プロローグ
「旅行もあと半分か」
夕暮れに差し掛かった国道58号線を気持ち良くバイク走行しながら、
彼はこれまでの楽しかった旅程を振り返る。
昨晩は那覇の喧騒から離れた国頭で冬の星座を眺めながら
屋外キャンプを楽しんできた帰り道。
明日は那覇で壺屋焼の工芸品を見て回ろうかと考えていた丁度その時に、
断末魔の様な大型トラックのクラクションが向かって来たのが
……最後の記憶になる。
現場検証の結果、トラックの破損部分には痕跡がなく、
怯える運転手が必死に訴えた被害者と乗っていたバイクは見当たらなかった。
事件は被害者無しの自損事故と処理されてしまう。
まるで大きな闇に呑み込まれたかのように、彼の姿が消えてしまったのだ。
◇
寒々とした砂利道に一人放り出された状態から意識がやっと戻り、
見上げた曇り空の下でうららかな太陽が高く中天へ懸かる。
砂埃を孕んだ風も少し肌寒く感じる。
冬から春へ、季節の変わり目だろうか。
直前まで整えられた舗装道路をバイク走行していた事を彼は思い出す。
ここはどこ? と立ち上がりながら見回すと、
少し離れた所にさっきまで乗っていたレンタルバイクが転がっていた。
宿泊先から国頭へ向かうために積んでいた荷物は幸い無事だったが、
メーター部分へ適当に引っ掛けていた
スマートフォンと被っていたはずのヘルメットが何故か見当たらない。
砂利道を取り囲む様に収穫済みと思われる小さな田畑が広がり、
遠くに海と森が見渡せるものの、道に人の往来は全く見られず静かだ。
あまりの状況の変化に ? となりながらもバイクに乗ろうとする。
しかし体がもたついて視界も低い。
ありえない異変に気付き、鏡で自分の顔を確かめてみると見慣れた姿とは違う、
幼さが残る彼の驚いた表情が写し出される。
彼はあまりの出来事に、自分の頬を思いっきりつねってしまっていた。
(……マジで痛いね。作り物にしては、出来過ぎ?)
彼は半ば呆れながらも頬をさする。
(運良く目立つケガも無くて元いた場所から
だいぶ離れているみたいだけど、
取り敢えず人の居る所まで行ってみるか)
見つめた先の砂利道は丁度南北に沿って走っており、
北は木々が広がってその奥に山がいくつも連なってそびえていた。
逆で南へ続く道は、砂利道が続くものの、
田畑伝いに進めば人に会えそうな雰囲気だ。
素早く服やブーツを折々調整し小さくなった身体で、
横たわってしまった重たいバイクをなんとか起こす。
点検の限りでは故障は無く乗れる状態だったため、
彼はバイクに跨り運転を試みる。
(身体はなんとか届く。服は少しだけだぶついているけれど
服を折ればいけるかな……)
バイクに乗ってキーを回すと聴き慣れた駆動音を発し、
無舗装の道を問題なく進み始めた。
「身体は少し小さくなったけれど、これから大きくなれば大丈夫」
彼は自身へ強く言い聞かせるように深呼吸して南の方へ走り出す。
進むうちに木々の向こうから細々と薄い色の煙らしきものが
幾つか立っているのを見つけ、心底ホッとしていた。
……これから向かう先へ、誰かが確かにいるのだ。
【次のお話は……】
事故があったというのに奇跡的に怪我のない主人公 (お約束)。
見知らぬ土地で始めに出会った人物とは?
プロローグ 突然の「ご招待」 了
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