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劇は劇しき薬なり  作者: 樋井ひかげ
4/4

キャラクター

サクラ:ねえ、たとえ話なんだけど

エヌきち:うん。なに?

サクラ:もし、もしもだよ? もし私が、私じゃなくなったら、殺してくれる?

エヌきち:何それ。急にどうしたの

サクラ:何って、言葉通りだよ?

エヌきち:どういうこと?

サクラ:私がおかしくなっちゃって、私と呼べない存在になっちゃったら、……君に、殺してほしいの

エヌきち:そんなの、……できるわけないよ

サクラ:どんなやり方でもいいからさ。ね、お願い

エヌきち:……そこまで、言うんなら……、わかったよ

サクラ:……えへへ、ありがと。……それと、ごめんね

エヌきち:ううん。でも、ほんとにどうしたの?

サクラ:こんなこと聞くなんて、どうかしてるよね

彼女は確かに上達していた。

サクラ:もう私、おかしくなってるかも

エヌきち:ヒトミ……?

サクラ:あはは、冗談だよ

しかし、彼女は満足していなかった。

エヌきち:お疲れさまでした! ちょっとぉ、サクラさん、また上手くなりました?

そう言われても、欲は尽きなかった。

エヌきち:なんか、このままだと僕、置いてかれちゃいそうな気がするんですけど

サクラ:そんなことないですよ。でも、最近、ちょっと勉強してみてます

エヌきち:やっぱり? だと思ったんですよ

彼女は、暇があれば本を読んだ。

サクラ:月が綺麗ですね、なんて、当たり前すぎるわ。もっと、上手に伝えてくれないかしら?

彼女は、あらゆる人を観察した。

サクラ:いらっしゃいませ! 2名様と1匹様ですね、こちらのテーブル席へどうぞ!

彼女は、すべてを演じるためのものだと見なした。

サクラ:ちょっと、えんぴつ! 間違えすぎ! ほとんどあたしが消すことになってるじゃない!

彼女は、とにかく何でも演じていった。

サクラ:オイラは風の妖精さ! しっかりつかまってな!

彼女は、演じるためなら、何だってするつもりでいた。

サクラ:えへへ、ねーえ。ねえってばぁ、もっと飲もうよぉ。まだぜーんぜん酔ってないよ?

彼女は、適当な男と付き合ってみた。

サクラ:手、つなぎたいな。……顔は、見ちゃダメ

彼女は、その男を愛してみた。

サクラ:好き。好き。ねぇ、好き。好きなの。大好きぃ!

全ては、演じるため。

サクラ:もっと、ねぇ! もっと! 壊してよ!!

そうだよ、もっと演じなきゃ。

サクラ:この宇宙の未来だって、守ってみせる!

このキャラクターに、寄り添わなきゃ。

サクラ:ちょっと、勘違いしないでよね!

このアイコンがあれば、何にだってなれるんだから。

サクラ:ローズクォーツ騎士団、二番隊隊長のスカーレットよ。よろしく

演じることは、この上ない快楽だから。

サクラ:いっひっひ……どうやら、実験は成功のようだね……

演じていないと、現実が襲ってくるから。

サクラ:任せて! 四十、いや、三十秒もあれば、解読できるわ!

この薬が無いと、生きていけないから。

サクラ:ふふふふ……あっはっはっは!! ご名答だよ。探偵さん

キャラクターは、いつだって魅力的で。

サクラ:えへへ……振られちゃいました。残念賞です

皆の声は温かくて。

サクラ:ねぇ、マネージャー。あたし、かわいくなれてるかな?

エヌきち:もちろんだよ。ほかの誰より、輝いてる

だから、演じたいんだ。

サクラ:だめだよ、私のこと、好きになっちゃ。私、アンドロイドだよ?

もっと。

サクラ:どうしたの? 何を悩んでいるのかな?

もっと、このキャラクターに。

サクラ:そんなに悩まなくていいんだよ

このキャラクターに、ならなきゃ。

サクラ:教えてあげるよ

このキャラクターに、なりきらなきゃ。

サクラ:人は皆、天使の子なんだよ

この世界に、入り込まなきゃ。

サクラ:僕たちは、少し道を間違えちゃっただけなんだ

そうだよ。

サクラ:だから、天使に還るべきなんだよ

いいぞ、もっと入りこんで。

サクラ:どうすればいいかって?

そうだ。もっとだ。

サクラ:簡単だよ

もっと、このキャラクターに。

サクラ:こうやって……

近づかなきゃ、演じなきゃ。ほら。

サクラ:首を絞めるの!

ほら! もっと、苦しそうに!

サクラ:ぐぁッ……ァ……ッ…………えァッ……!!!

もっと! この子はもっと苦しいんだよ!!

サクラ:あァ……かはァッ…………ッ…………!!

もっと! もっとだよ!! なりきらなきゃ!!!

サクラ:ァ…………、…………


あぁ……。

死んでしまった。

なんでも演じてくれる、いい子だったのに。

最高の演者を、失ってしまった。

ただ、お話を書いて、みんなに楽しんでほしかっただけなのに。

でも、彼女は、何に殺されたんでしょう。

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