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七話 告げられた本心と隠したい本性

 そして翌日、せっかくの休日だけれど、結局何をするか決められないでいた。

 もともとわたしはあまり活動的な方ではないので、一人で暮らしていた時は一日ごろごろ……なんて日もあったが、ディオンの手前そういう訳にもいかない。

 ずっと家にいると彼に気を遣わせてしまいそうだから、王都の図書館にでも行こうかしら……。

 ディオンが用意してくれた朝食を頂いて、ぼんやりソファに座っていると、彼が声をかけてきた。


「……セシーリャ、話したいことがあるのだが、いいか?」


 いつになく神妙な面持ちだった。どうしたのだろう。まさかやっぱり従士をやめたいとか? だとしたら引き留めることはできないけれど……。


「ええ。何かしら?」


 あくまでも平静を装い、わたしは彼に隣にかけるよう促した。

 ソファに腰かけたディオンは、すぐには話を切り出さなかった。やっぱり何かよくない話なのか、と思った時、ディオンが不意にわたしの両手をとって強く握りしめた。


「ディオン?」

「セシーリャ、俺はあなたが好きだ。愛している」

「……え」


 その瞬間わたしの中で、何もかもが吹き飛んだ。

 からかわれている? でも、彼はそんな冗談を言える人ではないはず。


「初めて会った時からあなたに惹かれて、共に過ごすうちに心を奪われてしまった。あなたの傍にいられるだけで、あなたの役に立てるだけで満足しようと思っていた。だがすまない、もう抑えられない。従士としてだけでなく、恋人としてもあなたを支えたい」


――ひと目惚れされていたってこと!?


 何がなんだか分からなくなって、目が回りそうだ。心臓が暴れ馬みたいに全身を跳ねまわっている。告白なんてされたことがない。男性からそんな目で見られたことも一度だってない。

 ディオンがすがるような目でわたしを見ている。握った両手を放さないまま、わたしの答えを待っている。

 彼はいつもわたしに優しい目を向けてくれる。昨日だって、わたしの話に誠実に耳を傾けてくれた。

 でも、彼が見ているのは? 彼が愛しているのは?


――わたしであって、わたしじゃない。


 仮面を被ったわたし、懸命に見栄を張って作り上げた、堂々として理性的な女神セシーリャの姿。

 不器用で気の弱い本当のわたしを知られたら、絶対に失望されてしまう。そう思うと泣きそうなくらいに胸が痛い。


「……ごめんなさい」


 震える声で、わたしは言った。ディオンの綺麗な緑色の瞳が動揺で揺れる。


「恋人がいるのか?」

「いいえ……」

「……俺のような卑しい生まれでは、受け入れられないか」

「ち、違う」

「だったらなぜ駄目なんだ。俺には何が足りない?」


 駄目なのはディオンじゃない。わたしだ。何もかもが完璧な彼に、わたしではつり合わない。


「ごめんなさい」

「セシーリャ」

「わたし、あなたが思ってるような人じゃないの!」


 わたしは声を張り上げ、彼の手を振りほどいた。驚いて固まる彼のことは振り返らず、走って玄関から外に飛び出した。

 涙がどんどん溢れてくる。子供のように泣きじゃくりながら、わたしはひたすらに走り続けた。


***


 いきなり取り乱した様子で現れたわたしを、プリシラは驚きつつも受け入れてくれた。わたしは彼女の私室に通してもらい、先ほど起きたことをぽつりぽつりと話した。

 話し終えた後、うつむくわたしに向かいプリシラは切り出した。


「セシーリャ、実はね……悪いとは思いながら気になって調べたの。ディオン・アンベルシア……クロウディード伯爵家の私生児だそうね。アンベルシアは母方の姓……」

「知ってる……」


 顔を伏せたままわたしは言った。


「どうして知っているの?」

「ディオンが直接教えてくれた……でも別に、そんなことは関係ない……どうだっていいの……」


 出自がどうだろうが、ディオンは立派な人だ。わたしにはもったいないくらいの。


「そう……」


 しばらくの間の後、またプリシラの声が聞こえた。


「セシーリャ、わたしはあなたのそういうところが好きよ。だからこそ言わせてもらうわ。……あなたのしたことは間違いよ」


 わたしは弾かれたように顔を上げ、プリシラを見た。


「彼がどれほど悩んであなたにそのことを伝えたと思う? あなたに嫌われる覚悟で、本当のことを話したのよ。それなのに、あなたはそれに応えずに逃げてきた。そんなことしてはいけないわ」


 心のどこかでは分かっていた。ディオンは過去を隠し続けることより、わたしを不安にさせないことを選んでくれた。それなのにわたしは本当の自分をさらけ出さないままで、それはあまりにも不公平だ。


「あなたが無理をして彼の気持ちに従う必要はないし、あなたの本当の姿を知って、彼の気持ちが冷めるならそれもひとつの結果。とにかくもう一度、きちんと彼と向き合いなさい」


 ディオンにひどい態度をとってしまった。今になって、自責の念が湧き上がってきた。一度は引っ込んだ涙がまた零れそうになる。わたしはぎゅっと目を閉じてそれを阻んだ。泣いている場合じゃない。


「ありがとう、プリシラ。わたし帰らなきゃ」

「馬車を出してもらうわ。それに乗って行きなさい」


 席を立つわたしに、それで、とプリシラは呼びかけた。


「セシーリャ、あなた自身は彼のことが好きなの?」

「え……?」


 そんなことを言われても、すぐには答えられない。恋をした時の気持ちというものが、わたしには分からないのだ。相手のことで頭がいっぱいになるとか、目が合うだけでドキドキするというけれど、少なくともわたしはそうなっていない。


「質問を変えるわ。彼はどんな人?」

「ディオンは……優しくて何でもできて、でもそれを一つも鼻にかけなくて、目が綺麗で……一緒にいると落ち着くの。何でも話してしまいそうになるわ」


 自分でもびっくりするくらい、すらすらと言葉が出てきた。


「ふふ、大丈夫そうね。絶対に上手くいくわ」


 プリシラは笑って、馬車の準備を整えてくれた。

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