あなたと行きたい宇宙旅行
宇宙船出航前の一コマ。
ライトなラブコメ。
宇宙ステーションの第二中継所は、長旅前の給油と食料載貨の最終地点だった。
第一操縦士のルリは最後の点検を繰り返しながら、一緒に点検をしている案内係のアルバートに尋ねた。
「全員、乗ったの? 観光の人も?」
「はい。乗車して、各船室に入りました。出発オッケーです」
「わかった。一応、リストを見せて」
「観光客リストですか?」
「ええ。いつも確認してるから」
「さすが。一流の操縦士とはそういうものなのですね」
「一流? 関係ないわ。確認したくなるのは性分なのよ」
ルリはアルバートからリストを受け取り、ふと、地上からのテレビ中継に気がついた。
「あの中継、今やってるの?」
「あー、はい。そうですね。生中継です」
言うと、アルバートは嬉しそうに話を続けた。
「うちの会社の若社長ですね! ほら、ちょうど小さな星のテラフォーミング開発が終わったので、新しく住宅地を立てているじゃないですか。今回の就航でも寄りますよね」
「そうだったわね」
ルリは頷いて話を促す。
「今度の目玉は、何と言っても、うちの会社のテラフォーミング事業部の、丁寧な仕事っぷりですね。開発した若社長も自宅を置くそうで、区画整備やイメージデザインを、自らなさったそうですよ。デザインで賞を取ったこともある方ですが、最近はトップの仕事ばかりでしたからね。久しぶりの仕事で、それがまた素晴らしいので、大注目なんです」
「へぇ・・・」
テレビ画面では、若社長自らが、その星の環境について説明していた。
『・・・我が社でも良い仕事ができたと、自負しております』
『若社長自らがデザインをなさったそうですが、この星で、奥様を迎えて新居を持つ予定との噂ですが?』
インタビュアーの女性が前のめりで言うと、彼は笑ってかわした。
『あはは。どうでしょうね。もちろん、家は持つ予定ですよ。この星は、もともと、私の手持ちの一つでして。今回、私が久々にデザインすることになったのも、私がデザインして住むならという条件で、会社に提供したからですね』
『まぁ! このような星を、いくつかお持ちなんですか?』
『そうですね。誕生日にもらったりしました』
アルバートが感心したようにため息をついた。
「ほぇぇー 開墾してない星とはいえ、誕生日に惑星もらったりします? 金持ちってすごいっすね」
「そうね・・・」
ルリは画面を見ながら、リストを眺め、手を止めた。
「観光客って、今回はどこに行くんだっけ?」
「えーっと、次の星で降りる方がほとんどですね。ですが、その後もいらっしゃいますよ。ほら、我が社の手がけた星ですとか。ま、観光と言っても、だいたい視察や親類訪問なんかで、純粋な観光目的の人は、この船には乗らないでしょう。ほとんど関係者ですよね」
ルリはため息をついた。
「まぁ、そうよね。純粋に宇宙旅行を楽しみたい人は、もっと豪華な観光船に乗るでしょう。毎晩、パーティーや催しがある船とは違って、この船は、最低限しかサービスはないから」
「何か問題でも?」
「いいえ・・・ただ・・・」
不安そうに首をかしげるアルバートを見やりながら、ルリはほんの少しだけ苦悩した。
「第二船室って、ロイヤルスイートよね。VIPの方しか使わないような部屋よ。どんな方か、見た?」
「えぇーっと、・・・ええ、普通の方でしたが・・・」
「名前に聞き覚えは?」
「いいえ、でも一通り検査はしましたよ」
「まぁ、そういうものよね・・・」
「まさか・・・お知り合いがいらっしゃるんですか?! ロイヤルスイートですよ?!」
「知り合いっていうか・・・ちょうどいいわ、あなたもいらっしゃい」
ルリは驚き慌てるアルバートを従え、廊下をずんずんと歩き、第二船室へ向かった。
そして、着くとすぐに躊躇なく、ルリは第二船室のドアを叩いた。
「勝手に入らせていただきます。失礼いたします」
「ルリ先輩! ちょっと! お待ちください!」
