勇者、魔王への意気込みを語る
「兄ぃなんか疲れてるね。どうしたの?」
帰り道、いつも通り俺は彼方と一緒に帰っていると彼方に俺を心配する声をかけてきた。
きっと彼方からは俺がやつれているように見えたのだろう。いや、本当はやつれているんだけど。
「いや、なんか今日のホームルームでさ、球技大会のメンバー決めがあってな。そのメンバーになぜか俺が入っていたっていう」
そう、その日のホームルームでメンバー決めがあった。
そして簡潔に述べさせていただくと、そのメンバーの中に俺がいたのだ。
「へぇー? 兄ぃ立候補したの?」
「してねぇし、しねぇよ。お前わかってるだろ?」
「そうだね兄ぃ、こういうの面倒だー。とかつまらんー。とかいって参加しないタイプだよね。中二病なの?」
「ちっげぇよ」
こいつと話すといつも調子狂うなぁ。
「もちろん反対したし、辞退しようとしたが、あの空気は舞麻の独壇場だった」
「あー、魔王ちゃんが一枚噛んでいたのかー……」
彼方は納得した顔をした。
「そういうことだ。……はぁー、なんでこうなっちゃうのかなぁ」
「魔王ちゃんは人心掌握なんて息をするようなものだからね。恐ろしいね」
あのなぁ。というが、彼方はどこ吹く風という顔をしている。
彼方的には別に問題はないようだ。
実際問題は大有りな気がするのだが、それは勇者ではない俺だからそう感じるだけなのだろう。
おもわず胸のあたりに溜まったストレスと一緒にため息を漏らした。
「ところでお前は? ソフトボールにでるの?」
「もちろん! 妥当魔王チームだよ!」
力こぶもない女性特有の細いような柔らかそうな……腕をふんっと力を入れても何も変わらない二の腕を逆の手で掴んでやる気を見せつける。
「大変意気込みがよろしいことで」
「なんだよー。やる気見せろー!」
なんか決勝まで残るチームが舞麻のクラスだと確信してるかのようだった。
その暑苦しい気持ちを俺に見せつける。
ただでさえ暑苦しい季節が相乗効果で俺に押し寄せてきた。
「うへぇ……」
「もう全力でぶちのめしちゃうからね! 完膚なきまでぶちのめすからね!」
「待て、俺のチームに舞麻出ないんだけど」
「それでもぶちのめす!」
なんで……と思ったがすぐに理解する。俺のクラスメイトは魔王がいる。魔王の得意なことは人心掌握。
つまり俺たちは魔王軍の一員なのだ。
と言うことは勇者からすれば俺たちは形がどうあれ討伐対象となるのだろう。
とんだ災難である。
「お前、ソフトボールのルールってわかってるのか?」
「投げて人に当てる試合でしょ?」
「お前なんの試合をおったてるんだよ!?」
絶対ドッジボールじゃないか!?
「じょーだん、冗談だってぇ。もー、兄ぃは頭かったいなぁー!」
あははー! と笑顔で俺の背中を叩いてくる。めちゃくちゃ痛い。
「まて、ゼクスはどうなる? あいつも一応勇者だろ。まさか……」
「もちろん出てもらうよ?」
「人を殺す気か!? 救急車フル稼働じゃねぇか!?」
ちっちっちと音を出しながら指を振る。
「にいやん。シャチは獲物を狩る時は全力なんだよ」
「お前は人間だし、シャチじゃなくてサメな!?」
「あれ? そうだっけ?」
「確認しろ! 今お前はホモ・サピエンスだろ!?」
「失礼な! 私は人間だよ!」
「だよな!? ならサメとかシャチとか言うなよ……」
「でもって勇者だよ!」
「ふざけやがって!」
あと思いっきり無双する気満々じゃないか。
マジで勝ち目が見えない。勇者二人を持つクラスなんて聞いたことがないぞ。いや前例すらないけどさぁ。
かく言うこっちもクラスには魔王がいるんだけど……。
「大丈夫だよー。外野とかじゃないからー」
「どこだよ」
「バッテリー」
「ノーヒットノーランを達成させる気か!?」
目の前にいるのは勇者だ。
しかし俺からしたら目の前にいるのはどこかのゲームにいるラスボスであり親族だ。
「……はぁ」
前途多難だ。
◇
「はい? ソフトボールの、チームを再編成……ですか?」
翌日の放課中、俺は舞麻に切り出した。
「あぁ、俺たちのクラスのチームメンバーをもう一度編成し直した方がいいと思う」
「それは……彼方の件、ですか?」
話が早くて助かる。と思った。
理由は昨日のこと……彼方のクラスは彼方とゼクスが参戦するということだ。
魔王がメンツにいない状況で俺たち一般人が勝てるか、さらに他のクラスに勝てるかも全くの謎である。
「あぁ、彼方のクラスの話は聞いているだろ?」
「え、えぇ」
流石の生徒会長の役職であればソフトボールのチームメンバー表が来る。そこで一度目を倒せば彼方のクラスだけは異常に抜けていることは分かるだろう。
「ゼクスと彼方が出てくるんだ。編成し直してやるべきだと俺は思っているんだ」
「といいましても……誰と誰を、変えたりするのですか? 現状の……メンバーは身体能力および、経験者を寄せ集めた……チームですよ?」
「まだいるだろう。こっちの世界では持ち合わせていない力を持っている奴が」
「……」
そう、出るべき人は目の前にいる。
「舞麻、お前がソフトボールに出るべきだと思うんだ」
「それは、私を……魔王として、力を行使しろ……と言っているのです、か?」
「……」
浅慮すぎた。しまった。
彼女は魔王だ。魔王として力を行使すればその場はどうなるか、生徒会選挙演説の時に痛いほど思い知っていたはずだ。
「……いや、すまない。考えが甘すぎた」
「いえ、いいんです。私も……ソフトボールに、参加したい……。あの熱がこもるような……手に汗を握るような、場所に立ちたいと……心のそこでは思います」
胸のあたりを握りしめ、零れ落ちる舞麻の本音を苦しそうに止める。
「ですが……私は魔王であり、人ではありません……彼方達は勇者であり、彼女達の力はこの世界で……有益なものです。しかし、私はちがう」
魔王としての力は俺たち人間にとって毒でしかない。使えば俺たちは大変な目にあう。
「それに、目的がずれています。私の目的は戦争をするわけじゃないのです。他学年とのクラスとの交流を目的としてこの球技大会を開いたのです」
「……わかったよ」
「ありがとう、ございます」
舞麻は俺に向けて女神のように微笑んだ。
魔王のくせに勝負に拘らないなんて……いや、勝負事を主として見ているのは俺たち人間だ。
「じゃあ、舞麻頼みごとがあるんだが……」
「……はい?」
俺は前髪で隠れている瞳をじっと見つめる。
その熱い視線、いや鋭い視線に体を仰け反る舞麻はそのまま両手を頭に乗せて縮こまった。
「な、なんでしょうか……?」
「俺に力を貸してくれないか。舞麻が勝負に拘らないのなら、俺があの彼方達に勝てるようにやってやるさ」
舞麻のためではない、ましてや俺のためでもない。そう言い聞かせる。
「兄の威厳として、妹に負ける兄はいないとここで一つ教えてやらないといけないからな」
兄として妹を負かしてやると俺の心に言い聞かせた。




