魔王、生徒会長やるってよ。
それから大体一月ほど経過した。
え? 時間の流れが速すぎるのではないかと?
仕方ないじゃないか。実際なにも起きなかったのだから。
そう、勇者である妹も、魔王である比良坂舞麻も、その二人の正体を知っている俺も何事もなく日常を過ごしていたからだ。だが、不干渉というわけではない。毎日のように、教室の扉をバーン! と大きな音を立てて嵐のようにやってくる妹に俺と比良坂舞麻は迎え入れ三人で昼食をとったあと、妹が帰る。全ての授業が終わると、俺と比良坂舞麻は彼方の部活が終わるまで教室で勉強したり、本を読んだりするだけだ。比良坂舞麻の帰り道も一緒の電車で、途中で彼女が降りて行くのを見送る程度だった。
……いやいや、やっぱおかしくね? まってなんか感覚が麻痺していたけど、これなんで勇者と魔王が一緒に登校して、一緒にご飯食べて、一緒に下校してるんだ?
「うぐぐぐぐぐぐ……!」
と、夜中に家で頭を抱えて悩んでいると風呂上がりの彼方が頭にタオルを乗せて僕の肩を叩いてきた。口に入れていたアイスクリームを口から出すとニヤリと笑った。
「兄ぃ、魔王ちゃんのことかわいいって思ってるでしょ」
何を突然いうのだね。我が妹よ。キラキラとこちらを試すような目を向けてきても何も言わないぞ?
ただ、あの姿は綺麗だと思った。なんというか俺みたいな人間が持ち合わせていない、何かしらの魅力を持っている感じがした。
それを思い出すだけで頬が赤くなるのがわかる。でもきっとこれは勘違いなのだと言い聞かせた。
「別に。魔王の割にはおとなしいやつだなって思ってるだけだ」
お前と違ってな。と付け足すが特に反論もせず「そーでしょー!」と乗ってくる。妹は妹で期待を裏切ることをしなかった。
まぁ、その後の魔王【比良坂舞麻】の話をしようか。
実はクラスメイト達の間では比良坂舞麻の二つ名が横行していた。
席が変わって窓際でぼんやりと窓から見える外を眺めているのがあまりにも美しすぎるから、【窓際の美女】(なお、僕の席は隣である。どうしてこうなった)とか、高校に突如現れた才色兼備、何十年に一人の美人だとかで【高校の妲己】とか、初めて会った時の印象が魔王の雰囲気で、まるで黄泉のような笑顔だったから【比良坂の魔王】とか……ちょっと古すぎませんかね? あと最後の二つ名が地味に核心ついてるところが面白かった。でもそれらは全て彼女の評価であって、悪い二つ名ではない。多分クラスメイトなりのニックネームを考えていたのだろう。
「比良坂さん比良坂さん。こんな通り名とか二つ名蔓延っているけど、いいのか?」
「別に……気にして、ない。それくらい、の名前なら……異世界の、部下達にたくさん……つけられた」
「あ、そうなんですね」
比良坂舞麻はその二つ名を耳にしていても、嫌な顔をすることもなく、特に反応するわけでもなく好きなように放置していた。
対する俺や妹も彼女が損する事がないから気にせずにいたが、魔王の部下につけられた二つ名ってなんなんだろうって内心気になってしまったのは内緒である。
◇
そして、四月になる。
「生徒会選挙かぁ」
そうかもうその時期になったのか。と頬杖をしながら教師から配られた生徒会選挙についての書類を見ていた。生徒会役員を立候補したい人は生徒会の担当講師に来るように。との内容だった。
生徒会になると大学に行く際の肩書きとかその他諸々が有利にはなるらしいが、残念なことに俺は公の舞台に出ることは好きじゃない。どちらかというと民草でいた方が気が楽なのだという心情があった。
「比良坂さんは、参加しないの?」
元魔王であって、統治していたならそのカリスマでこの学校をよくできるんじゃないかとふと思った。
それにここに来た時の自己紹介で「私が卒業するまでここは私の支配下だ!」と言ってたわけだし、それなら是非やってもらいたいところだが……。
そう隣に座る元魔王様に徐に聴くと、前髪で顔を半分隠している彼女は恥ずかしそうに答えた。
「私……は魔王だから、暗躍したい」
「いや意味わかんないんすけど」
あぅ、えっと……。とポンコツ感が滲んで来た彼女はジェスチャーで伝えようと試みる。
私という感じに人差し指で自分を指すと、指を頭につけてツノの表現をしてる。そのあと、「あ」と思い出したかのように、発して頬を人差し指でぐいっと口角を歪ませた。そのあと、顔と両手を残像を残すくらいに振るった。
残念だ比良坂魔王。非言語コミュニケーションは言葉の伝達率を八割占めるが、それは言語コミュニケーションと併用した時の場合だ。ただの非言語コミュニケーションだとそれはただのポンコツにしか見えない。
「表に出て統治、するのは……あんまり、やるなら……副会長、か……風紀委員」
「あー、たしかに比良坂さん表に立ってやると魔王モード出ちゃうからなぁ」
今のでだいたい理解した。
あの厨二くさい言動は全校生徒に対して刺激が強いというか、場を凍結させるものに近い。
なら生徒会長になって統治するのは難しい。なら副会長になって、生徒会長を指示を出して統治した方がいいと……。生徒会長は傀儡と化してるな。まさに狡猾な魔王らしい考えだと思った。おそらくその発言は比良坂舞麻には傷つける言葉かもしれないからやめておこう。
まぁ、俺には全く関係はない話だし……と思いながらその書類の裏面を見た。白紙だ。あとで計算用紙ということで使おうなどと時間が流れて行くのを待っていた。
……の、はずだった。
「兄ぃ!」
二限目の放課中に妹が、比良坂舞麻が先生に呼び出されていなくなった時にやってきた。
いい加減その引き戸を壊す勢いであげるのやめないかなぁ。その引き戸の側にいる人毎回のごとくビビってるんだけど……。
妹の手には一枚のコピー用紙があり、彼女は焦っている顔をしている。何があった。妹が焦ってるところを見たのあまりないぞ。
「なんだよ。突然。昼休憩じゃないぞ? 早弁なんてしないからな」
「違うんだよ! お腹は減ってるけど違うんだよ! これ! これ見て!」
そう言って俺の机に叩きつけたもの。それは生徒会役員の立候補リストだった。あぁ、比良坂が副会長に立候補したっていう話かな。と思って特に驚く気はなかった。
「兄ぃ! 生徒会選挙の生徒会長に魔王ちゃんが推薦されてるよ!」
「……はぁ!?」
その用紙は生徒会選挙の立候補と推薦リストだ。そこに推薦枠という表記で枠が一つあった。どこからもってきた。四隅が画鋲か何かが刺さってたような穴があるぞ。
その用紙の右、たった一枠。たった一つの枠に、大きく太い文字で【比良坂舞麻】と書かれていた。
「え、なぜだ? 比良坂は副会長にって」
先生に呼び出されたのは立候補したからじゃないのか!?
簡単に言うと……推薦枠というのは有り得ないことだった。
そもそも推薦枠というのは滅多に上がらない枠であり、逆に言えばそれが上がる事自体が異例である。
立候補は自分から名乗り上げてなる物であり、推薦は他者が口を揃えて人を推す物である。
つまり、支持率からすれば推薦枠の比良坂舞麻は事実上の生徒会長となっていたのだった。