アルバートが慌てて止めようとしたが、ルリは勝手に入っていった。
確認した時と同じく、ロイヤルスイートはこぢんまりとしていたが一番広い部屋の一つで、とても綺麗だった。この部屋を使える人は値段以上の良さを感じるだろう。値段と広さは第一船室の方がランクは高いが、第二船室は丁寧に作られていて、部屋の位置も静かで、何より雰囲気がいい。
だが、それとこれとは別だ。
「どうしてこんな部屋をお使いになるんです? 一般船室だったらばれなかったものを」
ルリが言うと、クローゼットの中から、ひょっこりと、テレビと同じ顔が現れた。
「あ、ばれた?」
ルリはリストの紙を床にばさりと叩きつけ、アルバートが目を白黒させた。
「え? あ? 若しゃちょ? え、でも、今さっき生中継?」
ルリは腕を組んでアルバートに振り向き、説明をした。
「アンドロイドよ、アルバート。あれはね、精巧に作られた本人より本人らしい、それこそ、技術の粋を集めた最高傑作のひとつ、世界に数体しかないアンドロイドなの」
「で、でも、生きている人と同じ顔の人型AIを作ってはいけないのでは」
「例外はあるわ。この人みたいに宇宙的大企業の若社長ともなれば、条件は揃うの。お金も技術も集めて申請すれば一発よ」
「なるほど・・・」
アルバートが頷き、若社長は目を輝かせた。
「よくわかったね!」
柔らかいベージュ色の髪に水晶のような水色の瞳が神秘的で、そのどこか透明感のある柔らかい風貌も、誰もが真似できるものではない。だからこそ、アンドロイドを造るのも難しく、似せて造るのにはかなりの技術が必要だ。
ルリは憎々しげに若社長を見遣った。
「わかりますよ! 何度も何度も密航しかけては、警戒するというものです。あの顔はアンドロイドの方でしょう。変装して乗り込みましたね。一体、何しに来たんですか」
ルリが言っている最中も、若社長はニコニコと微笑み、ルリの組んでいた二の腕を掴んで自分の方へ引き寄せた。アルバートはぎょっとしたが、ルリはそのまま若社長の前に進み出ていた。
「観光だよ」
「ロイヤルスイートで?」
「うん」
「お一人で?」
「うん」
「何企んでるんですか・・・」
「何も?」
「アルバート、追い返して」
ルリが前から後ろに親指を動かしたが、アルバートは震えながら小さな声で断った。無表情のルリも怖いが笑顔の若社長も怖い。より怖い。
「無理ですよ。正規料金払っておられますし、身元も証明されてます」
ルリの不機嫌のオーラが後ろ姿からでもわかる。
「なんとかして追い返せないの?」
「アンドロイドが生中継してはいけないという法律はありませんし、狙われやすいお方が、こうして偽名でお乗りになることは多々ありますから、・・・問題ありません」
アルバートの目が泳ぐ。
「そこをなんとか」
懇願するようにアルバートを向いたルリを、若社長が再び自分に向き直させた。
「ルリはそんなに私が嫌かな?」
圧のある笑顔には慣れている。ルリはイライラしながら若社長に文句を言った。秘書に怒られるのはこっちなのだ。一般社員の気持ちもわかってほしい。
「あなた自身は嫌ではありませんよ。ですが、こうして乗船されるのは困ります。毎回毎回・・・私が逃亡幇助のようではありませんか。なんで私も怒られないとならないんです? ・・・解雇されでもしたら」
「まっさかー うちの会社では一番信頼できる操縦士だもの。解雇するなんてありえないよ」
「それはありがたいことです。でも観光したいのなら、他にもっとあったでしょうに・・・」
どうしてルリの宇宙船にばかり。それは自分が若社長に甘い対応をしていると、見くびられているからではないのか。ルリは自分の力不足にがっかりしていると、若社長は意外なことを言った。
「ルリと一緒に観光したかったんだ」
ルリは首を傾げた。
「私と? 職務中ですよ」
「休憩あるでしょ?」
「ありますが・・・わずかですよ。お相手になるかどうか・・・」
「大丈夫。空き時間は僕に使えるように、手配したから」
