魔王、転校生として黒歴史を残す?
「はぁー、疲れた」
心に溜まりきった感情を口にすると彼方は嫌そうな顔をして俺を見ると、「兄ぃ来て早々疲れたっていうのやめよう? 聞いてるこっちも疲れちゃうんだけど」と注意喚起してきた。
誰のせいで疲れてるんだよ。俺は。と反抗心を持った。
学校の校舎は一階と二階に入口があり、一階には三年生の下駄箱が、二階には一年と二年の下駄箱がある。俺は二年で、妹は一年だから二人とも下駄箱は二階だ。
そしていまふと思った。妹は今さっきここに帰って来たばかりで教室を知らないのではないか? しかし。ふと思いついたことだ。口にしないよう気をつけよう。触らぬ神に祟りなしっていうし。そう心にしながら口を閉ざしていると、妹が思い出したかのように聞いて来た。
「ねぇねぇ一年生の教室ってどこなの?」
「……やっぱりそうなりますよね」
我が妹よ、せめて自分が通う場所とか把握してから来てくださいよ……。
俺は下駄箱の扉に頭をつける。頭にたまったフラストレーションを下駄箱に熱とともに与えた。
「お前は三階で、俺は二階。三年生は一階だ。いいか?」
「そっか! ありがとう!」
軽いノリで彼女は歩いていくとまた何を思ったのか戻って来た。
「私はどこのクラスなんだろう?」
「お前の下駄箱は一の二クラスだろう! 本当お前なんなんだよ!」
記憶喪失の妹か何かなのか! はぁぁ、頭抱えたくなる。
「そっか、ありがとう兄ぃ」
「……はぁぁー、どーいたしまして」
また何か聞かれてもすぐに返事できるように階段までついていく。数段登っていくと彼方は階段の狭いところでくるりと回った。
「そういや兄ぃ、身長伸びたね」
「そりゃ成長期だったからな」
何度もしつこいがこいつは三年間異世界に居た。だから俺の身長を知っているのは三年前、つまり中学一年の時だ。
あ、そうそう、俺と妹は一つ違いで年子だ。
「たった三年でこんなに伸びるとは男の子はすごいなぁ、どれだけ伸びたの?」
「お兄ちゃんにそんなこと言うのかよ。姉気取りか」
えへへー。と崩れた笑顔で俺の頭を撫でる。階段を登ったから俺と同じ目線だった。俺と比べてとても美形の妹にちょっとドキドキした。妹でも裸とか見たらきっと顔真っ赤にして逃げ出すだろう。当たり前だけど。
「素直じゃない兄ぃだなぁー。でもそう言うところ嫌いじゃないよ?」
「うるさい」
頭を撫でる手を軽く払いのけると後ろ向きに二、三歩登った。
「じゃあまたお昼に来るね」
「来るな。天災」
駆け上がっていく妹の後ろ姿を見つめていた。折り返しの階段で姿が見えなくなる。
あの階段の先は俺が知っているところだ。大丈夫。あいつはまだいる。足音が聞こえるのだから、大丈夫だ。
もう異世界に行ったりしない。
「……よし、さて、俺も行きますかね」
お昼にまた来ると言ってたし安心だった。
◇
教室の話と友人が何やら噂で持ちきりだった。何かあったのだろうか。少し前に交通事故で入院したやつがいたとか聞いたことはあるけど……。
となりに座っていた友人はいなかった。いや、いなかった。ではなくて、席が移動していた。隣が空席。なんだろう教室から隔離された感覚でとても寂しかった。教室の角ということもあり、その雰囲気が一層俺の皮膚に突き刺さる。
しばらくぼんやりとしているとその隣に座るべき友人がやってきた。
「おはよう紡」
「なんかあったのか? みんなざわざわしてるけど」
なんだお前知らないのか? とクラスメイトが変な顔をした。知らないから言ってるんだろ?
「転校生が来るんだとさ!」
「転校生?」
編入生だろ?
