scene03
清掃が必要な程、地下牢は汚れていなかった。
牢が二部屋しかないこの場をランタンで照らしたが、すでに使われていないのか埃が溜っている程度で、手間をかけた作業は必要ないと感じられた。
後始末や、何かの痕跡があっての清掃だと思っていたが、そんな不安を感じさせないほどに呆気ない作業で済ませることができ、エリィは少々困惑してしまう。
本当にここは地下牢なのだろうかと疑念も湧く。埃を払い終えた牢の中を再びランタンで照らす。
牢にあるのは藁で作られた寝床以外には、瓦礫の壁に赤い塗料のような何かが飛び散っているだけで、これといい何もない空間に思えた。
もう一部屋の牢も似たような現状だと一瞥する。
ふと、エリィは方部屋と同じ空間なだけに、小さな違和感に覚えた。
ランタンを近づけてみると、寝床の藁に僅かだが盛り上がりがあることに気がつく。
藁をずらすと、そこにあったのはボロボロな状態の一冊の本だった。
「本って……珍しい」
表紙も中身も文字がつぶれて、内容を把握することはできなかった。
ここに捕らわれていた誰かが読んでいたのだろうかと、憶測しながら無事なページはないかと紙を捲っていると、あるページに目が留まる。
『ルチェール、もし気がついたのならば、同じように返事をくれないか』
そこには赤色の文字で、他の文字とは異なる大きさで記されている不可解な一文があった。
書き殴られた文字に、エリィは首を傾げる。
おそらく誰かがこのページに書き足したのだろうが、それ以上に、赤色という初めて目の当たりした文字に、物珍しさを感じれずにいられなかった。
エリィは一気にこの本に引き込まれ、同じような赤色の文字がないかとページを捲り、見つける。そしてまた探し、見つける。
『ダニス、すごい発想だ。これなら僕たちは会話をすることができる』
『気がついてくれてありがとう。きっとこの本は、我々の生きる糧となってくれる。ルチェールよ、あれからもうどれだけの月日が流れているか、君にはわかるかい』
『もう何年経ったかかも、覚えていないよ。覚えているのは、奴らに対する怒りだけだ。ダニス、僕らの運命は、一体どうなるんだろう』
『ルチェール、希望を捨ててはならない。生きている限り、希望が途絶えることはない。希望が途絶える時は、生きることを諦めた時だけだ。まだ、望みを捨てないでほしい、ルチェール』
『ダニス、君との会話のお陰で、僕は生きる糧を得た。だから僕は、最後まで生きる望みを捨てない。だけど、望みは捨てなくても、死神には抗えないみたいだ。さっきあいつらの会話を聞いてしまったんだ。僕は、もうすぐあいつらに殺されてしまうみたいだ』
『ルチェール、もう君がこの本を手に取れているかわからない。私は、たとえ死神が迎えようとも、最後まで抗う。ルチェールよ、どうか君も、生きる希望を、どうか、抗って』