14〈アメリア〉
私はオルセード兄様に卒業後、薬学研究所に入りたいと伝えて了承を得ていた。
お嫁に行くのが遅くなっちゃうよ。なんて言いながらも許してくれた。
「ただ僕の異母妹だから、なんて理由で入れるところではないんだよ。試験もあるからそれまでにしっかり誠意と実力をみせてね」
定期的に出される課題に合格する事、このままの成績を維持することが条件だった。
課題はどんどん難しくなるし学園の勉強にも手を抜けない。
だけどそれが心地よかった。殿下を思うと胸が痛い。今はこの痛みがなくなるのかもわからなくて、体の一部のようになってしまったそれは勉学に励む時だけ感じなかった。
燃えるような赤い髪と灰色がかった碧の綺麗な瞳。殿下の婚約者様イリス様だ。
殿下との最後に会った次の日、イリス様はどんな人かと隠れて見たらそれはそれは綺麗な人で圧倒されたものだった。
そのイリス様が目の前にいる。ひとりで東屋に突然やって来られたのだ。
殿下とのことだろうか、出来ることなら謝りたいが自己満足かもしれない。そもそも彼女から話しかけてくれないと話せない。怒っているのだろう。私から目を離さない。申し訳なさとその目線に耐えきれなくなりもう無作法だけどこちらから謝ろう。そう決意した時、
「…アメリア嬢、あなた、自分の前世をご存知?」
あれ?怖い。イリス様って不思議な人なの?この質問の意図は何?混乱で震える唇に言葉を乗せた。
「存じ上げません」
「そう…ならなぜ私と殿下の仲を取り持とうとなどしたの?」
「殿下の幸せのために何かできないかと…」
「あなたは殿下の幸せをなにかご存知なの?」
「いえ、でもイリス様と過ごす時間が取れないと悲しんでおられましたから」
この方は殿下の婚約者だ。彼女の思惑はわからないままだけど取り繕うことなくできるだけ誠実に向き合いたかった。
「それであなたは私に殿下との時間を譲ってくれたというの?あなたは殿下が好きではないの?」
「…恐れ多くも憧れているのです。殿下は私を蔑むことなく優しい方。国民のために突き進む強い方。不安定な弱い心も大切にしている繊細な方。殿下の全てが私の憧れなのです。ですがイリス様が不安に思うようなことはひとつもありませんでした。どうか信じていただきたいのです。譲るなんてこと…個人的に会うこと自体イリス様を傷つけてしまうということを自覚するのが遅くなりましたがもう会うことはありません。本当に申し訳ありませんでした」
それでも好きの気持ちだけは言いたくなかった。言うべきじゃないしこの気持ちは私だけのものにしていたい。
「あなた一体なんなの。その行動は何?わからない。だって殿下は私を捨ててあなたを選ぶと思ってたから…。そう、そうよ!殿下のことをそんなに知っているならあなたが幸せにすればいいじゃない!」
ひどく混乱しているイリス嬢にこちらの動揺が引いていく。
「殿下は婚約者を『捨てる』なんてこと決してなさらない方だと思います。確かに私も殿下の幸せを願っています。ただできることは婚約者のイリス様とは違います。婚約者であるイリス様でしかできないことは私は殿下にできません。だからこそ個人的に殿下と会っていたことがイリス様をこんなにも傷つけてしまいました。わたしのすべきことは違いました。本当に申し訳ありません。ですがもう私がイリス様を煩わせることはしないと誓います。ですからどうか殿下と向き合ってください」
イリス様は何も答えなかった。沈黙が続く。公爵令嬢に失礼な物言いだとわかっていた。それでも伝えたかった。
「…失礼するわ」
結局私に答えることなくイリス様は去っていった。
嫌味な言い方をしてしまった。殿下をわかって欲しかったのももちろんあるけど、この気持ちは『嫉妬』だ。
痛い痛い痛い。彼女は婚約者という立場をどう思ってるんだろう。羨ましい。ずるい。ずるいずるい。私の方が殿下をわかってる。
ドロドロと心を蝕む汚い気持ち。殿下は私を選ぶ。私が幸せにしろってイリス様が言った。だったら殿下に思いを伝えたい。殿下のことちっともわかってないイリス様なんかより私が一番殿下のそばにいたい。これからもずっと殿下と一緒に。
「くだらない。やめよう」
私もイリス様も同じだ。
私は婚約者という立場のイリス様を羨んでいる。でも殿下と過ごした大切な時間が私にはある。
イリス様はその時間を羨んだんじゃないだろうか。
人がもっているものはよく見えるけど自分のもっているものは当然ですぐ忘れてしまう。
殿下との思い出を忘れてしまうところだった。全てのはじまりこそ殿下との時間だったのに。
イリス様への嫉妬心で塗りつぶされてしまうところだった。
正直嫉妬心がなくなったわけじゃないけれど、それを上回るほど大切なものを私はもってる。
イリス様は不思議な人だったけれど、彼女も殿下の幸せの一部なんだと信じてイリス様の幸せも願えるようになれたらいい。
今は無理だけど。時間はかかるかもしれないけど。
ふたりが幸せになってほしい気持ちも嘘じゃない。




