魔王、ラーメンを食べに行く
めちゃくちゃ久しぶりに投稿します。
「おーい、ゼクス」
声をかけると桜の樹の上にいたゼクスは反応した。
痩せこけていた彼の碧眼の瞳はハイライトがなくどこか哀愁漂っていた。
「腹減ってるか?」
「……あぁ」
やっぱりか……。
木の枝を食うくらいに腹が減ってる姿に同情する。
しかも近くに魔王がいても警戒もできないほどに衰弱しているのは危険だろう。しかも今この季節、この時間帯は三十五度以上だ。熱中症にもなりかねない。
「うちの妹が迷惑かけたようだから謝罪を込めてご飯を奢るんだけど来ないか?」
「ご飯……」
飢餓状態の犬の耳がピクンと跳ねたような雰囲気が見えた。
お? 食いついたか? と思った瞬間にハッと正気に戻ったゼクスは警戒をする。
「……へ、庶民の施しは受けない」
「……」
何という業突く張りだ。
ジト目で彼方を睨むとギクっとした表情をして口笛を吹く。
「だからうちの妹が悪いことをしたからって言っただろ。それはそれ、これはこれと弁えなよ」
「……魔王の手先に……!」
……めんどくさいやつだなぁ。
終いには魔王の手先と言われる始末だし。
「あのさぁ、今この世界には魔王も、勇者はいねぇんだよ。彼方は俺の妹だし、舞麻は俺のクラスメイト。おわかり?」
「だ、だが、俺は異世界の……」
「それが面倒くさいっていってんだよ。俺は今お前が腹減ってんなら奢ってやるっていってんだよ。ったく俺の機嫌が悪くならないうちにさっさと理解しろっての」
ちょんちょんと俺の肩を叩いてくる舞麻。
「わ、私は魔王として、敵対者に施しを与えようなど……」
「お前それいうのかよ!」
いきなり反旗を翻した舞麻に思わず大声をあげた。
でもたしかに一度は舞麻を襲った人物だし、仕方ないけどさ……。
「でも俺こいつに槍でぶっ刺されてるぞ!?」
「兄ぃ、そんなやつ置いてさ、ラーメン食べに行こうよ!」
ここでお前もそれをいうのかよ……。
「まぁ、お兄様ここは私に任せなさいって!」
「……」
「え、なにその信じられないという顔」
そのまんまの意味だろ。それ。
彼方はとりあえず私に任せて、と言う。
「あー、せっかく私の兄ぃが奢ってくれて、たらふく食わせてくれるなんてもう本当さいこー!」
「おい」
「そんな慈悲深い兄ぃの施しを受けないなんてまるで私の顔に泥を塗っているようなものだわ! そんなやつ……」
バキバキっと指の関節を鳴らした。
雰囲気がほんわかしていた彼方の周りが針のように刺さる感覚になる。
「ぶっ殺してあげようかしら?」
「言葉汚い」
即答で突っ込ませていただこう。
「……ぬっころしてあげようかしら?」
「ぶっころをぬっころと言い換えても言葉汚いのかわってねぇからな?」
しばらく考えたあと、両手を鳴らした。
「……コロコロしてあげよう!」
「はい、採用」
イェーイ! と妹が喜びの舞を踊る。
さて、どうしたものかとゼクスを見やると……。
「あ、ぐっ……」
「……」
行かなきゃいけないというプレッシャーに押しつぶされていた。
行かないように決めていたのに、行かねば勇者の顔に泥を塗りたくり、勇者に干される……。
なんていうか日本の縮図みたいなものを見たような気がした。
◇
「ほんと、さーせんっした」
「……」
頭を下げてくるゼクスに俺は辟易する。
もうこれ何回目の謝罪だよ。
木から降りてきて頭下げて、電車に乗るときも金がないから俺に支払ってもらって頭下げて、改札口の通り方知らなくて教えたら頭下げて。
「兄ぃ、頭下げられまくりだね。後輩を持った気持ちはどう?」
