フォロワー
声だけを貸すのは、何より気軽だった。
サクラ:さて皆さん、ご入学おめでとうございます。私はこのクラスの担任の、アイリスと申します。
サクラ:あなたたちにとって、この学校への入学は、一つの目標、ゴールであったかもしれませんが、本当のスタートはここからです
サクラ:優秀な魔法使いになるために、日々の努力と研鑽を欠かさないように
あれから何度か、彼女は配信の枠を開いては、台本を読んだ。キャラクターに声をあてるのにも慣れ始めていた。
サクラ:と、同時に。この学校の生徒であることに誇りを持ち、存分に学園生活を楽しんでいただきたいと思っております
数人のフォロワーも出来た。
サクラ:この学校に来たからには知っておいていただきたいのが、魔法とは「なんでも簡単にできるもの」ではありません
最初の配信の時に来た、エヌきち、という男は、彼女の配信のほとんどに顔を出していた。
サクラ:魔法を使うには、相応の努力と研究が必要ですし、むやみな使用は秩序を乱すことに繋がります
当然、この配信にも、エヌきちがいた。
サクラ:ですから、魔法を使う場面の判断をはじめとする魔法論理学についても、魔法の習得と同じくらい、時間をかけて勉強していただきます
画面の端に、エヌきちがコメントをしたのが見える。
サクラ:魔法を使うにも責任がつきもの、ということです
ほどなくして、劇が終わる。
サクラ:いつもコメントありがとうございます、エヌきちさん。「先生っぽい」、本当ですか? ありがとうございます。頑張って大人っぽい声出してみました
サクラ:「秩序って言いづらそう」、そうなんですよ、すごく言いづらかったです、「秩序」
サクラ:「ろんりじゃなくて、りんりじゃない?」、あれ、読み間違えてました? ……ほんとだ、「倫理」ですね。失礼しました
サクラ:「大人っぽい声もかわいいです」、えー、嬉しい。ありがとうございます
サクラ:「こんな先生に教わりたかった」、あはは、何も教えられないですよ
周りからの評価も、普段の自分では得られそうもない言葉ばかりで、自信にすらなっていた。
サクラ:というわけで、今日はここまでにします。来てくださったみなさん、ありがとうございました
彼女は、サクラとしてのSNSのアカウントを作った。するとすぐにエヌきちがフォローしてきた。
サクラ:あ、エヌきちさん。フォローしてくれたんだ。「フォローありがとうございます」、っと
エヌきちは、一緒に劇がしたいと誘ってきた。彼女は、まだ一人劇しかやったことが無かった。
サクラ:えぇ……どうしよう、やってみたいけど、緊張するなぁ
数日後、二人は劇をしていた。
エヌきち:ねぇ。これいつまでやんの?
サクラ:見つかるまで!
エヌきち:見つかるまで、って……、そもそも見つかるんですかー、これ
サクラ:「絶対に見つける!」って思ってないと見つかんないよ?
エヌきち:そんな精神論で言われても……
サクラ:大事だよ? 気の持ちようって
エヌきち:だいたい、なんで今どき四つ葉のクローバー?
サクラ:いつの時代も、幸運の象徴と言ったら四つ葉のクローバーでしょ
エヌきち:……さいですか。早く見つかるといいね
サクラ:ってか、文句ばっかり言ってないでちゃんと探してよ!
エヌきち:いや、探してるって
サクラ:本当ー?
エヌきち:本当だって。見つかってないだけで
二人の息は、お互い初めてとは思えないほどに合っていた。
エヌきち:……あっ
サクラ:なに? あったの?
エヌきち:え? いや、なんでも
サクラ:なんだー、びっくりさせないでよ
エヌきち:……あのさ、こんなことしなくても、もっといい方法あるんじゃない?
エヌきち:普通に、「先輩、頑張ってください」って伝えてくればいいじゃん
サクラ:それじゃだめなのっ
彼女の演技は、最初の頃に比べて、一段と上手くなっていた。コメント欄に「サクラさん」の文字が連ねられることに、彼女はこの上ない充実感を覚えた。
エヌきち:……ねぇ、本当に、日、暮れるよ?
サクラ:だから何? スマホのライト使ってでも探すよ
エヌきち:ふーん。そっか。そんなにマジなんだね。その先輩に。その先輩も罪な人だねぇ。かわいい後輩にこんなことさせちゃうなんてさ
サクラ:ちょっと、先輩のこと悪く言わないでくんない?
エヌきち:はいはい、悪かったよ
彼女は、エヌきちとの心的距離が縮んでいくのを感じた。特別な関係にでもなったようだ。
エヌきち:お、あった。ねぇ、あったよ。四つ葉
サクラ:え!? 本当に!? すごい!! どこにあったの?
エヌきち:ああ、このへん見たら、たまたま
サクラ:ありがとう!! 本当にありがとう!!
エヌきち:ま、見つけてやったんだし。なんかおごって
サクラ:もちろん、お礼させて! 何がいい?
エヌきち:ん、ジュースでもなんでもいいよ。……心こめてくれるんならさ
このとき、もう既に、彼は特別だった。