「横暴ですね」
「ルリと話してるのは楽しいんだ。向こうにいても、どうせお見合いばっかりでつまんないし」
不満そうに言う若社長に、ルリはため息をついた。
「それなら、早く結婚なさってください」
うんざりした顔のルリに、若社長は不思議そうに尋ねた。
「参考に聞くけど、ルリだったら、どんな人がいい?」
「私ですか? えーっと、・・・私がこの仕事をすることを認めてくれて、・・・それなりに話が合えば」
「ふぅん・・・」
「まぁ、そもそも相手もいないし決まってないし、私を気に入ってくれる人なんていないでしょう。操縦士というのは家を長期で空けますし、危険な仕事ですし、男女関係なく、配偶者にはあまり人気がありませんから」
「僕は大丈夫だよ?」
若社長の言葉に、アルバートが何かを察したように、一歩下がった。
「お話が積もるようですので、僕はこれで・・・」
「あ、そうだった。私も戻らなきゃ。そろそろ出航時間だったわ」
慌ててルリもアルバートに続こうとすると、若社長は引き止めるようにルリの腕をとった。
「ルリ」
「はい?」
振り返ると、若社長はすこぶる機嫌が悪かった。
「こんなイケメンがそばにいるなんて、秘書から聞いてないけど」
誰のことかと思ったが、アルバートのことだと思い当たった。
確かにアルバートは、浅黒い肌に明るい茶色の髪と瞳が優しい印象の、”いい男”と称される青年だった。アルバートが案内係で文句を言われたことはなかったが、彼は若社長のお眼鏡にはかなわなかったらしい。
しかし、ルリから見れば、アルバートより見栄えがする若社長が、なぜそんなことを気にするのかわからなかった。
「客室の案内係ですよ? 人当たりが良くて見栄えがする人間がついたほうが、効率がいいってものでしょう」
「ルリが選んだの?」
「採用も配置も部長です。文句があるなら就航部部長へどうぞ。若社長は案内係にどんな人間をご所望なんですか? 専属でトゥッカをつけましょうか?」
トゥッカは白い肌に水色の髪とピンクの瞳の、エレガントで可愛らしい案内係の女性だ。主にVIP対応の接客をしている彼女なら、若社長もきっと気にいるだろう。男は嫌だというのなら。
だが、若社長はさらに不機嫌になって、甘えるように口を尖らせて言った。
「ルリ」
「はぁ?」
「ルリがいい」
ああ、もう、面倒臭い。わがままばかり。
仕方なく、ルリは肩を落とした。実際、一介の社員が若社長に楯突くことなどできるわけがない。
「はぁ・・・案内でもなんでもしますから、若社長はおとなしくしててください」
「ヴィクだよ」
「へ?」
「ヴィクトール。僕の名前。若社長じゃ、すぐばれちゃうでしょ」
優雅に微笑む様は本当にイライラとする。
「・・・ではヴィク様」
ルリが睨みながら言うと、ヴィクトールは嬉しそうに、ルリを掴んでいない反対の手で、ルリの頬を優しく撫でた。くすぐったさにルリが眉をしかめると、ヴィクトールはルリの額に唇を押し当てた。
あっと言う叫び声をアルバートは飲み込んだ。そして、動揺せずに、さらにヴィクトールを睨みつけるルリと、それをニコニコと見ているヴィクトールを、アルバートはハラハラしながら見守った。
「いいですか、おとなしくしていてください」
ルリが言えば、ヴィクトールはルリの頬を優しく撫でながら笑った。
「ルリが望むなら」
その声の甘さにルリが怯えているうちに、ヴィクトールがルリの頬を軽くつねる。ムッとしてルリはその手を振り払うと、ヴィクトールに叫んだ。
「宇宙船では大事なことですよ!」
ヴィクトールがクックッとお腹を抱えて笑った。またからかわれたと、ルリは足音を立てて部屋から出ると、わざとドアを叩きつけた。そのあとを、アルバートが慌てて追いかける。
「ルリ先輩ぃ・・・顔赤いですよ・・・」
「アルバート、何か言うなら、この後ずっとヴィク様のお相手させるからね!」
ヒィ、とアルバートは小さく叫ぶと、前を歩くルリの後を黙ってついていった。