怪異に遭遇した者の、共通項
僕はしばらく、座ったまま腰を抜かしていた状態だった。
立っていたら、確実に倒れていたはずだ。
それでも、我ながら殊勝なことに、無謀な友人の新垣のために、見つけた証拠の数々だけはコピーしようとしたんだが――。
なぜかそっくり、消えてしまっていた。
記事をピックアップした後、フォルダを作って一時そこにコピーしておいたのに、元記事ごとHDD内から消えていたのだ。
ロックもかかっていたはずなのに、綺麗さっぱりと、後腐れなく消えた。
全ての記事が消えるのならまだわかるが、なぜか黒森高校の怪異譚に関する事件のみ、選り分けたようにして、だ。
そこまでで限界だった。
本来なら司書さんに報告すべきだろうが、またあの少女が出現する気がして、僕は這々の体で引き上げた。
……その夜、介護の仕事から帰宅した祖父に、僕は全てを話した。
うちは両親が早くに亡くなり、家族といえば、父方の祖父しかいない。
定年退職した今も、介護系のバイトをして僕を養ってくれている人であり、どんな話でも真面目に聞いてくれるだけの度量もある。
僕が話すとしたら、祖父しかいなかった。
まだ食事前なのに、祖父は黙って全てを聞いた後、ため息をついた。
キッチンのテーブルの向こうで、腕組みをして難しそうな顔をしている。
「よくねーなぁ、そりゃ」
ようやく、独白のように声に出した。
「し、信じてくれるわけ?」
「裕也は、そんなつまらん嘘つく性格じゃないからな。それにわしはな、ここ五年ばかり介護のバイトしてたお陰で、じーさんばーさんの相手ばかりしてるだろ? そのせいか、不思議なことにも何度か遭遇してんだよ」
自分も世間的にはじーさんの年代なのに、祖父はしみじみと言う。
「たとえば、病床のばーさんが『昨晩は夫が久しぶりに来てねぇ』なんて嬉しそうに言った翌日に、大往生遂げたりとかな」
「そ、それとこれとはっ」
反論しかけた途端、祖父は片手を上げた。
「まあ、聞けって。……図書館で見たその子だがな、おめーがいた資料室から、隣部屋の書棚奥まで、かなり距離があったんだよな? なのに、はっきり細部まで見えたのか? だいぶ近眼なのに?」
「み、見えたっ。自分でも妙だと思ったけど、本当によく見えたよ」
「よく見えたなら、どんな顔だったか、覚えてるか?」
「そりゃ当然――」
勢い込んで説明しかけて、僕は絶句した。
……覚えてないのだ。
いや、白装束とか、長い髪とか美人だったとか、そんなのは覚えている。だが、どんな顔立ちだったかは、なぜかすっぽりと記憶から抜けている。
その子の顔の、一切の特徴を思い出せない。
そんな馬鹿なことってあるか!?
「……やっぱりか」
祖父は僕の様子を見て、またためいきをついた。
「あのな、わしも今日まで真偽のほどは知らなかったが――幽霊を見たって奴はな、時に不思議な証言するんだぜ。わしに話してくれたのは老人ばかりで、当然ながら視力は悪いなんてもんじゃない。なのに、裸眼でもくっきりはっきり見えたっていう人達がいる。それでいて、どんな顔だったとか、そういうのはなぜか記憶には残ってないんだな、これが。とても嘘なんかつく性格じゃない人に限って、だいたいみんな、遭遇した時の話は共通すんだよ。見事に、おめーと同じことを言うんだ」
そこで祖父は、じろっと僕を見た。
「つまり、おめーが見たのは、どうも本物かもしれんな」
「うわあっ」
僕は素で声を上げた。
そんな情報、知りたくなかったっ。
「どうすればいいかなっ」
「……手がかりがあるとしたら、おまえが聞いた『わたしは雪女じゃない』って言葉かな。どうも、その言葉にわしもひっかかる。雪女の話ってのを、どこかで聞いた気がするぞ」
再び腕組みをして、祖父は呟いた。
「昔のことに詳しい知人なら、山ほどいる。片端から聞いてやるから、おまえはそれまで大人しくしてろ」
またじろっと僕を見て、釘を刺す。
「間違っても、深夜に学校なんか行くなよ?」
「行かないよっ」
僕はその場で断言した。
あんなことがあったのに、誰がいくものか。