勇者、兄に姑息な手を使う
「にいやん!ただいまー!」
「うるせぇよもっと静かに入ってこいよ」
彼方は出会い頭俺に怒られる事に驚いた顔をし、右に左にと揺れながら近づいてきた。
「え、兄ぃどうしたの? 生理なの? 生理ならナプキン必要だよね? 私持ってるけどいる?」
「お前何ふざけてるんだよ」
「べっつにー? たまには心配してあげないといけないかなってー?」
「お前それとこれ違うからな!?」
「あははは、あ、魔王ちゃんただいま」
部活が終わり、勢いよく教室の扉を開いてからの口喧嘩。
その教室には俺と舞麻以外誰もいないから別に大きな音出してもいいが、いつもこんな感じで治りそうにもなかったのでそろそろ叱らないといけないなと思ったのだ……が効果はなかったようだ。
「お、おかえり……彼方」
「えへへー、魔王ちゃん優しいから兄ぃより好きー」
「ひゃっ! ……んっ!」
こら、さりげなく胸を揉むのをやめなさい。
……別になんも思ってないよ!? あ、いまエロい声が聞こえたって思ってないからな!? エロいなとか思ってねぇし!
ごほん、と一度咳払いしてからまだ舞麻の胸を揉みしだく彼方の首根っこを掴み引き剥がす。
「何するのさ! 兄ぃ!」
「ここ、高校。学びの場でセクハラはダメだろ?」
「え、女の子同士のスキンシップじゃん? 別にいいじゃん!」
「うるさい。ダメなものはダメだ」
俺と舞麻を交互に見た後、両手で口を押さえ顔を赤らめる。
「ま、まぁ! 魔王ちゃんとランデブーなんて彼方ちゃん許さないよ!」
首根っこ掴まれながら変なポーズをとり爆弾を落とす妹。全然格好悪い。
「……ぇ? な、彼方!?」
と舞麻は耳まで真っ赤にして湯気を立て。
「お前やっぱ黙れよ!」
俺は彼方の頭にめがけて拳骨を落とした。
「いったいじゃない! 兄ぃ、生理なの? やっぱりナプキン貸そうか?」
「お前がさっきから空気を読まないことばかりするから怒ってるんだろ!?」
なんでこんなに怒らなきゃいけないんだよ。
うぅーむ。とほんの少しだけ彼方が悩んだあと両手でポンと叩く。
「あれだよー。私が兄ぃと魔王ちゃんの恋のキューピッド的な?」
「だまれ」
むしろ天邪鬼だろ!
彼方のほっぺたをつねり引っ張り上げた。
「痛いじゃない!」
無視だ無視。
「なんか悪いな、この馬鹿はちゃんと叱っておくから」
「あ、いいえ! 私は別に……気にしていません」
ぽけーっとしていた舞麻は我に返るとすぐに乱れていた服を直すために背を向けた。
その背を向けたチラリと見えた耳あたりが紅潮してるのを確認できた。
◇
「兄ぃ、お腹すいたー」
「家に帰ったら母さんが飯作ってくれてるだろ? 我慢しろ」
「えー、やだー。バーガーいこー? バーガー」
電車に俺たち三人が乗っているときに突然彼方が駄々っ子になりバーガーを食べたいと所望してきた。
帰りの電車は俺たちの他に同じ学校の奴と、他の制服を着た生徒などが乗っているため、あまり騒がないようにしてほしいのだが彼方に通じるわけがなく。
そしてバーガーは俺たちが降りる駅にあるのだが……正直高校生にとっては少々高いのだ。
「お前お金は?」
「え、あるよ? 財布持ってきたもん」
「なら自分で出せよ」
「えー、兄ぃの奢ってくれたバーガーが食いたいー。いまこの季節限定のバーガーあるじゃん。あれ食べたいー」
季節限定のバーガー……といってもあれ季節に沿ってないよな。むしろ『期間限定』と言った方がいいんじゃないかなと思うんだけど……。
たしか俺の財布の中身……野口さんがたしか三人程いたような気がするけど……。
「ちなみに、お前いくら持ってる?」
「百二円」
「お前完全に奢ってもらうつもりだったろ!?」
「エー、ソンナコトナイデスヨーワタシジブンデカウツモリダッタンダケド……アレー? オッカシイナー、ゼンゼンオカネナイヤー」
お調子者め。
カバンの中からピンク色の財布を取り出し中身を見せてくる。
ちゃりちゃりと軽い音しか聞こえてきた。しかも彼方の言葉通り百二円しか入っていなかった。
「家に帰るぞ!」
「やだー!」
幼児退行した妹が制服を掴みぶら下がってくる。
「バーガー! バーガー食べたい! いいじゃん買い食いは学生の本分だよ!?」
「勉強だろ!?」
というか服! 服伸びるから離せよ!
