勇者、魔王とぼったくりバーガーを食べる
バーガーの季節限定ハンバーガー、四百二十円。
実はこれ、セットではなく単品で四百二十円なのだ。どこかのマックですらこれよりボリュームが多くて半額くらいなのに……。ぼったくりにもほどがある。
妹はその季節限定ハンバーガーをセットで二つ頼み、俺はコーヒーを一つ頼んだ。
さらば野口さん達。君たちは絶対このクソ妹から取り返すから!
そして感謝も何もせずセットのポテトすら俺に一本もくれないという徹底ぶりを見せた彼方は両手を景気良く鳴らした。
「ゴチになりました!」
「ご、ご馳走様です」
そして後に習うように舞麻も俺に言う。
「はいはい、お粗末様でした」
俺はため息をつき紙くずとなった包み紙を指で弾くように彼方から渡される。自分で捨てろよな。
「あ、私が、捨てます」
「あー、いいよもう。彼方に付き合ってくれたお礼ってことで」
「なんだよー。まるで私が悪者じゃないかー!」
冷たい目で彼方を見ると、えー。という嫌そうな顔をした。
「いえ、私もちゃんとお返しを……したいので」
ニッコリと微笑む舞麻。
知ってるか? こいつ一応魔王なんだぜ? え? 知ってる?
実は魔王じゃなくて女神なんじゃね?
その笑顔、プライスレスってか。彼方は問題外だけど。
ほほー? じゃあ、体で。と冗談を仄めかそうとした瞬間。
「にいやん。なんか視線がエロい」
「……」
牽制と言わんばかりの鋭い発言に俺は固まった。
もちろんその意味については舞麻は分かっていない。頭のアホ毛が見事にクエスチョンマークを表現していた。
「そういえば、前に言っていたやつ球技大会だっけ? 何をするんだ? あっちの世界の球技なんて知らないからみんなが知ってるものじゃないと」
「それなら、もう決めてます……。男女混合で行えるものに、しています」
「ほほー? ということは私は兄ぃと真剣勝負ができるってことだよね!?」
「お前はどんな殺し合いをしたいというんだ!?」
「そりゃドッチボールじゃないの?」
「お前絶対顔面狙いに来るだろう! いや! 来るね!」
「ねぇ、にいやんは私をなんだと思っているのさ」
いきなりマジトーンに戻すのやめてくれない?
怖いんですけど。
「勇者だ」
大正解! と花火の如く笑顔で答える。
あぁ、本当この妹のテンションついていけない。
その俺らを舞麻クスクスと笑っていた。
「なんか……おかしかったか?」
「いえ、本当仲いいなー……って思いまして」
え? 仲いいの? と彼方にアイコンタクトをするとにやー。とだらしなく笑い始める。
溶けたチーズみたいに。
「いや、そんなことはないと思うんだけど」
「おいおい、兄ぃ私のこと好きかよー!」
脇腹を肘で叩くな。痛いじゃないか。
「そんなことはないけど」
「照れ隠しかよー!」
どんどん。どんどん。
「うるせぇ。どっかに行ってしまえ」
「でも、そんなことを。言い合えるのは、彼方……だけですよね?」
え、そうなの? と彼方の方を見ると、にやー。を通り越して顔を真っ赤にしてめちゃくちゃ笑顔だった。
「おいおい、私のこと【大】好きかよー!」
そこ変なアクセントつけるな。
背中をバシバシ叩いて来る妹。痛すぎる。
「いっそのこと死んでしまえ」
「酷くないっ!?」
ショックな顔をする妹。
クスクスと笑う舞麻は目尻を拭う。
「じゃあ、紡さん。私に……死んでしまえ、って言えますか?」
「いや、それとこれは別じゃない?」
だってあなた魔王でしょ? 言ったら殺されそうじゃん。それくらいのティーピーオーはわきまえているつもりですけど。
こいつは勇者だけど、一応妹なんですよ?
