十三話 緊急招集
それから、わたしは仕事の傍ら魔術師協会に頻繁に足を運び、他の大魔術師をつかまえては説得を試みた。しかし、良い返事がもらえる気配はない。そのまま、あっという間に二週間が過ぎた。
たまたまランドルフと二人になった時、彼がいきさつを教えてくれた。ディオンの処遇について、わたし以外の大魔術師たちが招集された会議にて、ランドルフだけが最後まで粘ってくれたようだった。しかしここでは彼の貴族の力は及ばない。まだ若い彼ひとりだけでは結論を覆すことができなかった。
「お偉方は頭が固すぎる。ディオンはまともな奴だ。クロウディード伯爵家だって、本当はあいつが後を継いだ方がいいぐらいだぜ」
わたしはうつむくばかりだった。仕事中や他の魔術師たちの前では毅然とした態度を貫いているけれど、ふとした時に泣きそうになってしまう。絶対に周りを納得させると誓ったのに、このまま何もできずに終わるのではないかと思うと情けなくてたまらない。
そんなわたしの様子を見て、ランドルフも彼らしからぬ重いため息をついた。
「駆け落ちするなら手伝うぜ……って言いたいところだが、しねえんだろ?」
「……ええ。ディオンとそう決めたわ」
「だよなぁ。お前ら揃いも揃ってクソ真面目だもんな」
ランドルフがもう一度苦々し気にため息をつき、荒っぽく頭をかいた。
「悪いがそうなっちゃ俺もお手上げだ。してやれることがねえ」
「分かってる。もう十分よランドルフ。ありがとう」
彼がわたしとディオンのためにぎりぎりまで頑張ってくれた。それだけで嬉しい。
負けちゃいけない。まだ時間はある。わたしはもう一度決意を新たにした。
***
その翌日、緊急事態とのことで大魔術師が全員、協会に招集された。会議室に全員が集まるや否や、魔術師長が話し始める。
「ロレーヤという町が強力な魔物に襲われたと報告がありました」
魔物の被害はたまにあるものの、大魔術師が全員集められるという例はわたしの知る限り初めてだ。魔術師長が一冊の本を取り出し、とあるページを開いてテーブルの上に置いた。
「受け取った報告から、魔物の正体はこの『霜の魔女』であると推測されます」
比較的年配の大魔術師が何人か、息を飲んだ。
開かれたページには、人型をした魔物の絵が描かれている。真っ白な長い髪を振り乱し、体に霜をまとわせた姿。目が赤く塗られていた。
「五十年前、別の町がこの魔物に襲われました。これがその時の記録です」
「同一の個体なのか」
大魔術師の中では最年長のエヴァンが問う。魔術師長が頷いた。
「おそらくですが同じでしょう」
五十年前を知る大魔術師の反応を見るに、相当な力のある魔物のようだ。魔術師長が話を続ける。
「<霜の魔女>はあらゆるものを一瞬で凍り付かせる力を持っています。五十年前も、標的になった町が甚大な被害を受けました」
「そんなら火をぶつけりゃ大人しくなるだろ。俺がちゃっちゃと片付けてやる」
ランドルフが名乗りを上げた。彼は炎の魔術が得意だ。しかし魔術師長はかぶりを振った。
「そう簡単な話ではないのです。五十年前も炎の術に長けた魔術師が多く討伐に向かいましたが、敵う者がいませんでした。体内から凍らされ、動きを封じられてしまうのです。……当時の大魔術師の中で、最も氷の魔術に長けた者だけが魔物の力を防ぎながら戦うことができた。しかしあともう一歩のところで逃がしてしまいました」
その時に襲われた町から<霜の魔女>を追い出すことはできたが、倒すまではできなかったようだ。その魔物が時を経てまた戻ってきた。
今の話が本当なら、この場にいる大魔術師の中でその魔物と互角に渡り合えるのは――
「……わたしが討伐に向かいます」
大魔術師たちが一斉にわたしを見る。異議を唱える者はいなかった。少しの沈黙の後、魔術師長が口を開いた。
「お願いします。セシーリャ。あなただけが頼りです。町全体が凍り付き、人々は外に出ることもままならない、一刻を争う状況です」
「最善を尽くします」
「ロレーヤまでは馬車で二日ほどかかります。急ぎ準備をして、夕方には出発して頂きたく」
「承知致しました」
これまでの中で、もっとも重大な仕事だ。しくじれば町が一つ滅びかねないし、他の場所にも被害が及ぶ可能性がある。
余計なことを考える暇は、今はない。