魔王、演説に臨む
生徒会選挙の演説会当日。
一人一人立候補の生徒会長候補、風紀委員長、会計、書記が順番に演説をしていく。
それぞれが熱意を持って雄弁に話しており、必死だった。
実はこれまで立候補者達のその姿を見てきたが、俺は心が震えるようなことがなかった。中学の時の生徒会選挙の演説会でもみんながみんな「より良い学校生活をー!」だとか、「みんなが楽しいと思える体育祭をー!」だとか、同じことを話しているため、あぁ、みんな同じこと考えてるんだな。それなら俺もより良い学校生活をとか言えば生徒会に入れるのかなー。とか呑気なことを考えていた。
つまり何が言いたいかというと、テンプレートの演説は面白さに欠けていたのだ。抑揚も、間も、全然面白くない。
まったくもって面白くない。
そして今回も心に響くことはなかった。
もちろん演説を聞いている生徒たちは何が面白いのかという顔をしている。それはおそらく、俺と同じ何が面白いのだろう……という顔なのだろう。
つまらない様式美だ……。皆同じことを思っているだろう。
しかし一人を除いて……。
「大丈夫。私、は魔王……私は、選ばれる……。私は、強い。私は……えっと、あっと……うぅ、はぁ……あぅ」
その心に響くことのない演説を目の前に、舞麻は極度の緊張で固まり、ブツブツと独り言を話していた。本当にこいつ魔王だったのか? と思うほどである。
あの後、何を思ったのか彼方と二人で演説の内容を考えていた。
原稿用紙をたくさん作っては添削し、時にはぐしゃぐしゃにしたりして、それでも諦めずに鉛筆を走らせていたのを影からずっと見ていた。
手伝ってあげればよかったのだろうか? しかしこれは俺が手伝ったとしても無意味だとわかっていたわけだし、無力だとわかっていた俺は見守るしかできなかった。
そして原稿も完成したのはつい昨日くらいだ。本当に大丈夫なのだろうか?
ちなみに、俺はなぜか舞台袖に来ていた。
「紡……さん! ……す、すすすす少しだけでいいので、わわわ、わわ私といてもらえませせんか……!」
吃音混じりで俺に頼んだ魔王は顔を真っ赤にして頼み込んでいた。前髪から覗き込まれる青紫色の瞳が涙目だった。
その必死な姿に俺はついつい……。
「お、おう」
と返事をしてしまったのだった。
だれでもない、魔王様のお願いだ。なぜ俺なのだろう。謎だった。
だが、俺が側にいたとしても、何をしたとしても、この状態じゃきっと推薦枠からの当選は絶望的だな。と確信した。
推薦枠と言えどもやはり演説が上手く行かなければそれはただのお飾り生徒会長でしかない。少しでも強い風が吹けばサラサラと削れてしまう小さく脆い、砂上の楼閣だ。
ため息をつき、前髪をいじった。目にも被らない俺の髪をちりちりと捻った。
「一つ、聞いてもいいか?」
「私は……ダメなの、かな。いや私は……!」
ダメだー。これどんどん泥濘にはまっているなぁ。どこかに魔物が潜んでいると思っていたが、まさかここにいたとは……。
「比良坂さん!」
思わず比良坂舞麻の肩を掴み、半端強引にこちらを向けた後、頭に軽く空手チョップを繰り出した。
「あう!」
「少しは落ち着こう」
ハッと正気に戻った彼女はすぐにあたふたした後、両手で顔を隠すように空手チョップによって乱れた髪をととのえたあと、すぐに頭を下げた。
「すいませんすいません。私がこんなにも【無能魔王】で」
「あぁ、そう言われていたのね……」
すぐに理解した。部下には虐げられていたのだろう。
そんな魔王だからなのか、俺はふと思ったことを聴きたくなった。だれでもない、魔王である彼女。比良坂舞麻にだ。
「聴きたいことがあるんだけど……」
「あ、は……い。私で、答えれ……ることなら」
なら遠慮なく。
「なんで比良坂さんは生徒会選挙に出ようと思ったんだ?」
核心に触れるようなことだった。答えないかもしれない。しかし知りたかったのだ。
推薦枠の権利には立候補とは違い、【辞退届】を提出をする権利がある。だから権利を使って生徒会長の推薦枠を辞退すればよかったじゃないか。と俺は問いかけた。
しかし彼女はそれに対して口をぎゅっと引き締めた後に、青紫色の瞳は俺を見据えると舞麻は恐る恐る、しかし信念をもちながら答えた。
「だ、だって……選ばれた、なら……全うするのが、王……としての、役目です……から」
目を見開いた。
頂点に君臨するのが王ではなく、選ばれたものが王となる。
魔王として君臨したこの目の前にいる少女は、悪の王としてではなく、魔物を統治しようとした善き魔物の王だった。
「比良坂さんはすげぇな。すごい大物になりそうだよ」
だからこそ、悩み抜き辞退をせず生徒会長となろうとする。相手が昔滅ぼそうとした人類だとしても、自分を打ち倒そうとした人類だとしても、全身全霊で答えようとする。
これが王なのか。と実感した。
そして比良坂舞麻が呼ばれる。
「頑張れ。比良坂さんならきっとできる」
この魔王ならきっと俺に面白いものを見せてくれるに違いない。と心に秘めながら、彼女を送ろうとする。
「ひっひっふー……ひっひっふー」
「ラマーズ法は違う深呼吸だけどな……」
「あぅ……」
緊張で今にも酸欠で倒れそうな様子だ。その姿に笑った。
「頑張れ比良坂さん」
「あ、あの」
くるりと体を俺に向けた。スカートが綺麗に傘になってまた彼女の体に巻きついた。
「ん?」
その顔は前髪で見えなくてもわかる。火が出るくらいに真っ赤だった。
「【比良坂さん】。では……なくて、【舞麻】と……呼んでくれませんか?」
「っ……」
急なお願いに思わず息を詰まらせた。
上目遣いでこちらを覗いてくる彼女の顔に俺の顔も恥ずかしさが感染り真っ赤になった。
「わかった。わかったよ。頑張れ、舞麻」
「……はいっ!」
そして、魔王は全校生徒の前へと歩いて行った。