「そう! なんでも引越しで近くの高校に転校したとか、しかも成績全て満点で入って来たとか!」
「へぇ、そんな人もいるんだな」
そんな頭いいやつなら俺のような中堅高校に入らなくてもいいじゃないか。偏差値五十より上くらいで入れるところだぞ。ここ。
「まぁ、でも最寄りだからって言う理由もそれなりの理由か。近いことは確かにいいところだ」
自分に言い聞かせるように独り言を言った。
「ところでお前の妹かわいいな! 今度デートとか誘ってもいいのか?」
「別に構わないけど、あいつゴリラみたいなもんだから取扱注意な」
そしてブラコン。救いようがない。
予鈴がなり、先生が入って来ると、教卓の前で一つ咳払いをした。
「えー、みんなも知っているだろうから、手短に新しく入ってくる生徒を紹介する」
「先生! その人は女ですか!」
「……君は失礼なやつだなぁ」
ははは。と俺の隣にいた友人が笑い者になる。
「仕方ない……。野郎ども喜べ」
おおおおお! と男性陣は歓喜……間違えた狂喜に満ちた。
おいおい、こんな中に女子高生が入ってくるのかよ。先生気まずい環境じゃないの? 言ってよかったの?
入っていいぞ。と先生がいうとその転校生のお出ましだ。
まずその外見から言えるのは本当に女子高生なのだろうか? と言う点だった。女子高生という範疇に入っていない。
おばさんだからとか、幼稚すぎるという点ではない。こう、もっと美しさとか、妖艶さとか、純粋さというか、その全てにおいて振り切れているようなものだった。
女子高生というには美しすぎて、子どもというにはほど遠すぎて、その姿を見るだけで正直精神に支障をきたすようなものだった。
服装もワイシャツに黒のネクタイを妹と違いきっちりとしており、裾に白のラインが付いている黒のサマーセーター、規定の膝丈スカートをスカートベルトで止めており、黒のストッキングを履いていた。
黒板に文字を書く黒髪ストレートの姿も美しい。男性陣は呆気にとられて……いや魂を抜かれたような状態だった。振り返ると前髪から覗き込む青紫色の猫のような右目は俺たちをみた。しかし緊張からか口が波打ち、上手く話せないようだ。
「……」
「……」
一分。二分と、静寂の存在が少しずつ強くなっていき、時間が止まったかのような錯覚に襲われる。次第に静寂の音が聞こえ、耳鳴りのような音が響き始めた。
その静寂を作っている彼女は降り注ぐ視線に目が泳いでいる。右に左に、遂には先生も彼女が話し出すのを待ち始め、じっと見つめ始めていた。
「……」
震えている? 顔が真っ赤になっていくのがわかった。
プシュー! と頭から湯気が飛び出た。その光景にクラスは全員びっくりする。そして突然スイッチが入ったかのように雰囲気が変わる。右手で髪をたくし上げる。あらわになる瞳。その瞳はやはり美しかった。
そして邪悪な笑みを浮かべながら大声で話す。
「ふ、ふははは! 私は魔王! 名は比良坂舞麻だ! この私が卒業するまでは、この高校は私の支配下だ! 貴様達の体に刻みつけてやる!」
……えっと……。
「……は、はぁ」
「……よし、じゃあ舞麻くん。夢乃の隣空いてるからそこに行ってね」
おい先生スルーするなよ。
胸を張って、自信満々で歩く姿。まるで王様のような、女王のような……。
「いや、まて? いまあいつ魔王っていって」
「おい」
びくぅ! と肩を揺らした。
冷や汗がだらだらと一気にこぼれ落ちる。首が固まった糊を無理やり捻るような感覚があった。
隣にはたくし上げ、頭からツノみたいに湯気が立っている彼女だ。
「隣失礼するわよ。夢乃紡」
「……」
呼び捨てかよ。この女……。
まるで王様のような雰囲気を醸し出しながら座り、足を組むその姿。隣に座る彼女。その姿から似合わない髪から発せられているであろう甘い匂いがもう美少女と言わんばかりの証拠だ。
……目を横にー。触らぬ神に祟りなし、知らぬが仏ー。と念仏のように唱えながら前を見た。
「……はわわわわわわ……」
と隣で何か聞こえたが、周りは誰もこちらを見てくれない。クラスメイトも俺と同じ、見ない方がいいと判断したのだろう。
自己紹介に魔王発言に尊大な態度……。
言動が中二だった……。
魔王登場。やっとメインキャスト全員出た。
 




