勇者、飢え死にしかけている見習いを見つける
朝五時だというのに、蝉は時間など関係ないで! 今日も今日とて求婚の大合唱や! わっはっは! と言わんばかりに泣き喚いていた。うるさいこと変わりない。セミファイナルでもしとけ。セミだけに。
蝉だから別にと思われるかもしれないが、もし蝉が人間であるならば四六時中奴らは盛りに盛ってナンパをしているということになる。
……まぁどうでもいいか。
「……ふぅー」
蝉の声を意識から消すように深呼吸する。ジワジワと聞こえていたその声は次第に消え去っていく。感じるのは太陽の光と、風のさざめき。
閉じていた目を開き目標へと向けた。
息を吐きながら体を曲げる。体に籠る熱を口から漏らしながら、ゴムのように柔らかくしなやかに徐々に曲げた。
限界まで曲がった体からさらに腕を後ろに引くと、体から弾ける力が溜まった。そして銃の引き金のように枷を外された筋肉は運動のエネルギーを蓄積し、背筋から肩を通じ、ボールへと収束していくイメージをしながら腕を振る。
「……ッ!」
そして到達する最高速度に後押しするように、ボールに引っかかっていた指は弾くように押した。腕の遠心力に体が前に突き動かされ、遠心力に血液は指先に集まり毛細血管は膨張した。
今までで一番出来のいい動きだった。
体に込められた力がボールに送り込まれ体に残された力はなく、倒れようとしている。
自然と体を支えるように右足で踏ん張った。
行く先を見るために。
まっすぐ飛んで行ったボールは風を切り裂く音を鳴らしながら空気を貫いていく。
その行く先には妹のグローブが。
スパン。と心地良く爽快感のあるミット音を耳にした瞬間。いよっし、と心の中で呟いた。
「おー、なかなかいい感じに仕上がってきたんじゃない?」
彼方はボールを右手に移し、そしてまたグローブで取る行為をしながら評価をした。
「割といいイメージが湧いた……と思う」
結構しっくりくる感覚で無理やり体を動かした。という感覚もなかった。
「思うだけ? 兄ぃ、もっとイメージを体に刷り込まないとそのベストな状態が維持できないよ?」
「わかってるって。でも一週間でここまでできるようになったんだからそれでも御の字じゃないのか?」
彼方は不満そうな表情を作り、ボールを俺に返す。
アキラさんと仲直り? をしてから一週間、俺は彼方にキャッチャーにしてピッチングの練習をしていた。
彼方には申し訳ないと思っているために、練習が終わった時にアイスなりジュースなり奢っている。財布の中身が涼しくなった気がした、多分気のせいだ。
ちなみに学校では、クラスメイトが大会に備えて練習を始めている。
メンバーとなったクラスメイトは軽く走ったあと、二人一組になってキャッチボールをし、そしてゴロやフライを捕ったり、ファーストに投げるという練習をする程度だったが……。
「まぁ、兄ぃ以外は野球とソフトボール経験者だからあれくらいの練習で十分だよね!」
「……悪かったな」
彼方にそう言われてしまうとどうしようもない。
俺だけソフトボールや、野球経験者じゃないし、場違いにも程があるし。
本当、なんで俺をメンバー入りにしたのか舞麻を問い詰めたいものだ。
「だからこうやってスキルを得ようと頑張ってるんだろ?」
とりあえず、自分も強くなろうという気持ちを彼方に見せた。
「そうだねー? いやぁー、でも兄ぃと真っ向勝負できるなんて楽しみだなぁ」
腕がぴょんっとなるー! と言いながら腕をふるう。ぴょんってなんだよ。跳ねるのか?
……でも真っ向勝負は怖いなぁ。デッドボールは来ないと思うけど、当たったら死にそうじゃん……。
俺は冷や汗を流しながら彼方の発言に嫌そうな顔をする。
「……痛っ……」
唐突に痛み出した右手。
確認すると指先が紫色に変色しており、ジワジワと侵食していくような痛みがあった。
「……さっきのピッチングかな……」
スキルの習得については彼方曰く、練習鍛錬していると自然とスキルが身についているらしい。
練習は一週間になり、それが身につき始めている……と思っている。
しかしスキルとは彼方達の発言を聞いていると魔法の一種であり、精霊や妖精などを介さずに自身を回路にして使うものだ。
一般人が習得してもなにも起きない。なんていう希望的観測はなかった。
大いなる力には代償を伴う。
アメコミのヒーロー映画によくある話じゃないか。
「どうしたの?」
彼方は心配そうな顔をして近寄ってきたため、反射的に右手を隠した。
「別に、腹減ったなぁって」
「そうだねー。まだ朝五時だし、今日はもう家に帰ろうっか」
彼方は服の上から自分のお腹をさすった。
「そうだな」
「ところで兄ぃ。魔王ちゃんとの賭け事についてなんだけどー」
ニヤリと悪戯っぽく笑った彼方が俺を見る。
「なんだよ。俺に話して何かいいことでもあるのか?」
「そりゃあるよー。兄ぃにとって、とってもとっっても大事なことだよ?」
「ふーん。とりあえず聞いてやる」
あんまり聞く気もないけど。
「魔王ちゃんを言いなりにしようかなぁ……って」
「……は?」
今なんて?
