勇者、割と魔王に甘い
「ほんっとうに……ごめんなさい。本当に、申し訳ありません……でした!」
「いや、すぐに言わなかった俺も悪いことだし……」
「そうだよ! 今回の件で兄ぃが悪いよ!」
右ほほにくっきりと形作られた平手の跡からはヒリヒリとした痛みがのこり、俺はその手形に彼方が買ってくれた冷たい缶ジュースを当てていた。
彼方は腕を組んで仁王立ちしておりその視線は舞麻ではなく、俺に向いている。
「いや、なんで俺のせいなんだよ……」
被害者的には俺じゃないのか? と顔をすると、彼方はぷんすかと擬音が似合うような怒り方をしてくる。
「だって無断で魔王ちゃんのおっぱいに触ったんでしょ!? 私という美少女妹がいながら!」
「無断で触ったというか、触れてしまったって感じだからな!? その言い方だとまるで俺が、げへへ、魔王お前の胸を揉ませろや。みたいな言い方じゃねぇか!」
「ぇ、兄ぃそんなこと考えていたの……? 私のおっぱいはそんなに大きくないわ!?」
「お前少し黙っとれ!」
彼方を無視して舞麻をみる。
そりゃもうそれは見事な土下座だった。美しい姿勢に地面に頭をつけて微動だにしない。
「舞麻、いいから。俺が悪かったし……」
「でも、私は……」
舞麻が悪いとは言わないが、胸に当たってしまうという事態に陥ったのはこちらの落ち度であるわけだし……。
「舞麻は俺の為に注意をしてくれたんだもんな。だから舞麻は悪くないよ」
「そうだよ! 悪いのはこの兄ぃだから!」
だからなんで俺のせいなんだよ!
彼方の首根っこを掴もうとするが、彼方は見事なスウェーで避けると無邪気にボクシングのファイティングポーズをとる。そしてしゅっしゅっ、とシャドーボクシングを俺に披露してきた。
こいつムカつくなぁ……!
「あ、というかお前いいのかよ! 購買のお姉さん悪魔だぞ!?」
「うん、知ってるよ」
「そうだろ! お前いいのかよ! 勇者だろ……ってなんで知ってるのさ!?」
何というノリツッコミ、賞賛を送りたい。じゃなくて。
なに、知ってたの?
「知ってるもなにも、私はこれでも勇者だよ? 魔王ちゃんの動向はちゃんと見てるからね! 今回は悪魔を異世界から召喚するという相談を受けたからちゃんと許可したんだから!」
「許可とかってなんだよ、許可って……」
「彼方……にはちゃんと、許可を得て……悪魔を三体、召喚させていただいて……います」
いやいやいや、そうじゃなくて。
「実際俺悪魔に無理やり契約させられそうになったんだけど!?」
「その時は自業自得というじゃない?」
しれっと答えた彼方に怒りを覚えた。
また彼方に組み付きを試みるがひょいひょいとモグラ叩きのモグラが本気になったかのように避けまくっていく。
「その、点については……私が魔王と、して……責任を、持ちますの……で」
「責任って……」
「ちゃんと契約を……組ませないように、気をつけますので!」
ますので……って魔王が言う言葉か、それは……。
強い意志表示に俺は黙るしかなかった。
魔王って裏切ったり実は悪いやつなんだと先入観があるのだが彼女は魔王といっても、いい魔王なんだし……。
「彼方はそれでいいのか?」
彼方に確認を取ると、彼女は肩をすくめた。
「別に? 私は魔王ちゃんの味方でいるつもりだよ?」
そしてまた無邪気に笑った。
何言ってんだ、少し前までは魔王を倒す勇者でいなければならない的なこと言ってたくせに。
勇者である彼方の言質を取ったことだし、俺はちらりと彼女を見た。
「わかった」
「ありがとう……ございます」
というか何で俺が許可してるんだ?
