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十二話 離れたくない

 わたしが玄関の扉を開けた音に気づいたのか、ディオンが二階から降りてきた。


「お帰り、セシーリャ」

「……ただいま」


 わたしの様子がおかしいことに気づいたのだろう。ディオンが心配そうに顔を覗き込んでくる。


「元気がないな。どうしたんだ」


 魔術師長に言われたことを話さなければならないのに、うまく切り出せない。黙ったままのわたしの肩にディオンの手が触れた。


「疲れたのか。お茶を淹れよう」

「……ううん」


 わたしはディオンの服の袖をつかんだ。


「……それより、話さなくちゃいけないことがあるの」

「……分かった」


 彼と二人、並んでソファに座る。わたしの表情からいい話でないことは予想がついているだろうに、ディオンは急かさずわたしを待ってくれている。


「……ディオン、ごめんなさい。わたし、あなたを守れなかった」

「セシーリャ?」

「魔術師協会があなたのことを秘密で調べていたの。あなたの過去を知られてしまったわ……それで、あなたをわたしの従士とすることは認められないって」


 ディオンは少し驚いたようだったが、わたしの頭に優しく手を置いた。


「謝らないでくれ。決してあなたのせいではない」


 大きな手がわたしの髪を撫でてから離れる。


「従士として表に出ることができなくても、こうしてあなたを出迎えるくらいのことは」

「それも駄目だと言われたわ」


 ディオンの瞳が戸惑いで揺れた。


「私的な付き合いもしてはいけないって。ひと月の間にあなたが去らなければ、わたしに処分が降りるって……こんなの絶対おかしいわ。出自だけで、人を判断するなんて……」


 ディオンはしばらく放心した様子だったが、やがてふっと小さくため息をついた。


「……仕方がないな。ここを去るしかない」

「どうしてっ!」


――どうして、そんなにあっさりと納得できるの。

 (いきどお)って欲しかった。嫌だと言って欲しかった。


「ずっと傍にいてくれるんじゃなかったの! 約束してくれたでしょう!」

「セシーリャ」

「それとも、やっぱりわたしのことが嫌? 面倒な女だからこの機会に出て行きたい?」

「セシーリャ!」


 今まで聞いたことがないほど強い口調でディオンがわたしの名を呼び、手首をぎゅっと掴んだ。


「あなたは俺のすべてだ。離れたくない。他の誰にも渡したくないし、本当は少しでも危険があることなら何一つして欲しくない!」


 でも、と彼は続けた。


「一番耐えられないのは、俺が傍にいることであなたが苦しむことだ」


 強い口調から一転、悲痛な声に変わっていく。


「どうか忘れないでくれ。何が起ころうともこの先一生、俺のあなたへの気持ちが変わることはない」


 罪悪感がこみ上げる。彼の気持ちを疑うなんて、絶対にしてはいけないことだ。


「……ごめんなさい。喧嘩したいわけじゃないの」

「分かっている。俺の方こそ怒鳴ってすまなかった」


 わたしの手首を離し、片手を額に当てて、ディオンは肩を落とした。


「……浅はかだったな。あなたとずっと一緒にいられると信じて疑っていなかった」

「……わたしも、同じように思ってた」


 わたしはもう、彼に身も心も捧げている。後悔なんて微塵(みじん)もない。与える喜びも、与えられる幸せも、すべて彼が教えてくれた。

 これが初めての恋だけれど、これからを共に生きる相手はディオン以外に考えられない。彼がいなければ、わたしは生きていけない。

 彼に身を寄せて広い背中に手を回すと、優しく抱きしめ返してくれる。こんなことをしたって何の解決にもならないけれど、今は彼の温もりにすがりたかった。


「……あなたを(さら)ってしまえればどんなにいいだろうな」


 わたしを腕の中におさめたまま、ディオンはつぶやいた。

 そうだ、攫われてしまえばいい。誰からもなにも言われない遠い場所へ、二人で逃げてしまいたい。


「いいわ。攫われても」

「……いや、駄目だ」


 わたしを抱く手に、少し力がこもった。


「あなたが以前に語ってくれた魔術師としての矜持(きょうじ)は、そう簡単に手放せるものではないはずだ。これからあなたに救われる人が、この国には大勢いる。かつての俺がそうだったように」


 その口調はわたしに言い聞かせるようでもあり、自分に言い聞かせるようでもあった。


「何よりあなたを奪ってしまったら、身を切られるような思いで幼いあなたを送り出したであろうご両親に、俺は顔向けできなくなる……」


 ディオンはわたしのことを、心から愛してくれている。だからこそ自分だけのものにできないことも、わたしの背景にあるものも、すべて理解している。

 だけど、わたしだって同じくらい彼のことを愛している。彼のために生きていきたい。ディオンがわたしを一番大切だと言ってくれるなら、彼からわたしが奪われることがあってはいけない。


「ディオン……わたし、諦めない」


 静かに、でもはっきりと告げた。


「わたしが絶対に周りを納得させる。だからどこにも行かないで。今まで通り、わたしの傍にいて」


 従士であるディオン自身が、魔術師協会に何を言ったところで取り合ってくれない。わたしが他の大魔術師や、魔術師長を納得させる必要がある。


「……分かった。ありがとうセシーリャ、あなたを信じる」


 彼が信じてくれるなら、わたしはどんなことでもできる。

 体の底から勇気が湧いてくるのを感じていた。

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