勇者、魔王の城にあがる
学校が終わり、彼方は部活をサボった。
「魔王ちゃんのところに行くから今日は休むね!」
と部活顧問に言ったとか。恐れ多い奴だ。
まぁ、一日くらい休んでも別に支障をきたさないと思うし、こういう時は生徒の主張を尊重するべきだろう。
だけどこれから彼方は何かあるたびにサボったり抜け出したりするのだろう。
あぁ、顧問とか先生の胃に穴が開かないか心配である。
「ところでお前、舞麻の家とかわかるのか?」
「ふふん。私を舐めちゃいけないよ! ちゃんとリサーチ済みなのだ!」
勇者ってすげー。
……化学の力ってすげー。のパクリじゃないよ?
勇者って本当なんでもできるんだなー。いやー、うちの妹本当怖いわー。俺のコレクションもばれてたし。
「というか、魔王ちゃんの家を紹介したのは私だしね!」
自慢げにない胸を張っている彼方に俺はため息を吐く。
「……ですよねぇ」
じゃなかったらどうしようかと思ったよ。
不満そうな顔をした彼方。きっと俺が驚いた顔か、怒るだろうと思っていたのだろう。
見縊るな、我が妹よ。お前が成長しているうちに俺も成長するのだよ。
兄妹の会話もほどほどにして俺たちは舞麻の家に向かう。
知っているのは俺たちが降りる駅の一つ前で降りるということ。そこから自転車で通学しているのか、歩いているのか。全然わかんない。
右手にデフォルメされた大きな牛が置かれている。そして横にはまだ明るいからネオンの光は付いていないが赤い文字で焼肉亭と書かれている。左手には目の前に踏切があり、車が並んでいた。
この駅に降りたの初めてだから……もう一度言うが、この駅に降りたのは初めてだからな? 未開の地だからな?
「さささ、兄ぃ! いくよ!」
「行くよって……」
手を握られ、引っ張られる俺。
普通だったら振り払ったが、その時は振り払おうとはしなかった。
ドキドキはしなかった。なんせ相手は妹だからだ。ドキドキはするのか? 普通。
不安ではあった。
しかしその不安はすぐに払拭される。
彼方がいるから……馬鹿でなに考えているかわからない奴ではあるが、勇者だ。
だからなのか安心できた。
◇
そこはどこにでもあるアパート……というには少し遠い気がした。
なんというか真新しい感じのいかにも築一年も満たしていないような感じだった。
そしてそこは現実世界とは違う雰囲気を匂わせていた。
「なぁ……妹?」
「なんだい、兄者」
「兄者ってなんだよ。兄ぃじゃなかったのか?」
「たまには呼び方変えたいじゃん? はんこーきだよはんこーき」
反抗期昔あっただろうに。というか今更?
それは別として。
「ここにこんなアパートあったのか?」
「あった……というより作らせた。かな」
「作らせた?」
おいおいお兄ちゃんびっくりすぎて声裏返ったよ。魔王の為にそこまでするのか?
しかし彼方は「んー?」と顎に指を当てて考えているあたり、姿を見てすぐに理解する。
おそらくだが彼方が紹介したアパートはそれなりに時間が経っていたようだ。その差異があったから今の顔をしたのだろう。
つまり彼方の仕業ではない。
舞麻がやったのだ。
「行動力の化け物だな……お前も、舞麻も」
「化け物とは失礼だな! これでも人間だよ!」
「いや、お前を化け物とは言ってないし、お前達の行動力がすごいと褒めてるんだけど」
まぁそんなことはどうでもいいか。
隣で怒ってる彼方を無視して新築アパートの共同玄関に入る。
一〇一から一〇五、そして三階建て……ということは十二か。小規模アパートというべきだろうか?
その共同玄関の郵便受け三列目の隅、三〇五に比良坂と書かれていた。
「三〇五だってさ」
「あそこに魔王の家があるのね!」
「変な言い方をするな、馬鹿」
まるでここがあのメスの家ね! 見たいな言い方。
彼方はそんなことを無視しずんずんと歩いて行く。そして三〇五に着いた時。
「魔王ちゃーん! あっそびーにきったよー!」
呼び鈴も鳴らさずドアを開けたのだ。
その光景に唖然とした俺。
するとドタバタと音が鳴り響き、慌てたような足取りが玄関に向かってくる。
そして出てきたのはもちろん舞麻だ。
「あ、彼方……と、紡……さん」
「いよっす! 風邪ひいたと聞いたから来ちゃった!」
「……舞麻? なんかすまないな。俺はほっとけっていったんだが……」
それよりなぜ寝間着なんだ?
あ、風邪ひいてたといってたな。
でもなんで寝間着? あ、そうか。アポなしでやってきたもんな。
舞麻は寝間着だった。しかも寝間着といっても一般市民が来ているような寝間着ではない。こう、ネグリジェというべきなのかワンピースというのかわからないやつ。シースルーとかではないしっかりとした記事なのだが、こう胸元がやけに開いている。そして玄関なのに裸足……。
そしてちらちらと寝間着の隙間から見える胸元といい、風邪をひいたからなのか若干赤らめている彼女を一瞬だけくらりとした。
……めちゃくちゃエロくないっ!?
背徳感とまではいかないけど、もしこれ俺一人で行ったらドキドキしすぎて頭おかしくなるタイプだぞ!?
「あーららー? 兄ぃ顔真っ赤っかー。もしかして魔王ちゃんのこと性的な目で見てるでしょー!」
「ばっ! そんなわけねぇし!」
たしかにエロいとは思うけど、相手は魔王だぞ!?
「ふーん?」
「あ、あの、彼方……今日は何しに……?」
「そうだったそうだった! お見舞いだよ!」
同じこと言いかねないので彼方を退ける。そして俺は鞄の中から本日配られたプリントをファイルに挟んで置いたものを渡した。
「ありがとう、ございます」
「クラスメイトだからな。それくらいしないといけないかなと思って」
「本当は行く気なかったんだよー? とんだ兄ぃだね!」
「うるせーな」
他愛もない口喧嘩で舞麻はくすくす笑っていた。
「上がってって……ください。お茶とか、出しますよ?」
「本当!? ありがとう!」
「おい、勇者。魔王の家でくつろぐなんて聞いたことないぞ。それに相手は風邪ひいてるんだから……」
「構いません、むしろ……一人で寂しかった、ところですし……」
優しい声音で俺に説得する魔王。
ぐっと言葉を濁らせた後、チラリと妹を見る。
こちらを見ていた彼方と視線は「いいじゃない」と言っていた。
頭をボリボリと引っ掻いた後ため息をついた。
「晩御飯までには帰るからな」
「わーい、兄ぃ大好きー」
お前にだけは言われたくない!