「……うるせぇよ」
お前みたいな後輩の方がムカつく。と思ったが、ゼクスもゼクスで居心地が悪いのは確かだ。
「というか本当に金銭なかったんだな」
「はい、まず場所もなく住む場所もなかったっす……」
住む場所もなかったってことは、野宿かよ……。
彼方が俺の横に立つとゼクスに問いかける。
「今までどこにいたの?」
「学校の敷地内にある、部室棟とかで寝泊まりしてたっす。幸い、水は通っていたので雨風凌げる場所があれば何でもよかったっすけど、食い物がないためどうしようか悩んでいたっす」
「まぁ、部室棟なら住むだけなら大丈夫だしな……」
ただし、一文無しじゃ、食べ物を買うことができないのは定かだ。
たしか鳥を捕まえようとしても鳥獣保護法とかに引っかかるし、海で魚を捕まえようならば漁業権制度とかなんとかで捕まるし。この国は何でもかんでも法律法律と制限ばかりだと改めて実感した。
「……」
後ろで不機嫌そうな顔をする舞麻が俺たちを見ていたが、触らぬ神ならぬ、触らぬ魔王に祟りなし。無視をすることにする。
まぁ、だいたい不機嫌な理由というのはゼクスを助けていることだろうし、ゼクスと行動を別にすれば不機嫌は解消されるだろう。
「しかし、本当ありがとうっす。この恩はちゃんと返しますんで」
「いいって、無礼講だよ」
「そうだよ。ゼクスん。今日ぶいこーにしないとソフトボールで全力で倒せないじゃん!」
「そうっすね」
……いやそこでそうっすねはどうなの? というかぶいこーってなに? 無礼講だろ?
商店街に差し掛かりすぐ入り口に男たちが並んでいる店があった。
「ここだ」
「うへぇ。並ぶの?」
「美味しいラーメン食いたいんだろ? 少しは我慢しろよ」
そのお店は桜花らぁめんと書かれていて、店の前には赤い暖簾が油やらなにやらで汚れていた。
入り口には『ご自由にお飲みください』と書かれている張り紙と、青いボディーのタンクが置かれていた。
暑い中並んで待っている人たちへの気配りだろう。
「そういえば、桜花ラーメンって私聞いたことあるよ。なんか魔法の言葉があるんだってね」
「魔法の言葉……?」
「魔法の……言葉?」
ウキウキしながら彼方が言ったことにゼクスが反応し、舞麻は目を光らせる。
「魔法の言葉っていうか……ただ単にラーメンのオプションの設定を事細かくいうだけだぞ? ネギ多めとか、背脂多めとか、もやし多めとか、そんなトッピングをつらつらと言ったら魔法っぽく聞こえるだけっていう話だよ」
「ほー……」
「さすがっす、アニキ」
アニキってなんだよ……。
彼方はなるほどなという顔をして、ゼクスは感動していた。
「ほら順番が来た。行くぞ」
「うん!」
店内に入ると、そこは輪っかみたいなカウンターが一つだけ並んでおり、そのカウンターから中は全部厨房になっていた。
「らっしゃーせー!」
「しゃーせー!」
と男性が大声で言うと、残りの従業員が復唱する。
「奥の席へどうぞー!」
「どうぞー!」
そこにあったのはラーメン屋特有の熱気。そして熱気。あと熱気だった。
以前大盛り上がりだった食堂とは違う、本場の熱気がそこにあり、彼方が珍しく気圧されていた。
「すっごいね! 兄ぃ」
「……これがいつものやつさ……」
「圧巻っすね」
「……」
あれ、舞麻さん黙ってる? と覗き込むと視線が泳ぎまくっていて、さらにブルブルと震えていた。
「……もしかして視線?」
「……っ!」
こくこくと赤べこのように震える舞麻に俺は溜息を思わず漏らしてしまった。




