8〈アメリア〉
「申し訳ございません。申し訳ございません」
震える声で謝る私に殿下は
「そう怯えずとも良い。本当に偶然あの下を通ったんだ。立てそうか?」
そう言われてまだ殿下の上にいることに気づき慌てて立ち上がる。怒りの色を感じない。なんと優しい方なんだろう。
「本当になんと言ったら良いのか。本当に申し訳ございませんでした。殿下のおかげです。ありがとうございます」
殿下と話すことなど分不相応だと思いつつこの感謝を伝えたかった。
「無事なら良い。無理をせず気をつけて帰るように」
そう言いながら立ち上がる殿下をみて先ほど殿下と叫んだ男性が吹き出した。
「ははは!殿下!股の部分がさけて下着丸見えですよ!かっこつけたのに!」
そう殿下のお尻は下着丸出しだった。申し訳なさと恐怖と恥ずかしさともう叫び出したかった。
「ど…ど…」
もうまともな言葉は話せなかった。
「気にするな。2人とも怪我はなかったし、城に戻れば替えがあるのだから。そう笑うなカーティス。ただこのまま帰るわけにはいかないな。どうしたらいいかお前も考えろ」
「へへ!いやあ申し訳ございませんね。そうですねえ。教師達はみんなそろって会議だし、結構かかるだろうが待つしかないか。あーでも約束があるんだっけ」
ふたりの話を聞きながら心を落ち着ける。もうなるようになれと半ばヤケクソだった。
「あの、応急処置であれば帰るまで気づかれないよう縫うことはできます。それを待っていただく為に誰にも見られない場所も知っています。許していただけるとは思いませんが私にできることがあればしたいのです」
そう言い募る私を見て殿下とカーティス様は顔を見合わせた。
殿下の後ろにカーティス様がぴったりとついていつもの東屋までやってきた。
「お!やっぱここか。よくこの東屋みつけたね。学園の地図にも載ってねえのに。ってあれ君の名前はきいてなかった。俺はカーティス・ディギンスでこちらはご存知ウィルフレッド殿下だよ」
「アメリア・メイスと申します。ご迷惑をおかけして本当に申し訳ございません」
お二人もこの東屋はご存知だったらしい。改めて自己紹介をするとなんと殿下は私の名を覚えていた。
「アメリア・メイスと言えば1年の中で非常に優秀だとあのケイトもいっていた。君だったんだな」
「ケイト先生にはお世話になっていて。あの、すみません決して見ないのでズボンを貸していただけますか?」
「履いたままではいけないのか?」
「殿下のその…殿下のお尻に針を刺したらと思うと怖くて手が震えてしまうので」
それを聞いたカーティス様は大笑い、今までずっと冷静だった殿下も破顔した。その笑顔に魅入ってしまった。
「そうだよなあ。ほらウィルこれ腰に巻いとけよ」
カーティス様は自身の制服を殿下に渡し殿下がそれを巻いてズボンを脱ぎ差し出してくれた。
腰に巻いただけの殿下を見てカーティス様はまた大笑いしていたけど決して笑える立場ではない私はカバンから裁縫道具を取り出し裁縫に取り掛かる。
「いやでもアメリアちゃんは裁縫道具を持ち歩くなんて家庭的なんだなあ。しかもこの教科書の量持って帰るなんて本当に真面目なんだね。なあウィル」
「そうだな。助かったよ」
私は褒められて嬉しかったけど。何も言うことはできなかった。
裁縫道具は制服が破られた時縫う為だし、教科書だって全て使うわけじゃなくて破られたりしない為だ。
ただいじめへの自己防衛が殿下とカーティス様の私の印象を良くしてしまっている。つくづくいじめなんてしたっていいことないよと言ってあげたくなって笑ってしまった。
「俺らもたまにこの東屋に息抜きに来るんだ。人から見られないで済むだろ?ウィルも大変だからさ。たまにここで羽を伸ばしてるんだよ」
「そうだったんですね。殿下達にとって大切な場所とは知らず、明日からはもう使いませんのでお許しください」
「そのようなことは言うな。学園のものはみな平等につかうべきだ。それに私たちが利用するのは時々でしかない。その証拠に君に会ったことはないだろう。1年が入学してから来ていなかったんだ」
「そうそう。細かいこと気にしなくて良いんだよ。今日のことは殿下のお尻丸出しも含めて全部俺たちだけの秘密だ。ただ君が誰かに押されて落ちたっていうんじゃなかったらな」
