと弧を描いた。


「重かったでしょうに。火の道も使わず、お小遣いまではたいて」


「凍らせた蜜柑がお好きと聞いていたので」


「好きよ。母さまの好物だったの。何万年ぶりかしら。こんな風に冷凍蜜柑を貰うのは」


「えっ」


 何万年、と聞こえてハルモニアは聞き返す。

 時編む姫はクスリと笑ってはぐらかした。


「なんでもないわ。それよりもハルモニア、後で御礼状を書きなさい。エカミナはあなたに罪の無い嘘をついた。その荷袋の中のりんごは7個よ」


「ええっ!?」


 重いと思ったら。


「王族らしい御礼状の書き方が今日の授業よ。しっかり励むことね」


「うう……」


 なんでもかんでも授業に繋げてしまう時編む姫。

 でも今日だけは手加減してくれないだろうか。

 だって、今日は貴女の誕生日なのだから。



END

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