魔王、勇者の伝説を語らず
「んぇ? 校内対抗球技大会?」
昼放課、教室で彼方と舞麻と食事中の時だ。
今日の弁当はホットドックで、母さん手作りだ。彼方と俺に五本もつくってくれたのだが……これ場所取りすぎだよな? しかも、アルミホイルで包んでくれてるはいいけど、ケチャップでべちゃべちゃ、パンがパンとして機能しておらず水に浸したスポンジのような寂寥感がにじみ出ている。味はいいけど。
そのパンを一つ手に取り俺がかぶりつこうと口を大きく開けた時に、舞麻が唐突に話を切り出してきたのだ。
舞麻も弁当持参ではあるが、何が入っているのかは聞かない方がいいだろう。
「はい、校内対抗球技大会……をやろうと、思っています……」
「……何故?」
「ほうほうほう、魔王ちゃんそれはどうしてだい?」
目を光らせて舞麻の話に耳を傾けようとする彼方。
俺はとんでもないことが起きると安易に想像した。
どうして? そりゃここに勇者がいるからだろう?
「もうすぐ、梅雨が明けるの……です」
「ふむ」
しばらくの沈黙のあと。
「……以上です」
「……ふむ?」
いや意味が全然わかんねぇ。
察しろってか? いやいやいやいやいや、無理でしょ? 魔王の考えてることなんて俺の思考の遥か向こうだぞ?
そして毎度同じ様に身振り手振りをするが……残念だ。全くわからない。
「あ、もしかして風習かな?」
彼方が飛び上がるように立つと舞麻の方へと身を乗り出し、声を上げた。
椅子が勢いよく後ろに倒れる。痛快な音であること、やかましいことこの上ない。
クラスメイト達が一瞬こちらを見たが特に何も起きていないことを確認した後視線を元に戻した。
申し訳ないと謝罪した後、彼方に問いかけた。
「なんだよ、ボールを使うことが何かの風習なのか?」
「もー、兄ぃはあったまかたいなぁ。一回お酢に付けてつけるといいよ? 少しは柔らかくなるかも」
「酢で柔らかくなるのは体であって頭じゃねぇし、それに南蛮漬けかよ。で、風習って?」
それについて舞麻が意見を述べる様に手を挙げた。
はいどうぞ魔王様。
「私達の世界に……住んでいた人達は、雨が上がった次の日、くらいに子供達が……わいわいと動物の皮を、丸めたものを投げて……遊んでいたのです」
「あっちの世界の風習ね」
納得納得。
ちなみに動物の皮と例えられた時点で気持ちが危うかった。
恐らく鞣された毛皮のことだろうと考えに至るまでに少々の時間を有してしまった。
生皮を丸めて遊ぶ、あっちの世界の子は逞しいなぁと思いかけたじゃないか。
「そうだよ! あっちは雨上がりの翌日に雨にならない様にという願いを込めて子供達が元気な姿を見せるのが当たり前だったんだよ」
「で、それをどうして俺たちに?」
「風習……もありましたが、生徒会室に行く途中……見たのです」
見たって何を?
目を伏せて、口を閉じる。
見たものとはなんなのか。それが想像できずさまざまなことを想像する。
例えば幽霊……足が半透明で見えなかった者とか。
例えば妖怪……異形の形をした者とか。
生唾を飲んでしまった。
「喧嘩をする生徒達です」
「そっちかよ!?」
いや喧嘩なんて日常茶飯事じゃないか。
重要なことですよ! と舞麻は声を上げる。
舞麻の頭から白い煙がぽわんと吹き出し、目を隠していた髪が少しだけ浮いた。
「喧嘩は争い事を生み、戦争を引き起こしかねません」
「いや、別に高校生たちが喧嘩をして争いごとになって最終的に戦争になることはないだろう」
「いやいや、兄ぃそれがあり得るかもしれないと魔王ちゃんがいってるんだからそこは肯定してあげようよ」
やいやいと言わんばかりに突っかかってくる彼方。少し前に魔王に肩入れしすぎだと忠告しておいたはずだけど?
