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最終話 一生解けない恋の魔法

 フロレンシア王国にいる数多くの魔術師の中で、特に優れた力を持つ者は、「大魔術師」と呼ばれる。

 セシーリャ・エインゼールはその地位に就く女魔術師であり、その美貌と落ち着いた物腰、氷の魔術に長けていることから「氷晶の女神」と呼ばれている。

 まだ若い身ながら、五十年前の大魔術師が敵わなかった強大な魔物を倒して町をひとつ救うという功績を残した偉大な魔術師だ。

 そして、彼女の傍に常に寄り添っているのは、従士のディオンという男である。

 この二人が魔術師と従士という間柄だけでなく、夫婦でもあると聞くと、驚く者は少なくない。彼らは行動こそ共にしているものの、必要最低限の会話しか交わさず、微笑み合うことすらしないのだ。

 ディオンには謎が多い。大魔術師の従士として申し分ない能力を持っていると(もっぱ)らの評価だが、セシーリャの従士となる前に何をしていたのかについては知られていない。立ち居振る舞いからは教養の高さが窺えるが、出自を明かすこともなく、妻セシーリャの姓エインゼールを名乗っている。

 なぜセシーリャの従士になったのか、問うてみた者もいたが、彼は「かつて彼女に命を救われたから」という理由以外を答えることはしなかったという。

 この夫婦については魔術師たちの間で、時には貴族の界隈でも話題に挙がるが、言葉はなくとも二人の間には確かな絆があると多くが口を揃えて言う。


***


「はぁぁぁぁぁぁぁ……もう限界……」


 お行儀が悪いとは思いつつ、わたしはかかとの高い靴を脱ぎ捨ててソファに倒れるように座り、ぐったりと背もたれに体を預けた。

 今日は貴族たちが集う晩餐(ばんさん)会に招待されていた。せっかくたくさんの豪華なお料理が出てきたのに、テーブルでのお作法を間違えたりしないか、話題を振られた時に変なことを言ってしまわないかなどを気にするあまりその味が思い出せない。終始張り続けていた緊張の糸が、家に帰ってきた途端にぷつんと切れた。


「何か飲むか?」


 ずっと付き添ってくれていたディオンが優しく聞いてくれる。


「大丈夫。向こうでたくさん頂いたから。それより……」


 ディオンに向かって両手を伸ばす。彼はすぐさまわたしの隣に座り、ぎゅっと体を抱き寄せてくれた。

 温かい。「氷晶の女神」が実はこんなに甘えたがりだと知れ渡ったら呆れられるだろうけれど、このひと時のためにわたしは生きているのだ。


「今日もよく頑張ったな」

「ディオンもお疲れ様」


 わたしの髪を自分の指に絡めながら、ディオンが小さなため息をついた。


「あなたの隣にいながら触れることができないというのは、辛いものがあるな」

「従士、無理して続けなくてもいいのよ?」

「従士でいなければ、あなたの傍にいられる時間が減る。それはもっと辛い」


 今度は彼の指が、わたしの唇をなぞる。


「気づいていたか? 今日、何人もの男があなたに熱い視線を向けていた」

「え? そ、そうなの?」


 正直、それどころではなかったので全く気付かなかった。


「ディオンの気のせいじゃないかしら……」


 わたしが言うと、ディオンは再びため息をついて、わたしと額同士をくっつけた。


「……前々から思っていたのだが、セシーリャはもう少し危機感を持つべきだ。あなたは存在するだけで、どんな男でも虜にできるのだから」


 そんな訳ないでしょう、という反論は、ディオンの唇に吸い込まれた。


――こういうのって、怒った方がいいのかしら。


 彼に唇を()まれながら、ぼうっとする頭の片隅で考える。あんまり嫉妬深かったり束縛がきついと、喧嘩の原因になるという。

 でも、他の大魔術師たちからも一目置かれていて、今では従士たちからもたくさん仕事の相談を受けたりするディオンが、実はこんなにやきもち焼きだということを知っているのはわたしだけだと思うと、何だか嬉しいような誇らしいような気持ちになる。

 これも恋の魔法の成せる技だろう。そして、彼が傍にいてくれる限りこの魔法はずっと続く。


「セシーリャ、俺の女神」


 わたしの唇を味わい終えたディオンが、耳元で(ささや)く。


「朝まであなたを独り占めさせてくれるか?」


 答える代わりに微笑んで、今度はわたしから彼にキスをした。


――明日の朝が来るまで、この世界はわたしたちだけの楽園になる。

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