魔王、強烈な一撃を与える
「で、事情とやらを聞いてもいいか?」
「……」
あー、えっとー。と狼狽えている舞麻が両手の人差し指だけを立て指先をつけては離してを繰り返している。
購買の裏で食器の回収などをして働いていた舞麻は制服の上からピンク色の派手そうなエプロンを着用していた。
何故にピンクのエプロンなのだろう? メイド喫茶のエプロンですら白いフリルがついたエプロンだというのに……行ったことはないけどね!
マスクなどをして素顔を隠していてわからなかったが、その目隠れキャラを直さない限り舞麻を間違えることはないだろう。
……失礼。こいつ人じゃないくらいに綺麗で美人だったからすぐにわかる。
「販売数を……計測していました」
「計測?」
はい。と舞麻は答える。
大袈裟な身振り手振りを取り入れて僕に伝えようとする。
「効果が大きいものを……コスパが良い。と紡さんが、教えてくれた……時、生徒たちは……何を一番注文を、するのか……。何を一番、食べるのか、調べるために……調べていました」
「……言ってる意味が全然わかんねぇんだけど」
「あ、うー。えっと……」
あたふたする舞麻。
そのあと彼女が伝えたいことを要約すると。
コストパフォーマンスが良い購買の大元はできたが、そこからもっといいコストパフォーマンスを探り出そうと思った。
いくつかの商品を提供した際一番と二番に売れ行きのいい商品を残し、また新しい商品をいくつか導入してを繰り返し、生徒たちが一番何を食べているのかを調べようとしたらしい。
「そうすれば、一番いい……商品と、二番目にいい……商品を残しつつ、新しい……商品を加えて、新しい商品……が出たのかと、目新しさにつられ……購入するのでは、ないかと」
「悪どいやり口だなぁ……」
目新しいものにつられがちなのは確かに人間よくあることではある。
実際今回はカレーライスに引き寄せられた俺もいるわけで、おそらく中庭でたくさん食べているの先生や生徒たちもその目新しさにつられて購入しているのだろう。
ちょっと異常な気がするが。
「でも券売機の前で立っていればどれだけ購入されているのかわかるだろう?」
生徒会長が考案し、改変したことだろう? これ。と指摘をするとぽんっと頭から湯気が立ち上がり、アホ毛らしきものがふわふわと揺れた。
「ま、魔王……は暗躍、する者……ですから」
「その定義違う気がするんだけどなぁ」
確かに彼女は極度のコミュ障で対人恐怖症な気がする。だけど、暗躍してしまってはこの功績は誰のものとなるのだろうか?
「それについては安心してくれよ勇者の兄貴」
そう言ったのは舞麻の後ろ、購買店の中からだった。
勝手口からひょっこりと出てきたのは前に俺のカレーライスの券を受け取った美人だった。
茶髪のウェーブをかけた髪をポニーテールのようにして明るいスーツっぽいのを着ていた。
「……勇者の兄貴……?」
「あぁ、あんたは勇者の兄貴じゃないのか? 魔王様からそう聞いたんだけど……間違いだったかな?」
美人な女性から想像できない男勝りの口調に舞麻を魔王様と言った。
その時点で彼女は……いや奴は人間じゃないと把握した。
「おっと身構えなくていい。オレ達は別にお前らをとって食うわけじゃない」
「そ、そうです。紡さん! 彼達は私の……派閥です」
「派閥?」
はい。と舞麻は少し恥ずかしそうに頷いた。
「私達魔物は、二つの派閥で……構成されています。武力、支配によって人間を、統治しようとする……過激派。私達のように、武力などで……支配せず、穏やかに……解決しようとする、穏健派と……存在します。彼は、その穏健派の……一人です」
舞麻を見たあとその後ろで立っている女性を見ると、ニタリと女性らしからぬ笑顔で俺を見てきた。
「……明らかに穏健派という顔をしていないんだけど?」
「おっと、これは失礼。この笑顔は人間には不快なんだな」
というより悪いことを考えているような嫌味ったらしい笑顔なんだよ。それ。
ヤツは頬をグニグニと飛んだりして普通の笑顔に戻す。
そして、まぁまぁ落ち着いて、とヤツは手を振るった。
「オレはこの身なりでも一応悪魔だからな。癖なんだ仕方ないと思ってくれ」
きしし。と笑うと俺に近寄ると手を出してくるなり、女性みたいに笑顔を作って見せた。
顔を見て、俺は彼女の手を握ろうとする。
俺の手首を握り彼女から手を弾けるように上に上がった。
もちろん俺の意志で動いていない。
「彼とは握手をしてはいけません」
そう冷たく言葉を発したのは舞麻だった。舞麻の手が僕の右手を掴んでいたのだ。
「え。どうし……」
「彼はこの身なりでも悪魔です。皮膚などの接触によって強引に契約を結ばれることもあります。貴方も、人間に真名を言われたくなければ仕事に戻ってください」
彼女の頭部からは白い湯気が二本角のように形作っていた。その紫色の瞳は怒りを薄っすらと見せており悪魔を睨みつけていた。
悪魔は表情を一切変えなかった。
「……おっかないおっかない。勇者の旦那、救われたな」
「お前……元からそのつもりで……」
「さぁ? どうだろうね」
きしし。と笑い手を引っ込める悪魔。
「早く持ち場に戻りなさい。次に彼に触れようとした時貴方の命はここで捨てさせてもらう」
「はいはーい」
軽い口調で返事したあと、悪魔はその場を去り購買店の中へと戻って行った。
心臓が早く打ち付けていた。危ないところだったと実感する。
形作っていた湯気が霧散したのを確認した後、俺は口を開いた。
「……ま、舞麻。悪い」
「紡さん。貴方も……貴方です! 悪魔は、人間の敵……なのですよ!」
いや、敵と言われても連れてきたのは舞麻だろ?
しゅんしゅんと湯気が出たり出なかったりと訳の分からない状況で舞麻は怒っていた。
「もし生命力を、奪い取られ……私の奴隷として、一生使い魔として……契約されたらどうするんですか! 彼方にどういう顔を、すればいいか……」
「いやでも、今はなってないし……」
「これからのことです!」
お、おぉう。なんかすいませんでした。
兎にも角にもとガミガミと言ってくる彼女に俺は気圧される。
いや、あの、とりあえず俺を握っている手を離していただけませんでしょうかね。ふにゅっと女性特有の柔らかな皮膚とかその他諸々が襲いかかってきてまともに考えていられない。
「大体、紡さんは甘すぎなんです! 私にも警戒をしないし」
「そりゃ彼方の友人なら警戒とか必要ないだろうし……」
というか手! 手を離して! さっきから腕にちょんちょんと当たる胸とかもう若い男の子からしたら刺激が強すぎるんですよ!?
その視線に気づいた彼女は遂に自分が何をしているのか理解した。
繋がれている手。俺の手は舞麻の両手で包まれている。
「あ、の……えっと……」
「大丈夫だ。まず落ち着いてゆっくりとその手を離すんだ」
そして俺の手から繋がっている腕は彼女の胸に当たっていた。
できれば穏便に済ませたい。
顔を真っ赤にして、ぷるぷるとスライムのように震えている彼女。最初は大丈夫。きっと切り抜けられる。と思っていたのだが……。
「つ、紡さんの破廉恥!」
突如右ほほに襲いかかる爆竹のような音と火傷したかのような熱のこもった痛み。
全てがスローモーションになった気がした。
空が二回程ぐるりと回った気がした。
「ぶべらっ!?」
そしてコンクリートに打ち上げられた魚のように横たわる体。
そうそれは俺の体だった。