そういうカーティス様の横で殿下も強い瞳で私をみていた。
嘘は許されない気がして心臓がぎゅっと締め付けられ。なんて答えたら良いのかわからなかった。
「申し訳ありません。あの時のことは本当に急でわからないのです」
しぼりだした答えは「わからない」だった。
本当にわからないのだ。押された気がしたけど確信がなかった。押されたとしてもあまりに多くの人に嫌われすぎて犯人もわからない。そんなあやふやなこと殿下の耳に入れる必要はない。
殿下が少し悲しそうな顔をした気がした。
「そうか。大事に至らずよかったが何かあれば信頼できる者に相談するべきだ。ケントのせいで迷惑がかかったことはケント本人が話していた。あいつは親類の者なんだ。こうなったのも何かの縁だろう。なにか手をかせることはあるか?」
「ございません。なにもしていただく必要はございません」
私は即座に否定した。くだらないいじめの問題をいうなんて殿下に悪いという気持ちももちろんあったけど。女性同士の問題に男性が関わるべきではないし、ここで殿下の力を借りるのも嫌だった。殿下に助けを求めて自分以外の権力を振り回すなんてことしたら同じ手を使って嫌がらせしてる令嬢と同じになってしまう。階段から落とした人がもしいるのなら見つけたら私自身の手で殴ってやる。そう今決めた。
思わず強い瞳で殿下を見てしまったが、殿下は咎めることもなく「そうか」と言った。
「君は陛下が認めた正式な男爵令嬢だ。そのことを自信に思ってほしい。皆が知っていることだが私は側室から生まれた王子で、それをとやかく言う奴は後をたたんが、その言葉は私の人生において瑣末なことだ。大切なことはもっと別のところにある」
よく下賤な血と罵られることがある。側室から生まれたって言ったって王子は王子だ。それはそれは敬われるだろうと思っていたけれど高貴な血故の苦労が沢山あるのだろう。状況は全く違うし、天と地ほどの差がある私と王子。
それでもどこか共感してくれたのかもしれない、ケント先生から私の状況を聞いていたのか励ましてくれた。
嬉しくて嬉しくて泣いてしまいそうだった。
「ありがとうございます…」
熱心に縫っていれば涙は隠せた。
それからは全く関係のない話をしてくれた。殿下とカーティス様は騎士科であることだったり殿下は公務があり学園を長く休むことも多いこと。王子と私。天と地程違う私たちだが、殿下の真面目な話を聞いているとすごく居心地が良かった。息苦しい毎日の中でようやく呼吸ができた。そんな気持ちだった。
「できました」
「ありがとう。うまいな」
「お礼を言うのは私です。助けていただいて本当にありがとうございました」
「約束の時間にも間に合いそうだ。私たちは城に戻る。送れなくて悪いが気をつけて帰るように」
「はい。ありがとうございました」
カーティス様が「じゃあな」といって2人は帰られた。見えなくなるまでお辞儀をした。
なんだか夢のような時間だったなあ。
殿下には本当に申し訳ないことをしたけど素晴らしい宝物をもらった気分だ。
もう話すこともできないだろう。当然のことだ。でもそれがすごく悲しいことに思えて涙が再び浮かぶ。
もう泣くのは嫌だから下着丸出しの殿下を思い出して不敬だけど笑ってしまうことにした。それだけは私たちの秘密なのだ。
だが殿下との繋がりはきれることはなかった。
変わらず放課後を東屋で過ごしていると、殿下とカーティス様、そしてキーン様という方がほんのたまに東屋を訪れることがあるのだ。最初は立ち去ろうとしたがいてもいいと言ってくれた言葉に甘えた。
3人の話を聞くのが楽しかった。勉強のわからないところを教えてくれるのが嬉しかった。
令嬢達との間に問題が沢山ある私は男性と関わるべきじゃない。もうあの東屋にはいかない。
そう思うこともあるが、あの東屋は雑木林には令嬢達はみんな近づかないし、
なにより相手は殿下達だ。私と殿下の間になにか起きるなんて誰も思う訳がない。それほど殿下と私との隔たりがあった。なにかあると思うのも烏滸がましい。
そうやって自分に言い聞かせて私は今日も東屋に行く。
母と同じ過ちを犯しているなんて気づくこともなかった。