それを含ませて言葉を投げかける。
「お前どっちの味方だ」
「正義の味方!」
無駄にかっこいいポーズをとる彼方。牛乳特戦隊みたいな感じ。
……あっそ。
「おい、今ダサいとか、厨二病かよ。とか思っただろう」
「全然?」
「うーそだー! ぜっっったいなんか考えてたでしょ!」
「うるさいなぁ! もっと静かに飯を食えないのかよ!」
口喧嘩を繰り広げると舞麻はクスクスと笑う。頭部から沸騰しかけたやかんの湯気みたいに沸いていた。
俺と彼方が顔を見合わせた後、口喧嘩を一度止め、元の舞麻に戻るのを待った。
「その為に、みんなが……一致団結しお互いが、お互いの力を……認め合い、讃えあう場を……作ろうと思った、のです」
「なるほどなぁ」
全然わかってないけど。とりあえず理解したつもりでいる。
恐らくだが、舞麻が生徒会室にいく時間のことを考えると部活中のことだろう。
生徒会室は確か南館の三階だったかな……生徒指導室の隣だったような気がする。あそこ滅多に行かないからなぁ。
そこにいくには渡り廊下を通らなければならないわけで、そしてその渡り廊下で見えるのは体育館を使う、バスケ部、バレー部、あとは武道館の剣道部と、柔道部あたりか……。
どこもかしこも闘争心高そうだもんなぁ。チームワークを大事にしてるし。柔道部の標語がたしか『精力善用自他共栄』だったっけ?
「まぁ、いいんじゃない? 梅雨明けにみんなでボール遊び」
「だねだね! いよーし! 彼方ちゃんちょっと本気出しちゃうよ!」
出すな。勇者。
◇
六月があと数日で終わりになる。
梅雨も明け始め、晴れの日が多くなってきたような気がする。
ズボンのポケットに入れていたスマホの電源をつけ天気予報を見ると明後日からは梅雨明けですと言わんばかりに晴れのマークが付いていた。
「たしか彼方は陸上部だっけ」
うろ覚えの記憶を口にした。
彼方はたしか足が早かったし、ハードルと百メートル走、二百メートルとかリレーとかやっていそうだ。
どこかのジャマイカの英雄かな……いやそれ以上の種目に出場していそうだった。
いやでもなんか少し前は柔道着着ていたし、ちょっと前はバレーの服とか着ていたような気がしたな。
記憶が曖昧な気がする。
「まぁ、そりゃそうだなぁ」
なんせ、あいつは勇者なんだからきっとどこに所属してもインターハイ優勝するに違いない。
見出しはこうだろうか? 『天才少女現る! 全種目世界新記録更新!』とか、『全種目覇者誕生!』とか。
「でもあいつ、面倒臭がりだったよな……」
まぁ、どうでもいいけど。
ちなみに俺は帰宅部でどこにも所属せず悠々自適に過ごしていた。
誰もいない教室でぼんやりとしているのがたまらなく心地よい。好きなことをできるし、そして部活をしてきた彼方と一緒に帰るのが大体の日課だった。
「あ、紡さん」
「よっ」
生徒会の仕事が終わったのか舞麻が教室にやってきた。
その姿を確認した俺は何となく右手を軽く上げた。
舞麻は廊下を一度見たあと教室の扉を閉めた。この教室にいるのは俺と舞麻、二人きりだった。
「今日も彼方を待って……いるのですか?」
「まぁね。あいつほっといて帰ると兄ぃ勝手に帰った! とかなんとか言ってうるさいから……」
前に彼方を置いて帰ったその日、夜這いよろしく隣で寝ていたし……。全裸で。
「あれはきっと兄ぃ、昨日は激しかったね……! とか体をクネクネさせていうためだったと思うとたまったもんじゃない」
「でも、なにかと彼方のこと……気にしてますよね?」
「……そうかな?」
そうなのだろうか? と自問自答すると意外にもすぐに答えが出た。
「まぁ、そりゃ妹だし」
三年間も家に帰ってこなくて今更帰ってきた奴だけど、少なくても俺の妹であるわけだし。
確かに鬱陶しいし、うざいし、何考えてるかまっっったく分かんない奴だけどさぁ……?
「そういや俺あいつが向こうにいた時の話を全然聞いたことないんだけど舞麻は知ってる?」
「え、えぇ。まぁ……」
ん? 言葉を濁した?
「申し訳ないんだけどあいつが向こうで何をしてたのか教えてくれない?」
「い、言えません」
怖がってるようには見えない。だからといって尊敬しているように見えない。
どっちかというと……恥ずかしそう?
何をしていたんだあの馬鹿。
何か答えようとしている舞麻はひたすら考え、口を開く。
「えっと、それは彼方……から直接、聞いた方が……いいんじゃないかなって、思います」
わぁい、みんながよく使う言葉だなー。
「でも教えてくれないのが彼方なんだよなぁ」
どーしたものやら……と後屈した首を両手で持つ。
時計はもうすぐ十七時を知らせようとしているところだった。




