みんな、死んだ
『おまえはどこまで調べたんだったか? ああ……そこまでか。それなら残りの結末まで話は早い。実はな、問題の娘と恋仲だった地主の息子は、彼女のために身を引いたふりをしたけど、親父が疑っていた通り、まだ娘に未練があったのさ。だから、こっそり約束を交わしていた。「僕は零時過ぎに屋敷を出るから、待ち合わせて二人で逃げよう!」てな』
新垣の話はそんな風に始まったが、こいつは僕が驚くほど詳しかった。
『地主である父は、恋文を盗み見たお陰でその約束を知り、やむなく娘を殺すことにした。無法者を二人ほど金で雇い、大雪が降った問題の夜、息子に先んじて娘の家を襲撃に向かわせたのさ。娘の家は、老母と彼女の二人暮らしだし、おまけに家は集落の外れにあり、襲うには都合がいい。実際、無法者二人は老母と娘を気絶させ、家の外に引きずり出すところまでは、上手くやった。しかし、そこで計算違いが生じてしまう』
まさに立て板に水を流すがごとく、新垣は今まで謎だった部分を説明していく。どこで調べたのか、そもそもどうしてそこまで調べた得たのか訊きたかったが、とりあえず僕は息を詰めて最後まで聞くことにした。
『――連れ出した二人を男共がそれぞれ担ぎ、集落から遠い森にでも放り出しておけば、大雪の中、短時間で凍死するのは間違いない。明らかな殺人の証拠が残るよりは、その方がマシだろうというのが、地主の浅い考えだった。しかし、運ばれる途中で娘が気付いてしまった。しかも、雇われ者の二人の隙をついて逃げたのさ。老母と二人で逃げるのは無理でも、まず自分が逃げて助けを呼ぼうとしたわけだ。しかし……あいにくこの試みは失敗したようだ。その後の娘がどうなったのかは、不明なんだ。今に至るまで死体すら出てないが、おそらく死んだんだろう。結果的に、残された老母も死んだ。恐くなった雇われ人の二人がそのまま逃げてしまい、放置された老母は凍死してしまったのさ』
「おい、待てよ。おまえ、見て来たように言うが」
さすがに僕が口を挟んだのを無視して、新垣は続けた。
『さて、予定通りとはいかないが、娘が行方不明になり、その老母は凍死体で後に発見されたわけだ。これ幸いと、主犯の地主は「狐狸妖怪の類いの仕業だろう」とトボけ、自分の指図であることを隠した。しかしもちろん、息子は父が犯人だと思っている……どころか、確信している。だから、それ以後も行方不明の娘を探したり、襲撃犯を捜して父の犯罪を暴こうとしたが、あいにく証拠は何も残っていない。金で雇われた二人は元々よそ者だし、そのまま雲を霞と逃げちまった後だからな。……絶望した息子は、自分にできる最後の復讐をすることにした。つまり、実の父への批判のつもりで、自分も大雪の日を選んで森の中へ消え、自ら凍死を選んだそうだ。これが、事件の核心さ』
どこか哀しそうな声で新垣は語り終え、しばらく黙り込んだ。
しかし、僕が質問する前に、後日談まで教えてくれた。
『一人息子を失った地主は哀しんだが、性根は直らなかった。反省して名乗り出るよりも、事件を完全に埋もれさせる方を選んだ。幸い、生き証人は残っていないし、息子も少女の老母と同じ凍死だ。そこで「息子も殺されたっ。行方不明のあの少女こそ、殺しの犯人なのだっ。きっと雪女に違いない!」なんて大嘘をまことしやかに語ったんだ。地主の息子ならともかく、雪女が老婆を殺すなんて、昔話でもあまり聞かない話だが、なにしろ証拠は一切でない。死人に口なしとはこのことさ。ただし、息子の数少ない友人や、少女やその老母と親しかったわずかな者達が、怪しんで調べようとはした。だがそういう善意の人達は、嗅ぎ回っていることが地主の耳に入った途端、例外なく行き倒れ死体となって発見された。もちろん、これも地主の仕業だ。以前と同じく金で雇った無法者達にやらせたわけだが、全てをいもしない雪女のせいにしたんだな。自分の罪を隠すために』
今度の沈黙は長かったので、僕はようやく尋ねた。
「おまえの話が本当だとして……それで、地主はどうなった? まさかそのまま、何事もなく余生を終えたのか?」
『いやいや、世の中、そこまで甘くないな』
今度は少し満足そうな口調で、新垣は答えた。
『罪から逃げ切れたはずの地主も、やはり死んださ。……もう春も近くなったある夜、屋敷の中でなぜか凍死していた。当時検視した警察は、例外なく首を傾げたそうだぜ? 煖炉まであった屋敷の中は温かく、とても凍死するような温度じゃなかったからな。実は最後のこの死体こそが、雪女と決めつけられた少女の仕業なんだけどね』
「なあ、おい。なぜそんなに詳しいんだよ?」
今や恐くなってきた僕は、ひそひそと電話の向こうに尋ねた。
「おまえ……本当に新垣だろうな?」
『疑うのは自由だけど、そろそろ時間だ』
相変わらずの風の音がするが、微かに新垣の声が届いた。
『宮子との約束もあるし、零時半になる前に、俺は校舎内へ行く。じゃあな!』
「待て馬鹿っ――あ、くそっ」
既にスマホは切れていて、僕は歯軋りした。
知らないぞ、僕は知らないっ。
なんのつもりの電話だったか知らんが、関わりになるものかっ。