キャラクター
サクラ:ねえ、たとえ話なんだけど
エヌきち:うん。なに?
サクラ:もし、もしもだよ? もし私が、私じゃなくなったら、殺してくれる?
エヌきち:何それ。急にどうしたの
サクラ:何って、言葉通りだよ?
エヌきち:どういうこと?
サクラ:私がおかしくなっちゃって、私と呼べない存在になっちゃったら、……君に、殺してほしいの
エヌきち:そんなの、……できるわけないよ
サクラ:どんなやり方でもいいからさ。ね、お願い
エヌきち:……そこまで、言うんなら……、わかったよ
サクラ:……えへへ、ありがと。……それと、ごめんね
エヌきち:ううん。でも、ほんとにどうしたの?
サクラ:こんなこと聞くなんて、どうかしてるよね
彼女は確かに上達していた。
サクラ:もう私、おかしくなってるかも
エヌきち:ヒトミ……?
サクラ:あはは、冗談だよ
しかし、彼女は満足していなかった。
エヌきち:お疲れさまでした! ちょっとぉ、サクラさん、また上手くなりました?
そう言われても、欲は尽きなかった。
エヌきち:なんか、このままだと僕、置いてかれちゃいそうな気がするんですけど
サクラ:そんなことないですよ。でも、最近、ちょっと勉強してみてます
エヌきち:やっぱり? だと思ったんですよ
彼女は、暇があれば本を読んだ。
サクラ:月が綺麗ですね、なんて、当たり前すぎるわ。もっと、上手に伝えてくれないかしら?
彼女は、あらゆる人を観察した。
サクラ:いらっしゃいませ! 2名様と1匹様ですね、こちらのテーブル席へどうぞ!
彼女は、すべてを演じるためのものだと見なした。
サクラ:ちょっと、えんぴつ! 間違えすぎ! ほとんどあたしが消すことになってるじゃない!
彼女は、とにかく何でも演じていった。
サクラ:オイラは風の妖精さ! しっかりつかまってな!
彼女は、演じるためなら、何だってするつもりでいた。
サクラ:えへへ、ねーえ。ねえってばぁ、もっと飲もうよぉ。まだぜーんぜん酔ってないよ?
彼女は、適当な男と付き合ってみた。
サクラ:手、つなぎたいな。……顔は、見ちゃダメ
彼女は、その男を愛してみた。
サクラ:好き。好き。ねぇ、好き。好きなの。大好きぃ!
全ては、演じるため。
サクラ:もっと、ねぇ! もっと! 壊してよ!!
そうだよ、もっと演じなきゃ。
サクラ:この宇宙の未来だって、守ってみせる!
このキャラクターに、寄り添わなきゃ。
サクラ:ちょっと、勘違いしないでよね!
このアイコンがあれば、何にだってなれるんだから。
サクラ:ローズクォーツ騎士団、二番隊隊長のスカーレットよ。よろしく
演じることは、この上ない快楽だから。
サクラ:いっひっひ……どうやら、実験は成功のようだね……
演じていないと、現実が襲ってくるから。
サクラ:任せて! 四十、いや、三十秒もあれば、解読できるわ!
この薬が無いと、生きていけないから。
サクラ:ふふふふ……あっはっはっは!! ご名答だよ。探偵さん
キャラクターは、いつだって魅力的で。
サクラ:えへへ……振られちゃいました。残念賞です
皆の声は温かくて。
サクラ:ねぇ、マネージャー。あたし、かわいくなれてるかな?
エヌきち:もちろんだよ。ほかの誰より、輝いてる
だから、演じたいんだ。
サクラ:だめだよ、私のこと、好きになっちゃ。私、アンドロイドだよ?
もっと。
サクラ:どうしたの? 何を悩んでいるのかな?
もっと、このキャラクターに。
サクラ:そんなに悩まなくていいんだよ
このキャラクターに、ならなきゃ。
サクラ:教えてあげるよ
このキャラクターに、なりきらなきゃ。
サクラ:人は皆、天使の子なんだよ
この世界に、入り込まなきゃ。
サクラ:僕たちは、少し道を間違えちゃっただけなんだ
そうだよ。
サクラ:だから、天使に還るべきなんだよ
いいぞ、もっと入りこんで。
サクラ:どうすればいいかって?
そうだ。もっとだ。
サクラ:簡単だよ
もっと、このキャラクターに。
サクラ:こうやって……
近づかなきゃ、演じなきゃ。ほら。
サクラ:首を絞めるの!
ほら! もっと、苦しそうに!
サクラ:ぐぁッ……ァ……ッ…………えァッ……!!!
もっと! この子はもっと苦しいんだよ!!
サクラ:あァ……かはァッ…………ッ…………!!
もっと! もっとだよ!! なりきらなきゃ!!!
サクラ:ァ…………、…………
あぁ……。
死んでしまった。
なんでも演じてくれる、いい子だったのに。
最高の演者を、失ってしまった。
ただ、お話を書いて、みんなに楽しんでほしかっただけなのに。
でも、彼女は、何に殺されたんでしょう。