勇者、兄と同じ学校に行く。
朝食を食べ流し台に皿を片付けた後、さっき食べていた席へと戻る。
とりあえず頭の整理をしよう。
心は一休さんだ。唾を眉につけるんだっけ。汚いからしないけど。
えっと、まず最初に妹が帰ってきた件についてだな。
三年前に居なくなって俺たちは悲しんで居た、ずっと心残りだった……。今でも俺の中にあるのは妹がいなかった時間だ。ずっと妹の安否を案じていた俺の気持ちが心にあるわけだし……絶対に妹はいなくなっている、間違いない。多分。
で、次に母さんの様子がおかしい件について。
妹が亡くなってからずっと泣いていて、ずっと探していて、ずっと妹がいなくなった年齢の子どもを見ては彼方とつぶやいているくらいに重症だったはず。心労だと診断されるのがざらであり、何度も入退院を繰り返していたはずた。
だが今の母さんはどうだ? まるで妹がずっといた時の表情ではないか。多分。
この二つは相違があった。
なぜなら俺は妹がいない記憶を持っていて、母さんには妹がいない記憶が妹がいた記憶に変わっているからだ。
つまり何かと言うと……。
「全くわからん」
超常現象的な何かが起きた。タイムマシンか、ワープかとしか言いようがなかった。一休さんにはならなかったわけだ。当たり前だけど。眉に唾つけなかったのが悪かったのだろうか。ええい! そんなことどうでもいい!
頭を抱えて今目の前にある問題を考え直すが、光明が差すわけでもなく、ただ時間だけが過ぎていくだけだった。
「紡何してるの。頭なんか抱え込んでいて」
「うー。この際コペルニクス的転回が起きてこの状況を納得できるような回答がないから頭を抱えているのですよ、母上様」
何言ってるのかしらこのバカ息子は。と聞こえてるぞ、母上。あとコペルニクス的転回を知らない奴は高校生失格な。幼稚園から出直せ……悪口だ気にするな。
「もう何でもいいから、時間よ? 彼方と学校に行きなさい」
え、なんて?
「なんて変な顔してるの? 彼方とあなた一緒の学校じゃない。早く行きなさい遅刻するわよ」
いや、初耳なんですけど……!?
驚愕の事実に固まっていると、彼方はリビングから知らない間に消えている。
また神隠しかと思っていたら、廊下に続く扉が開いた。
「兄ぃ。早く行こう!」
「おまえ……その格好」
白のワイシャツに結び方を知らなかったのか適当に結ばれた黒のネクタイ。臙脂色のサマーセーターに、黒のミニスカート、黒のハイソックス。そしてひと昔前に流行ったデザインのショルダーバッグ。
所々改造されてるようだが、ほとんどが規定内の服装だ。その姿を下から頭のてっぺんまで全部見る。
「なんか兄ぃの視線がエロい」
「え、いや、ごめん」
その服装は、いやその制服は、間違いなく俺の高校の制服だった。
◇
俺たち兄妹が行く高校は電車一本乗るだけなのだが実はローカル線であり、更に通る電車は二両編成で、かつ三十分に一本という辺境の地にでも行くのか? と言わんばかりのやつだ。
その中で俺は吊り輪にぶら下がっていた。彼方が俺と同じ学校ってなんていう神のいたずらか。ふと妹をみた。彼方は届かなくて思いっきり背伸びして吊り輪にぶら下がろうとしていたが、悲しきかなぐぬぬぬ……と口をへの字にしていた。
「俺に掴まったら?」
「兄ぃは妹に掴まられてもドキドキしない?」
何言ってんだこいつ。思わず「はぁ?」という顔をした。
しばらくして電車すれ違いのために留まっているときに彼方は口を開いた。
「三年前に神隠しにあってから昨日まで異世界で私は勇者をしていたの」
車掌のアナウンスが聞こえた。
……うん。なるほどなるほど? すれ違いなのね。
「我が妹よ、寝言は寝て言えというのを知らない?」
「兄ぃ寝言は寝たら意識していえないよ。寝て出るのはいびきだよ?」
「その屁理屈ほんと変わらないよな。お前」
勇者をしており、その三年間で剣術と、魔法と勉学をした? そして最近魔王を倒したため、転移魔法を習得しこっちに帰ってきたらしい?
そんなバナナ。
「じゃあ、その世界はどんなところだったんだよ」
「剣と魔法の世界だったよ。兄ぃの持ってる小説でいうなら、ソードワールドみたいな奴」
「へぇ」
帰って来たときにどこか頭打って記憶が混濁してるのかな? 我が妹よ。それとも三年間も間ずっとTRPGのテーブルに拘束されていたのかな? 周りを見るがサイコロなんて一個もない。当たり前だけど。
「本当はすぐにでも転移魔法を覚えて帰りたかったんだよ? だけど勇者を課せられた時点で私は逃げれなくなっていたの。だからさっさと終わらせようとした」
その結果が三年だと。長いな。
嘘だろうと思ってじっと見つめていたが、妹特有の嘘をついた時、右の耳介を触る行為がないから本当なのだろう。
「……嘘は言ってないな」
「うん。その証拠がパパとママの記憶改竄と、私の経歴詐称だけど、あれは魔法で改竄した。正直パパとママには申し訳ないと思っているのよ。ママに関してはもう心がボロボロだったから治癒魔法で治しておいた」
あぁ、だから母さんはあんなにも元気だったのか。
だがそれで全てが帳消しになったとは俺は一切思っていない。
そんなのただの帳尻合わせだ。借金を全部無かったことなんてできるわけがない。
「そうだな。だが、三年間の間、親父と母さんはずっとお前の身を案じていた」
「うん」
逆にその魔法で全てを無くしたことは、その三年間を魔法で無くしたのだ。いい訳がない。
彼方は泣きそうな顔をして、俯いた。
「私もずっとパパとママを思っていた。早く帰って安心した顔を見たかったよ。もっと早く帰ってきて謝らなきゃって思ってた」
「そうだな」
責めるつもりはない。実際神隠し……異世界転移といったほうがいいのか? それは妹の同意を得たとしても彼女は断ることはできなかっただろう。
なんせ、彼女の性格はお人好しで、困った人がいれば助けてしまう『勇者』だからだ。
「だからこれからはパパとママに親孝行するよ。全部家事手伝いするし、料理だって異世界で勉強したんだから!」
今は何もできないけど、できる限りの恩返し、贖罪はやっていくと言う我が妹。
それを聞いたことで少しは許した俺は、妹の頭を優しく撫でた。
このまま辛気臭いのは嫌だし、茶化すか。
「ほー? じゃあ今度異世界の料理とか出してくれよ。美味しいのか俺が決めてやる」
この三年間色んなところでご飯を食べて味にうるさいんだぞ? と言うと、妹は目を袖でふき取ると笑顔に戻る。
「ふふん! 私の腕をなめちゃいけないよ! とってもおいしんだから!」
腕がなるとジェスチャーをすると、すれ違いで待っていた電車は動き出した。
自信ありげにいう妹に俺は期待をする。
「ちなみに得意料理は?」
「エメラルドリザードのテールスープだけど?」
「ゲテモノじゃねぇか。ふざけやがって」




