詩作サイクル
→予感→表現→余韻→分析→
さて、本題です。詩作活動は4つの段階に分けることができます。
①予感
詩を書く前の段階。ここでは、世界と向き合います。日常または非日常に触れながら、伝えたい想いのアイデアやヒントをためていきます。
無意識的に心にある状態でもいいし、言葉として頭に置いといてもいいです。ノートにメモしても、言葉以外の手段で記憶・記録してもかまいません。“言葉の源泉”が多いほど書き始めた時に手札が多いことになります。
しかし、それだけでは詩は書くことができないと考えています。インスピレーション……日本語だと、霊感、直感などと訳すのでしょうが……あえて予感と言いたいと思います。発想に加えて予感という命を吹きこむことで、詩は生まれます……。
ちょっとオカルトめいた話になってしまいますが(笑)心を振り子にたとえるならば、それを揺らすトドメの一撃が、一瞬の閃きが詩を決定的なものにするのかと。
はっとするような気付きが、それを言葉で伝えたいと駆られるのが、詩人の原動力なのではないでしょうか。
②表現
詩を書いている段階。自己表現。ここでは、詩そのものと向き合います。客観的な理論は『詩論』にまとめた通りですが、『詩道』ではより主観的に見ましょう。
すなわち詩は生き物であり、詩作は特殊体験である。
あ……待って、戻るボタンは押さないで下さい(笑)
説明します。詩を書き始めると、だんだんと当初思ってた感じと違う方向に進むことがよくあります。その時に無理に思い通りにするより、詩の声をきちんと聞いて、できてきた詩にふわさしいように言葉を紡いだほうが、良くなることが多いです。そういう意味で“詩は生きています”。
そして、詩を書いている間は、全てを詩に費やしてる状態=究極の集中状態になることが望ましいので、詩世界に潜るという意味で“詩作は通常とは異なる体験です”。スポーツなどでいうゾーン状態ですね。
本当に、詩作品を生む、ので(ただの表現ではなく)自己表現です。
③余韻
詩を書いた後の段階。ひたすら余韻に浸りましょう。②で説明した通り、“特殊体験”もして“自己表現”もできたので、書き終わった直後の達成感・充実感ははかりしれないものになりえます。めちゃめちゃ気分良いです。
もし自分の想いを100%出し切れたなら“消化”できたことになりますし、途中で想いとは異なっても詩として120%の出来になっていれば見事に“昇華”できたことになります。
ただ、より本当の詩に近づけると言いますか、わずかなほころびを手直しするのなら推敲することも可能です。ですので、このステップは作品と向き合う段階となるでしょう。
④分析
詩を書いていない段階。自己分析。自分自身と向き合います。
詩を書いている時は、一つの詩のみと向き合いましたが、詩を書いていない時では、全ての詩について向き合います。詩は積み重ねで、今まで書いてきた詩を“復習”することで、現在の自分の立ち位置を把握でき、次に書きたい詩を“予習”することが可能になります。過去を振り返ることで、未来へ進めるみたいな。詩作を通して、紡いだ言葉を通して、自分を見つめ直し、自己変化する機会を設けることができます。
さらに分析して、平均的な自分らしさ=作風を見つけることも可能です。自分の心情だけでなく、数多の詩作品から癖を発見できます。それを次に活かすことができれば、作風を確立できたことになります。自分はこんな人なんだ、こんな詩を書くんだと意識的に理解できます。
そしてまた、世界と向き合い、予感へと進みます。
詩作活動は、このサイクルの繰り返しです。もちろん複数の詩を同時進行することもありえますので、実際はステップを行ったり来たりすることとなります。
それでは、一つずつ見ていきましょう。
‐参照した活動報告、投稿作品‐
・【予告】現代自由詩道【執筆】
・『現代自由詩論』主題方程式・創作方法論