そんな俺たちを見てニコニコと笑う舞麻に彼方は目標を変える。その目はまるで獣のように鋭かった。
まるで乞食のように縋り付く彼方に舞麻が狼狽えた。
「魔王ちゃんー。バーガーだべだいー!」
しかも泣き落としかよ。
「え、あ……その」
「やめておけ、舞麻も困っているだろう。手を離せ」
それに舞麻は異世界から来た身だからお金は全然持ってないと思う。
前髪で表情は読み取れなかったが肩にかけていたカバンの中から財布を取り出すと。
「こ、これくらいなら……だせる、よ?」
そう言って出したのは一万円札。
思わず俺は音を後にするくらいの速さで一万円札を舞麻の手から奪うと舞麻の財布にしまった。
「おま、何してるの?」
「え、彼方に……渡せるお金を」
さらりと渡すかよ。普通。
というか一万円? なんで持ってるの? 学生でしょ? あなた。
「それは桁が違いすぎだ! あと三桁くらい落とせよ!」
「兄ぃ、三桁落としたら十円になっちゃうよ?」
「お前はその程度しかもらえねぇよ! 馬鹿か!」
「馬鹿いうなばーか!」
こいっつ!
思わず拳を握り拳骨を落とそうとするが勇者の力を使ったのか見事なスウェーで避けた。
「舞麻、いいか? こいつはいま目先の欲で動いている馬鹿だ。そんな馬鹿には灸を据えないといけない。わかるな?」
「え、えぇ」
「なら今はそんな簡単にお金を出すものじゃない! 一応今は女子高生だとしても魔王だ。勇者を甘やかしてどうする!」
「……はっ!?」
……こいつ絶対魔王としての存在を忘れていただろ!?
しかも独り言でそうだった、私は魔王だった。とか言ってるし!
そして今度は彼方の方を向く。
「彼方。お前は舞麻と仲良くしたいんだろ!」
「むむ! 当たり前じゃないかにいやん!」
「なら簡単にお金を借りようとするなよ! 金の切れ目は縁の切れ目といってだな。お金を貸した、借りたの関係になると、金銭がなくなった時点で縁が切れてしまうんだぞ!?」
「……はっ!?」
稲妻が走ったかのようなエフェクトが見えた気がした。
「嫌だろ?」
「いやだ!」
「なら舞麻からお金は借りるなよ! これからも仲良くしたいのならな!」
「うん!」
いやー、わかってくれてよかったよ。お兄ちゃん。
そんな安堵の表情をした時に彼方は口を開く。
「じゃあ、兄ぃの財布からバーガー買ってもらうね!」
「……は?」
なんでそうなるの?
金の切れ目は縁の切れ目でしょ!? という顔をするとドヤ顔をする我が妹。
「友人とのお金の貸し借りは縁が切れるけど、兄妹の血族の縁は切れないでしょ!?」
「……姑息な手を!」
「えへへー、じゃあよろしくね? お兄ちゃん」
一本取られたと思った。
つまり、あれだ。舞麻とは友人であり、縁は切れるかもしれないが、俺の場合強大であり、家族であり、血族だ。
どんだけ切りつけても切れない関係、縁だ。
「……あとで返せよ」
「やったー! 兄ぃありがとう! もちろん魔王ちゃんの分もあるよね?」
「え、私は……」
「あーもー、わかった! この際なんでもいいや。なんか奢ってやるから!」
きゃー! と黄色い歓声をあげたのは彼方。電車の中だから目立つし煩い。
ほんっとこの妹嫌いだ。




