闇に消えた故事
もちろん、僕は気を揉んだ。
祖父になにかあったのではないかと。
どこから電話してきたのかわからないので、探しにもいけないが……もし場所がわかっていたら、その場で家を飛び出していたはずだ。
それでも、帰りがいつもより遅いようなら、即、会社の方に電話入れたのだが、ある意味で意外なことに、祖父はいつも通りの時間に帰宅した。
「じーちゃん!」
声を上げて玄関先に走ると、靴を脱ぎかけていた祖父は、驚いたように目を瞬いた。
「おー、裕也……わざわざ出迎えたぁ、どういう了見だ?」
「どういう了見だって?」
僕はむっとして祖父を睨んだ。
心配してた僕が、馬鹿みたいじゃないかっ。
「携帯で連絡してきただろっ、雪女伝説のことを聞き込んだって! それから急に電話切ったから、心配してたに決まってるじゃないさっ」
「携帯……雪女伝説……?」
祖父はオウム返しに言うと、この人にあるまじき、ぽかんとした顔で見返した。
この瞬間、僕は背中がぞわぞわした。
「そりゃ一体、なんの話だ? わしはいつも通り介護の車で顧客のところを回って、今戻って来たところだぞ」
「……あっ」
予感的中である……祖父の記憶から、すっぽりそのことが抜け落ちている。
田口のじーさんとかいう老人と同じく。
それでも彼は一部を思いだしたようだが……もし、その田口老人にもう一度尋ねたら、もう雪女のことは記憶にはない……そんな強烈な予感があった。
この件について祖父が調べるのを、明らかに「あの少女」が邪魔しているのだ。
「どうした、坊?」
祖父は僕の様子を見て、心配する時にたまに使う呼び方をした。
「なにか気になるなら、言ってみな。雪女がどうしたって? その言葉聞くと、なぜかわしも妙に気になるが」
「いや……いいんだ」
僕は引きつった顔のまま、無理して笑顔を作った。
あの少女がこれ以上過激な手を取ったら、困る……祖父にはまだまだ元気でいてほしい。僕の事情のために、これ以上迷惑をかけるわけにもいかない。
「なんでもないんだよ、うん。僕の勘違いだったみたい」
結局僕は、そう応じるしかなかった。
僕はもう、誰もアテにできないし、誰にも相談できない。
祖父の例が最初で最後だなどと、到底思えないからだ。
図書館の資料室にあるPCにまで影響を及ぼすほどだ……あの女の目はどこにでも光っていると思って間違いないだろう。
しかし、不思議なこともある。
肝心の僕自身は、コトの顛末を忘れていないということだ。
PC内のHDDの記録やじーさんの記憶、それにおそらくその他大勢の無辜の民の記憶に干渉するくせに、なぜ公然と嗅ぎ回る僕には干渉しない?
そこには、なんらかの理由があるはずだろう?
それに神隠し伝説やら雪女の故事が本当なら、実際に怪異の秘密を暴こうとする新垣は、ひどく危ないはずだ。
自分可愛さに友人を完全に見捨てることは……さすがに、今の僕にはできない。
たとえ、あいつの身から出た錆であろうと。
ツテで調べるのが無理なら、インターネットで検索するか、図書館で調べるしか道はないように思う。しかし、図書館はもうご免だった。
また彼女に遭遇したらと思うと、腰が引けてしまう……我ながら情けないが。
そこで僕は、自室にあるPCを使い、「雪女 ○○県黒森地方 黒森高校 神隠し 大地主」等々……関係ありそうなキーワードを駆使して、片端から検索で調べてみた。
もしも調べだしたことすら目の前で消えてしまったら、その時はやむなく手を引くつもりだった――が。
なぜかこの手段は禁忌に抵触しないらしく、おぼろげながら、ヒントが集まった。
検索の邪魔をされなかった理由は不明だが、とにかく最後の最後で、ようやくマシな情報が集まった。まあ、それとて単なる噂話や、又聞きの昔話に過ぎないが。
それらは全て、おとぎ話に等しいとされる、この地方の昔話だとか、誰かが書いたブログの記載とか、あるいは掲示板で見つけた老人の思い出話とか……そんなのがソースであり、しかも、それぞれのヒントは大きな事件の断片に過ぎない。
しかし、その断片を繋ぎ合わせると、見えてくるものがある。
――僕が探り当てた故事とは、以下のような物語だった。
時代については、いつかは不明だが。
僕らの高校のある場所は、昔はさる大地主の所有下にあり、村一番の大きな屋敷が建っていた。
地主には一人息子がいたのだが、彼はある日、貧しい農家の一人娘に一目惚れしてしまう。
当時、彼の父である地主は、既に息子に良家との縁談を進めていて、絶対に息子に横恋慕する少女を許すことはできなかった。
もちろん真相は逆で、息子の方が少女にぞっこんだったのだが、頭に血が上った地主は、完全に誤解していた。
逆に当の息子の方が冷静で、相手の少女に迷惑がかからないよう、身を引くことにしたのだが、その決意の言葉すら、もう地主は信じられない。
彼にとって、解決策は一つしかないように思えたのだ。
……そのため、年末も近いある日……大雪がこの地方を襲った時を選び、地主は決定的な手段に出た。
……これだけだ。
困ったことに、一晩かけて検索で形になったのは、本当にこれだけだった。
雪女の話が広まったのは、この後のことらしいが、間にどんな事件が起きたのかは、一切出てこなかった。
そこが肝心なのに。
あの少女が、この物語に登場する少女と同一人物かはまだわからないが、とにかく、肝心の部分はどれほどしつこく検索かけても、出てこなかった。
事件の痕跡すら残らなかったのか……あるいは、事件そのものが歴史に残らなかったかだ。
「どうしろって言うんだよ、僕に!」
僕が頭を抱えたのも、無理はなかろう。