1〈アメリア〉
その迎えは突然やってきた。
いつものように食堂に向かうと、そこには男爵家の使い、という人が来ていて店主と話をしていた。
どうやら男爵家が私を引き取るらしい。
この生活が変わることがいいことなのか、その男爵家というのが信じられるものなのか私にはわからなかったけど、店主が「元気でな」とお別れの言葉を言ったので、ついて行くことにする。この街で唯一優しくし続けてくれた人。精一杯の感謝の気持ちを伝えて私は母と暮らしたこの街を離れることになった。
初めて乗る馬車の中、私は母の大切にしていた絵本を抱えてこれからどうなるんだろうかと不安になる。
母は追い出されたって言ってたけどその娘の私がいっても大丈夫なものなんだろうか?
怒られないといいなあ。そんな風に思っていた。
男爵家はみたことない位立派なおうちだった。
家に入ると白髪まじりのおじさんが私を見てびっくりしてた。慌ててお辞儀をしてくれて中へと案内される。
部屋にに入ると、私と同じピンクブロンドの髪と翡翠色の目をしている眼鏡をかけた優しげな美しい青年が迎えてくれた。
「やあ、君がアメリアだね。僕はオルセード。君の異母兄だよ」
「はじめまして…」
「本当にリリーにそっくりだね。リリーが働いてた時は僕は学生で寮生活だったけど休暇中は屋敷にいたからね。君のお母さんにはお世話になったんだよ」
母をリリーと親しげに呼んだ彼は母や私を憎んでるようにはみえなかった。
「ここに来て良かったの…ですか?」
「君は僕の異母妹だからね。リリーと君のことはそこにいる執事のロディから聞いていたんだ」
あのおじさんはロディさんというらしい。母の言っていた遠縁の人だろう。目があってお互い改めてお辞儀をした。
「アメリア。君のお父さん、僕の父でもあるんだけどね。もう死んでしまったんだ。君に会わせられなくて残念だよ」
私はなにも言えなかった。私の中で父はいないのが当たり前だったけど、改めて父もこの世にいないということに心が重くなった気がした。
「亡くなる直前、父は僕の母の元へいけるとなんだかいつもより幸せそうにみえたな。唯一の心残りは僕の幸せと君とリリーのことだって言っていた。父はどうしようもない人だったけどね、それでもやっぱり父だから。僕たちは両親がみんな亡くなってしまったけど。これから家族として君にはここに住んでもらって男爵家の娘として幸せになってほしい」
「家族…」
「そう家族。嫌?」
「ううんそんなこと…。怒られない?」
「大変なこともあるだろうけどね、君が男爵家の娘であることはその髪と瞳で疑いようはないし、僕は当主だしね。表立って反対はされなかったよ。祖母も父の遺言だから反対しなかったんだよ」
男爵家のお祖母さん。お母さんを追い出した人。でも本当に男爵さまがたいせつだったんだな。
「私ここでなにすればいいの?」
「まあ追々ね。色々勉強は必要だろうけど。今はとりあえずお風呂に入って一緒に食事をしよう」
そういって笑うオルセードさんをみて悲しい気持ちとかもやもやする気持ちがふっと軽くなった。
そうしてその日から男爵家令嬢としての私の毎日がはじまった。