「そういうのを、仲いいなーと私は……思うんです」
寂しそうな雰囲気が彼女をまとった。
あぁ、そういうことなぁ。
魔王……いや彼女たちの家系は常に【勇者】に打ち倒されてきた。ということは家族は常に居らずいつも一人だということだ。
父親も、母親も、姉も、兄も、弟も、妹も全て魔王の血統になってしまう。
そして彼女、比良坂舞麻は最後の魔王であっちの世界の魔王の末裔。つまりは末っ子か、一人っ子だということだ。
「だから、羨ましいなぁって」
その羨ましいとは憧れではなく、寂しいに近いものだったのだろう。
口を閉じて横一文字にする。返事がしにくいものだった。
しかし、真顔になって彼方が舞麻に口を開いた。
「え、死んでしまえって言われたいの? 魔王ちゃんってもしかして受けなの?」
ほんっとお前空気読まないな!
「馬鹿だろ! お前。いや馬鹿を通り越して大馬鹿だな!」
「お前が馬鹿だバーカ!」
ノーモーションで拳骨を振り下ろすがまた綺麗に避けられた。くそ。もっとレベルあげよう。
「本当、仲いいですね……」
ボソリと舞麻の声が聞こえた。
◇
その後突然彼方はむむっ!? 私に助けを求める声が聞こえる。と呟くと彼方はその場からいなくなった。
その後ろ姿を見送った舞麻は俺に何があったのかという視線を送ってきた。
「あの、彼方は」
「あー、まぁ持病ってやつだ」
異世界で勇者となる前は彼方は勇者だった。言っていることがおかしいから言い直すと……、
正真正銘の勇者となる前は彼方は勇者ごっこの偽物だった。
というところか。
「何でもかんでも助けようとする病気だよ。あいつはそういうやつだから仕方ないと思っている。ほらあれだよ。アキラさんの」
「あぁ、そうでしたね」
と言ってもあいつの助けようとするものはだいたい決まっておじいさんおばあさんの階段を登るのを手伝うとか、荷物を持つとかそういう規模の小さいものだ。彼等からは分け隔てなく助けてくれるいい子というものだろう。きっと勇者というには程遠いものだと思う。
大分前に車に轢かれそうになっていた高齢者を身を呈して助けた時は両親と俺にこっ酷く叱られたのがまだ最近のように感じる。
「でも、本当の勇者となったからどこからどこまで助かるのか不安だなぁ」
もしかしたら銀行強盗。とか、カーチェイス。とかそういうのを妨害とかしていそうだなと考えれば考えるほど不安が募った。
あとでどこまで助けているのか聞いておこう。
「そうですか。じゃあ私はこれで……」
「送るよ。時間まだあるし」
「大丈夫です。これでも……魔王なので」
むん。と自慢げに胸を張る舞麻に俺はどう答えていいのかわからなかった。
大人の男よりも強い女性を前に無力を感じてしまうのを全ての男性はわかってくれるだろうか。
「じゃあ、私はこれで」
「やっぱ送って行くよ」
俺は舞麻を引き止めた。
どうしてだろう、俺にはわからなかった。
でも今ここで見送っただけで済んでしまったらきっとずっと俺はこのまま変わらないと思った。
「ほら、変質者とかさ出てきたら困るだろ? 俺を傘代わりにしてもいいからさ」
「でも彼方は……」
「まぁ、連絡しておくから」
そう言って俺はポケットに突っ込んでいたスマホを取り出してメールを送る。
「舞麻を……送ってくる……と送信。これでおっけーだろ?」
「……ごめんなさい」
「なんで?」
少し申し訳なさそうな顔をする舞麻に俺は不思議そうな顔をした。
「ご迷惑を……おかけしてるので」
「ははは、俺の妹より全然迷惑じゃないさ。それに舞麻はもっと俺に頼ってもいいんだぜ」
まぁ、頼る前に問題を解決するバカみたいなチート妹がいるんだけどな……と心の中で吐露した。