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魔王、演説をする。

 

「最後に、生徒会長に推薦として選ばれました比良坂舞麻の演説となります」


 司会役の前生徒会風紀委員が比良坂の名前を呼ぶ。

 それに合わせて耳が痺れるくらいの拍手が湧き上がると少し間を空けてから比良坂は舞台袖から現れた。

 一歩二歩としっかりと歩くと一度止まり、学校旗に一礼をし、次に校長及び教頭と生徒指導の教師に一礼をする。

 キュッと体育館専用の靴のゴムを鳴らすとまた一歩二歩と丁寧に歩き始めた……が、両手両足が同時に出ているあたりものすごい緊張しているのが手に取るようにわかる。そこは目を瞑るとしよう。あそこまでは茶番に違いない。多分……。


 拍手が静まった静寂の中、彼女は演台に立つ。

 マイクの位置を自分の口の前になるように調整をし、トントンと軽く叩いた。するとマイクがぐるりと動き縦になる。思わぬ予想外の出来事に彼女ははわわわわ……! と言いながらマイクの調整を再度行う。その光景にクスクスと笑う生徒が何人かいた。

 注目する視線、のべ四百八十人の生徒と三十一人の教師。目の数だと約千以上。俺ですら感じたことのない視線は針の(むしろ)の様に彼女の体に刺さり、まるでルーペで焼かれる紙のように緊張が張り詰めていく。


「……」


 おどおどしながら一度司会進行役に目配せをすると、司会進行役は一度頷いてから口を開いた。


「……では、演説お願いします。待ち時間は五分です」


 それと同時に時間は動き出した。


 静寂の中、見守ることしかできない俺は心配そうにその光景を見ている。ガッチガチに固まった彼女はまだ前髪で目を隠していた。


「……」


 突然ボワっと突沸したかのようにでた湯気、天井に届きそうなくらい吹き出た紫の煙に生徒たちは驚いた顔をする。その煙は次第に湧き上がり、まるで角のようにかたどると舞麻の態度は一変し前髪をたくし上げた。現れる青紫の瞳。態度が一気に膨れ上がりふんっと鼻で笑ったあと口を開いた。


「私の名は比良坂舞麻。皆の推薦によって六十六代生徒会長に指名()()()者だ。よろしく」


 おいおいおいおいおい、一言目が魔王モード(フルスロットル)だぞ……!? しかもいまされたとか言わなかったか!?

 ちらりと俺と視線が合うとニヤリと笑い、また視線を全校生徒に戻した。一瞬ドキッとした。


「実はもしものためにとおもってカンニングペーパーを用意していたのだが……、今となっては無用となってしまったわけだ。まぁ、私がここに立つまでに言いたいことは全て彼らがいってくれたわけだ。感謝しよう」


 そういって比良坂は胸ポケットから取り出したカンニングペーパーを一度二度と揺らすとぽいっと横に捨てる。

 さて、と口を開けるとマイクを手に取り演台から離れ前に出た。


「本年四月。学校に新しい生徒会長(おう)が生まれる。私と、私の信念がこの学校に影響を与えようとしている。今や誰が生徒会長に就任するのか、その玉座に座るものが誰なのか、理解していると私は考えている。この決定事項を勝ち取ることが私、比良坂舞麻の思惑だったのだ」


 唐突な語りに生徒達は顔を見合わせる。

 これまでテンプレートの、しかもカンニングペーパーの内容しか読まなかった彼らの後にこれなら騒めくのは間違っていない。

 これはまさしく、即興(アドリブ)。抑揚も、会話の合間にも全て魅力的に話す。


「私は決して虚言を弄したり、誤魔化したりはしない。従って私は、いかなる時もこの学校(らくえん)に対して、妥協したり口先だけの甘言を呈したりすることを拒否するものである!」


 おおおお。と生徒の一部が雄叫びをあげた。あまりの雰囲気の変わりように皆が異変に気付いた。


「私は、今までに失われた我々の【力】の復活がおのずから達成されるとは諸君らに約束するつもりはない! 我々が行動するのである! そう我々自身が手を取り合って行動しなければならないのだ!」


 その発言をすらすらと口にし、手ぶらの左手を大きく振るい彼女自身を大きく見せようとした。


「そうだそうだ!」


 それに合わせて雄叫びをあげた生徒達は掛け声をあげる。


「【自由や幸福や生活】が突然空から降ってくると思ってはならない! 全ては我々自身の意志と行動にかかっているのだ!」


 前のめりに発言する彼女についに先生達は動き始めた。この演説を見ている者は、この世界に魔王がいると知っている者は皆思っただろう。


 この演説は狂っている。


 人類を狂わせる……魔力が込められている。魅力が込められている。人を掻き立てる感情を高ぶらせる何かが潜んでいる。

 俺が思っていた魔物とは全く逆のものだった。


 俺は彼方を探した。一年二組の方へと探しに行ったがどこにもいない。

 そして見つけた。


「彼方!」


 彼女は歩みを進めていた。前に、前に、魔王となった比良坂へと歩みを進めていた。

 俺は思わず彼方の元へと走った。


「彼方っ!」

「大丈夫」

「大丈夫じゃないだろう! この狂った状態を見ろ!」


 周りは魔王の演説に狂っていた。狂っていないのは俺と、妹の彼方だけだ。

 何が大丈夫なんだ。この状況で、何を。

 すると彼方は右手と、左手を広げお互いの掌を音が多少出る程度の速度でくっつけた。そして両手が離れるとそこには銀色に光り輝く刀身があらわになる。抜き身の細身の両刃の剣、バチっと稲妻が爆ぜる音がした。


「我々自身がこの学校を、その固有の行動、勤勉、決然さ、不屈さ、頑強さによって繁栄させるのだ! そうして始めて、我々は英雄と同じ高みへと再び登りつめることができよう! かつての英雄も、己の力で築き上げたに違いないのだから……」


 妹はその剣を右手で掴むとそのまま狙いを定めるように剣を真上にあげ、構えた。


「全校生徒よ、私に時間を与えよ。しかるのちに私を判断せよ! 全校生徒よ、我々に時間を与えよ! 私は誓おう! この玉座に就いた時と同じように、これからも私は進むという事を! 私は地位や、見返りのために行動するのではない、ただただ諸君らの為にのみ行動するのだ!」


 そして、湧き上がる生徒一同。誰も彼もが生徒会の投票前演説で新たなる王が生まれたことを祝福したかのようだった。

 それと同時に彼方は銀色の剣を振り下ろした。


 全てが静まる。さっきまで立ち篭っていた熱が、さっきまで漂っていた狂気が全て霧払いのように消えていく。


 比良坂の頭から吹き出ていた紫色の煙が消えており、露わになっていた青紫色の瞳は途端にいつもの比良坂舞麻に戻る。そして挨拶もろくにせず一目散に逃げ出したのだった。


 しかし最後の挨拶など無意味だった。挨拶などで決まることではない。

 こうして比良坂舞麻は第六十六代生徒会長に就任となった。

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