第11話
マイチの後について部屋に入ると、宿屋の主人が対応したのか
小さめの座卓へ、食事と酒が用意されていた。
頭のフードを外した彼の頭頂には小さなお団子に髪が纏められて、
銀色の簪を挿している。
叡弘は単純にカッコいいヘアスタイルだなと見ていた。
輝きのある簪が値打ちものだから、フードで隠していたように思えたのだ。
「乗物の書き取りをしていて夕飯を食べ損ねたからの、
有難く頂くが。ちと多いな。アキヒロ、山口、
よかったら一緒に食べてくれんかの?」
視線の先には1羽分の鳥の照り焼き、
それからオシャレなガラス瓶に入った酒と
小さなグラスが置かれている。
3人は宿屋からの抜かりのない接待だなと思わず笑ってしまう。
叡弘はガラス瓶を注視している山口さんと
目配せして頷き、「いただきます」と答えた。
マイチと向かい合うように
叡弘と大きいサイズの山口さんが座り、
酒を飲み飲み、話が始まった。
山口さんが言うには、
「私は元々沖縄の恩納村で仕事していた者です。
8年前にクワエ村にたどり着いた時には、
既にこのような身体に変わってしまって。
村人たちが容赦なく化け物扱いをするので、
村の端にある洞窟に8年間、こもっていました。
詳しい事は省きますが、3日前に彼と出会ってこの街までやって来まして……」
深呼吸して落ち着いたところで、彼はマイチへ疑問をぶつけて行く。
「クワエ、フテンマ、ナーファ、
それから彼に聞いたニーノシマという地名は、
私の元々いた場所にあった旧い地名なんですね。
で、もしかしてここは宜野湾間切のフテンマ、
「普天間」で、間違い無いでしょうか?」
「……正解」マイチは静かに返答した。
山口さんは続けて、「今年の年号は何年ですか?」と尋ねる。
彼は素早く
「ウミトゥクガナシの御世になって26年、
大明では万暦32年、
ヤマトの年号は確か慶長9年 ……」
と答え、取り出した半紙に筆で書き付ける。
その様子を見た山口さんはウヘェと辛そうにため息を漏らす。
彼に教えられた年号を「理解」しているようだった。
「……普通の街の民や村人は、行動範囲が狭いから
年号や場所を気に留めたりはしない。
せいぜい作物に関する暦くらいだ。 お前さんたち面白いの」
叡弘は土地勘に暗く彼らの話には入れないので、
大人しく聴くだけにしている。
目の前で書き付けられた慶長という文字だけは、
どこかで見たことはあったのだが……
「なぁ叡弘、俺たちご機嫌な世界に流されて来たようだ。
が、ここは昔々の沖縄県で、今は西暦でだいたい1604年頃……
俺たちの所と同じように歴史通り物事が進んだら、
後5年後、ここに戦争がやってくる」
ざっくりと山口さんが説明すると、
マイチが怯えた表情でこちらを見ている。
「ヤマトの国のタイコウ殿下が亡くなって、
やっと邪魔者が無くなってこれからという時に……
いや実戦となればこの国のかなり不得意とするところ……」
かすれた小声で筆を持つ手まで震えている。
涙目になってちょっとかわいそうだ……
「ヤマトの国のタイコウ」さま?と叡弘は小首を傾げる。
山口さんが「豊臣秀吉だよ」と小声でそっと教えてくれた。
「この国の軍隊が弱くて朝鮮出兵の頃に、
金の代わりに散々米を集られたんだよ。多分知らないだろ?」
彼は仕方ないなと哀しげな顔を叡弘に向ける。
叡弘は本来、沖縄へバカンスに来ただけの観光客なのだ。
地元に住む人間でさえ、なかなか触れない話題に彼は驚いてしまう。
「……でもまあ、まだ5年ある。色々できますよ」
急いで山口さんは怯えきったマイチに謝り、
「私たちの所では1年ぐらいしか準備できなかった、
と記録に書いてありました」
申し訳なさそうに説明を付け加える。
彼は「では君たちの5倍は、この国を護る準備ができるのだな?」
表情がこわばり、辛そうに返した。
◇
山口さんは暗い雰囲気に耐えられず
明るい話題に切り替えようと、一生懸命頭を巡らせる。
「そういえば、ノグ二村へ向かうそうですが、サツマイ……
んっん、「カンショ」という甘いイモをお探しに行くのですか?」
「そうだの。君らの所ではサツマイモというのか」
フンと呆れ気味な返事が返って来る。
「台風がやって来るこの地域では最適とも言える食物ですからね。
それは「こちら」でも変わらないんでしょうね」
言葉を選んで続ける。どうやら彼は地獄耳のようだった。
山口さんが2人に話してくれた事によると、
元いた世界では主に沖縄本島内で測量士をしていて
戦前までの地名なら仕事上調べたコトがあるらしく、
有名どころであればムラの名前……現代でいう小字まで覚えていると言う。
それから、地元の歴史ということでかなり大雑把ではあるものの
課外授業で知る機会があったお陰で、
マイチの事もこの国における歴史上の有名人である事は
すぐに解ったと教えてくれた。
「ただ残念なのは、お亡くなりになった後の名前で有名になられたので、
まだ生きている貴方にはしっくりしないものでしょうけれど」
彼はそれを聞いて小さく笑い、
「たとえ名君であっても、生きている間に評価が下るものではないさ。
ワシもそうなるのは楽しみだの」と力なく続ける。
山口さんは
「私たちの方では立派な功績を残されましたよ。
それで後の時代になっても、とても慕われ続けています。
ですから思い切りやっちゃってください」と続けた。
「ノグ二村の件はまだ初歩での。
成功したらまた君達に会いたいの」
話していて落ち着いて来たのか、
彼はやっと笑顔を返してくれる。
……そんなこんなで夜が更けていった。
酒の入ったおじさん2人の話し声が聞こえるが、まぶたが重い。
【次のお話は……】
叡弘と山口さんは、歴史上の人物、
「儀間眞常」と出会った。
そして……
【「旅の場所」沖縄県 宜野湾市 普天間】
第11話 長い夜 了
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【年号の併記】
お墓に収める骨壷の蓋など(いろんな場所に書いてある)に
いつ収めたか記されていたり。
古墓の調査報告書でグラビアページにのってそうな(おぼろげ)?
死後、元号から一般に知られる中華皇帝の名前がつくことも(万暦〇〇年)。
琉球はちょっとわからんので(オイィw)
作中では王様の全名(作中であれば尚寧)+年数の表記へ。
日本の元号(一世一元になるのは明治以降)を併記している場合もあり、
被葬者の生きていた時代を遡ることも。
【サツマイモ】
薩摩へ伝播する以前にサツマイモと聞く、これいかに。
たくさんの作品の中から、本作を読んでいただけて嬉しいです。
ありがとうございます。