「そういや彼方」
「なんだい、兄ぃ」
「このー、魔王様はー、どうやらー、自分の功績をー、みんなにー、見せたくないー、らしいぞー?」
「……?」
語尾を伸ばしながらわざとらしく我が妹に問いかけると、彼方はすぐに悪巧みをしたかのような顔をする。
例えるなら、そう、閃いた時に頭の上からでてくる電球のようだった。
「あっあー。そーだねー。私もー、そういうのはー、いけないとー、思いまーす」
そういうのとはなんだよ。意味履き違えるなよ。
しかし妹との一瞬のアイコンタクトは違和感がなかった。ということはお互い考えていることは一緒だ。
「でもー、彼女は魔王だからー、勇者の目の前でないとー、面目がー、つかないようなー、気がしまーす!」
「そーですねー!」
「……? ……?」
その棒読みのような意味のわからない会話を目の前で聞いていた舞麻はよくわからないという顔をしている。
そう、はてなマークを作っておけ、魔王様よ。
俺達は今回ばかりは悪役で構わないのさ。
◇
「あー! このカレーライスめっちゃ美味しいな!」
俺は大声で叫んだ。もう今まで出したことのないくらいの声で、多分中学校の時にやった合唱コンクールの時以来かもしれないくらいに声をあげた。
そこは中庭のど真ん中。購買で購入した生徒や教師達がいる場所である。
そして、その中庭に隣接しているのは俺達生徒達の学び舎だ。
すると隣に飛び出してきた彼方が目を爛々に光らせて俺に聞いてきた。
「えー!? 兄ぃなんでそんなに美味しいの!?」
「さぁー! 俺にはよくわからないけどきっとこれは購買がリニューアルしたからじゃないかなー!?」
ざわざわ。と周りが反応する。
「なんで購買がリニューアルしたの!?」
「それはきっと生徒会長、比良坂舞麻さんがやってくれたんだよ!」
そうこれは功績を、誰がやったのかを伝えるための一芝居だ。
「きっと生徒会長様は俺たちにもっと勤勉になって欲しいから美味しい食事を用意してくれたんだと思うぞー!?」
「わー! 生徒会長すごーい! 生徒会長さまさまだねー!」
「ふ、ふはははは! そうだ! 私が! この比良坂舞麻が購買をりにゅうあるしたのだ! 民草達よ! 私が作った食事にお金をつぎ込み腹一杯食って勉学に励むのだ!」
そしてお出まし、魔王モードの舞麻がどーん! である。おそらく最初の出だしは緊張のあまり言い出せなかったのだろうか、一気にフルスロットルに切り替えられたのだろう。
頭から火山の噴火よろしく紫色の湯気を撒き散らしていた。
その光景に俺はギョッとする。
生徒会選挙の時にみたあの瘴気だ。
「おい、彼方! また瘴気が出てるぞ!」
「大、丈夫!」
そう言って彼方は一歩前に出るとずびし! と効果音をつけて魔王に指をさした!
「私たちに勉学を強要するためにおいしい食事を与え、さらに貧しい学生からお金をせしめるなんて、なんて悪虐非道な魔王なの!?」
「ふふ、ふはははは! バレてしまってはしょうがない! 愚民どもよ! 私は貴様達の財布からお金をせしめ、対価として成績を上げようとしたのだ!」
なんだと!? と生徒達に戦慄が走る。
えぇ、なにこの三文芝居……。と俺は肩透かしを食らう。
「だが、彼女は私たちのことを思ってやっている! みんな生徒会長に感謝するのだー!」
その一言が言い放たれた。
最初はしーんとした沈黙を宿していた。
「……え、えぇ」
困惑しているのはきっと俺だけなのだろうか? いや、これ全員困惑しているよな。
悪虐非道の魔王なのに、善行をしているから感謝しろ?
なに無茶振りしてるの!? この馬鹿妹は!
というか馬鹿妹に任せる俺が大馬鹿ものだったー! と後悔する。
あわわわわ、と次の手を考えていると……。
ぱちん。とどこかで手を打つ音が聞こえた。
そして次第に、だんだん、波のようにその拍手は増えて行きそしていつしか拍手喝采の渦となる。
「生徒会長ありがとー!」
「生徒会長最高ー!」
いろんな声が、正の感情を含んだ言葉が咲いた。
まるで草原一面に咲き誇る花のように湧き上がった歓声は魔王に、比良坂舞麻に押し寄せたのだ。
紫色の湯気……瘴気は霧散する。
上がっていた前髪がぱさりと目を隠した。
そして次第に状況を把握していく舞麻。
そうその場にいるのは生徒会選挙の人数と大差がない数。
その視線は感謝と尊敬の、暗躍者でいようとする魔王にとっては凶器に足るものだった。
「ひ、ひぃぃぃぃぃ! 見ないでぇぇぇぇぇ!」
視線恐怖症が発症したのが白い湯気を頭から噴き出しながら全力で逃走を計る。
ドタドタと走り去る魔王兼生徒会長。その名も比良坂舞麻。
その一部始終を見ていた俺はつい、こう思ってしまった。
「は、ははは……しょうもな」
本当これだった。




