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神隠しの夜  作者: 遠野空
3/10

怪異に遭遇した者の、共通項


 僕はしばらく、座ったまま腰を抜かしていた状態だった。

 立っていたら、確実に倒れていたはずだ。


 それでも、我ながら殊勝なことに、無謀な友人の新垣のために、見つけた証拠の数々だけはコピーしようとしたんだが――。


 なぜかそっくり、消えてしまっていた。

 記事をピックアップした後、フォルダを作って一時そこにコピーしておいたのに、元記事ごとHDD内から消えていたのだ。


 ロックもかかっていたはずなのに、綺麗さっぱりと、後腐れなく消えた。

 全ての記事が消えるのならまだわかるが、なぜか黒森高校の怪異譚に関する事件のみ、選り分けたようにして、だ。





 そこまでで限界だった。

 本来なら司書さんに報告すべきだろうが、またあの少女が出現する気がして、僕は這々の体で引き上げた。


 ……その夜、介護の仕事から帰宅した祖父に、僕は全てを話した。

 うちは両親が早くに亡くなり、家族といえば、父方の祖父しかいない。


 定年退職した今も、介護系のバイトをして僕を養ってくれている人であり、どんな話でも真面目に聞いてくれるだけの度量もある。

 僕が話すとしたら、祖父しかいなかった。


 まだ食事前なのに、祖父は黙って全てを聞いた後、ため息をついた。

 キッチンのテーブルの向こうで、腕組みをして難しそうな顔をしている。



「よくねーなぁ、そりゃ」


 ようやく、独白のように声に出した。


「し、信じてくれるわけ?」

「裕也は、そんなつまらん嘘つく性格じゃないからな。それにわしはな、ここ五年ばかり介護のバイトしてたお陰で、じーさんばーさんの相手ばかりしてるだろ? そのせいか、不思議なことにも何度か遭遇してんだよ」


 自分も世間的にはじーさんの年代なのに、祖父はしみじみと言う。


「たとえば、病床のばーさんが『昨晩は夫が久しぶりに来てねぇ』なんて嬉しそうに言った翌日に、大往生遂げたりとかな」

「そ、それとこれとはっ」


 反論しかけた途端、祖父は片手を上げた。


「まあ、聞けって。……図書館で見たその子だがな、おめーがいた資料室から、隣部屋の書棚奥まで、かなり距離があったんだよな? なのに、はっきり細部まで見えたのか? だいぶ近眼なのに?」

「み、見えたっ。自分でも妙だと思ったけど、本当によく見えたよ」

「よく見えたなら、どんな顔だったか、覚えてるか?」

「そりゃ当然――」


 勢い込んで説明しかけて、僕は絶句した。

 ……覚えてないのだ。


 いや、白装束とか、長い髪とか美人だったとか、そんなのは覚えている。だが、どんな顔立ちだったかは、なぜかすっぽりと記憶から抜けている。


 その子の顔の、一切の特徴を思い出せない。

 そんな馬鹿なことってあるか!? 



「……やっぱりか」


 祖父は僕の様子を見て、またためいきをついた。


「あのな、わしも今日まで真偽のほどは知らなかったが――幽霊を見たって奴はな、時に不思議な証言するんだぜ。わしに話してくれたのは老人ばかりで、当然ながら視力は悪いなんてもんじゃない。なのに、裸眼でもくっきりはっきり見えたっていう人達がいる。それでいて、どんな顔だったとか、そういうのはなぜか記憶には残ってないんだな、これが。とても嘘なんかつく性格じゃない人に限って、だいたいみんな、遭遇した時の話は共通すんだよ。見事に、おめーと同じことを言うんだ」


 そこで祖父は、じろっと僕を見た。


「つまり、おめーが見たのは、どうも本物かもしれんな」

「うわあっ」


 僕は素で声を上げた。

 そんな情報、知りたくなかったっ。


「どうすればいいかなっ」

「……手がかりがあるとしたら、おまえが聞いた『わたしは雪女じゃない』って言葉かな。どうも、その言葉にわしもひっかかる。雪女の話ってのを、どこかで聞いた気がするぞ」


 再び腕組みをして、祖父は呟いた。


「昔のことに詳しい知人なら、山ほどいる。片端から聞いてやるから、おまえはそれまで大人しくしてろ」


 またじろっと僕を見て、釘を刺す。


「間違っても、深夜に学校なんか行くなよ?」

「行かないよっ」


 僕はその場で断言した。

 あんなことがあったのに、誰がいくものか。 


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