19〈アメリア〉
私は学園を卒業して念願の薬学研究所への入所が叶った。
達成感を味わう私は一瞬で入所したその後が大変だった。
ここにいるのは兄様を含め本当に優秀で新薬開発や既存の薬の改良の第一人者ばかりだ。
ついていくのがやっと。ついていけないのなら必要ないとばかりに置いてけぼりだ。
私と同期は10人いたが既に3人が辞めた。
ただここは平民とか爵位とかはあまり関係なくて研究の為に力を合わせてる。ディル先生は厳しいけど本当に厳しいけどそれだけ失敗の許されない世界だ。私が怒られたりするのは全て私のせいで出自は関係なかった。それを私は望んでいたように思う。
貴族なことを鼻にかけて偉そうにしてる人達もいるけどあまり尊敬できない。
私は兄様と共同研究をしている。それは優秀な兄様が目障りで贔屓で妹を入れた挙句失敗するといった話になる事を望んでる。
私にも女は爵位に惹かれると勘違いして私が媚びないことが理解できないらしい。
兄妹揃って自分たちの言いなりにさせようと躍起なのである。
私はどこにでも暇人はいる。というどうでもいいことも学んだ。
兄様は「ある程度毒もあって然るべきなんだよ。無能だけどあの人たちの資金力が必要なんだよ」と笑ってた。
研究員の女性は今は私だけだったが事務作業を行う女性職員はいる。
その中の1人は笑顔で私を迎えてくれた。サラさんは私より年上だが可愛らしいという言葉がぴったりな人だった。
人との関わり方がわからない私にも優しく接してくれるサラさんに私はすぐに心を開いた。素敵な友達ができた。そう思ってた。彼女が私の家に泊まりに行きたいというので喜んで受け入れようとしたが、兄様の許可がいるだろうとすぐの返事はできなかった。彼女は不服そうだったけど優しい兄様だ快く許してくれるだろう。
そう思っていたんだけどそうはいかなかった。兄様は困った顔をして
「彼女を我が家には入れたくないな。ごめんね」
「どうして?」
「んー。僕の勘違いかもしれないんだけどねえ。彼女推しが強くて。単純に君と仲良くしたいのなら我が家でなくてもいいだろう?」
そう言われたら私は頷くしかなかった。確かにお泊まりという響きには憧れがあるが私がサラさんの家にお邪魔したりそれが迷惑ならどこか宿泊施設を利用するのもいい。
サラさんは謝ったら許してくれるだろう。いつもの優しい笑顔で。
「ふーん。そっか。わかった」
いつものサラさんとは思えないくらい冷たくて私は困った。怒らせただろうか?別の提案をしても彼女は受け入れてくれなかった。
それから彼女は私の元へは来なくなった。私が会いに行っても挨拶してすぐ離れてしまう。
嫌でもわかってしまった。彼女が何故私と仲良くしてくれたのか。
本質はなにも変わらない。〈私〉はなんなんだろう。どうしたら必要としてもらえるの?
サラさんは決して私の全てではない。それでも私は全てを否定された。そんな風に思えてならなかった。
ディルさんには怒鳴られ兄の足を引っ張る毎日は変わらない。
心がどこか遠くにある感覚のままそれでも立ち向かうしかなかった。止まることも振り返ることもできない。してはいけない。
共同研究とは名ばかりで兄様の実験を補佐できてるかすら怪しい。いつもにこにこしている兄様の鋭い視線に心臓が縮む思いをなんどもしながら毎日を過ごしていると時間が過ぎるのはあっという間だった。
1人になると涙がでるが研究だけが私を形造るように思えた。
「ふぅ…」
その日の仕事が終わり帰ろうとする。兄様は今日は予定があるらしく先に出ていた。
「アメリア嬢」
その声を忘れたことなどなかった。
振り返ればそこには私がいつも思い出す殿下よりずっと成長したような、精悍な殿下がいた。
「殿下」
「久しぶりだなアメリア嬢。急に来て悪かった。君がこの研究所にいると聞いて会いに来たんだ」
「あ…ありがとうございます」
「どうだ?研究所は」
「毎日学ぶことばかりで、失敗も多いです」
「そうか。頑張っているんだな」
「あ、あの殿下。何かご用が?」
会えたことが嬉しいのに状況を飲み込めなくてそんな質問をしてしまう。嬉しくて嬉しくて泣いてしまいそうだった。
「いや、用という用はないんだ。あの、な。知っているだろうかイリス嬢に新たな婚約者が迎えられたのだ。私の婚約者ではなくなったのだ」
「はい。知っています」
それはこの研究所でも話に上がっていたことだった。
その話と合わせてされるのは「第一王子は辺境の地を治めることが決定した」
そのどちらもが私にとって驚くべきことで、初めて聞いた時はどうしようと思ったものだった。
ただ考えるだけ無駄なことは当然だった。私がどうするもこうするもないんだ。
殿下本人の口から聞くとそれが真実なのだとつきつけられる。殿下が王都にいるからといって会えるわけじゃなかった。だけど遠く離れた地に行くことは寂しいと思うしかなかった。
「だから、いやだからではないな。なんといったら良いかわからないが、私ともう一度友人になってくれないだろうか?私は君に逢いたかった」
泣くのを堪えられなかった。ダメだダメだと思ったけど耐えられなかった。涙をこぼしながら必死に頷く私を殿下は諌めるわけでなく困ったようにでも笑って見ていてくれた。
そのまま殿下も話し出すことはなく私の鼻のすする音だけが響いて恥ずかしさに我に帰る。
それをみて殿下が嬉しそうに笑った。私が大好きな殿下の笑顔だ。
「ありがとうございます。殿下。ご迷惑にならないか心配ですが嬉しくて。どうしたらいいのか…」
「久しぶりですね。アメリアさん」
「キーンさん!」
「覗き見とは趣味が悪い」
「護衛と一緒に見守っていただけですよ。アメリアさん。ウィルの迷惑になりたくないなら、絶対に仕事は手を抜かないでください。あなたはあなたの道で研究を続ける。それが殿下との道に続いているかもしれないのだから」
「はい」
殿下もキーンさんの話をしっかり聞いて「私にも言えることだな」つぶやいていた。
何に心を煩わせてもそれが全てだとは思わない。でも。殿下だけは。
止まったと思った涙が一粒溢れた。