だーかーらー。と彼方は言う。
「魔王ちゃんを支配して、傀儡にしようかなと」
「……なぜ?」
「え、だっておっぱい揉みまくれるじゃん」
「お前の考え、本当最低だな。無抵抗の女子高生の胸揉みしだくとか今時のエロジジイでもしないぞ」
肩透かしにもほどがある。
「兄ぃもおっぱい揉めるようになれるかもよ?」
「…………」
それは、ちょっと……。いいかもな。
「兄ぃ、今邪な気持ちになったでしょ」
……そうさせた本人が何言ってんだこいつは!
◇
学校が終わり、彼方と舞麻と俺は帰ろうとしている時。部活も終わり、ソフトボールの練習も終わった俺たちは合流して帰ろうとしていた。
「魔王ちゃんとこの応援団ってなにするの?」
「あー、そういえば応援団か何かをするって言っていたな……」
たしかメンバーに入らなかった残りのクラスメイトは全員応援団になるっていう話だったよな……。
頭の片隅に覚えていた記憶を思い出した俺は舞麻を見ると、もじもじとしながら口を開く。
「な、内緒です」
「それは俺とかにも?」
こくこくと頷く舞麻。
同じクラスメイトにも言えないモノとは一体なんなのか……。
おそらく学ランを男子生徒から借りて応援団みたいな形になるのかなと想像した。
……それもそれで見てみたいな。舞麻だとはちきれそうだし……。
「兄ぃ、邪な……」
「うるせぇよ! バカ妹が!」
「なんで!?」
兄妹喧嘩をいつものようにしていると、舞麻がふと、足を止めた。
「ん? どうした? 舞麻」
「……えっと……」
「魔王ちゃん何か見つけたの?」
舞麻は困ったような複雑な表情をしている。
立ち止まった舞麻の元まで彼方と俺は戻るとその視線の先を見た。
「……」
俺は目の前の光景を見て固まり……
「ゼクスん、あれ何やってんだろ?」
と彼方が遠くを見るように目を細めていた。
説明をすると、勇者見習いであるゼクスが校内にある桜の木の上に座り、上を仰ぎながら木の枝を食んでいる。
その頬は痩せこけており、まるで飢饉にあったかのような格好だ。幽鬼……という言葉がしっかり来るかもしれない。
よく見ると服とかも初めて会った時と打って変わってクタクタになっている気がする。
そういやゼクスのやつ一週間ぐらい俺たちに顔を見せなかったなぁ。と今更のように思い出した。
「なぁなぁ、彼方。ゼクスの一週間、何があったか知ってるか?」
「え、しらにゃい」
耳打ちをするように彼方に問いかけると即答した。
クラスメイトだろ、おまえ。
「いやー、だってゼクスん、ヤンキーっぽくてみんなから仲間はずれにされていて、昼放課まで教室から一歩も動かないとおもったら、突然いなくなってそこからずっといないし、しまいには一日中顔を見せない時もあるし……」
「……ヤンキー設定にしたの、おまえだよな?」
「そうだけど?」
きょとんとした顔で彼方が返してくる。
思わずため息を漏らす。
全てお前のせいで教室に居にくいんじゃないか。
「ヤンキー設定が一番風評被害って思わなかったの?」
「え、だってあのパッキン」
「パッキンっていうな」
「あの金髪の髪が羨ましいって思わない? 獣っぽい感じだけどそれと同時に綺麗だなっていう」
……まぁ最初見たときは綺麗だなーとかは思ったけど……。
なんというか虎? っぽい感じ。
「それがなんの関係が?」
「その腹いせもとい、魔王ちゃんに手を出したのでゼクスんの評価に素行に難ありというレッテルを貼っておいたのだよ」
「……」
つまりお前が悪いってことだよな?
「というかお前知っててほっといたんだろ?」
「……」
今の発言からすると、事情を知っていて放っているってことだろう。
知らないと言いながら、ヤンキー設定にして仲間はずれにしたと言っていたし、挙げ句の果てには素行に難ありというレッテルを貼り付けた。
「何か弁明は?」
「……」
目が泳いでいる。
きっと何かいいわけでも考えているのだろうか。何か言おうとして口を開くがすぐに口は閉じられ、何も言えない状況が刻々と流れていく。
「ジャッジ」
だから俺は一言呟き、握り拳をつくる。
固く固く握り締めた拳を構えた時には彼方は逃げ出そうとしていた。
しかしそこで逃すようなら兄ではない。
がしっとサマーセーターの首根っこを掴み逃げれないようにする。
「有罪!」
「ぎにゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ゴィン! という情けない打撃音が聞こえたと同時に彼方の叫び声が校内に響いた。




