勇者、兄に強烈な一撃を与える
電車がすれ違いのために一時的に停車している時のこと。
「ねぇねぇ、本当に購買で良かったの? 私が弁当作ってあげても良かったのにぃー……」
頬を膨らませながら問いかけてくる妹に対して俺は冷たい目を向けた。
お前だから得意料理がグリーンリザードのテールスープと言った時点でゲテモノじゃねぇか。と皮肉っぽく言ったが無視された。
「兄ぃ。グリーンリザードじゃなくてエメラルドリザードだよ!」
むしろ無視というよりこれは……皮肉と感じていない。
「どっちに転んだって同じゲテモノじゃん。君の頭は馬鹿かね!」
むー、と不満げの妹。
どうやら未だに弁当を作ったことに納得していないらしい。
「確かにさ、グリーンリザードは脂が足りない感じで肉質で言えば安物のムネ肉くらいだけど、食べれないわけじゃないのよ? どちらかというとエメラルドリザードの肉の方が脂が乗っててかといってそこまで胃にくるものじゃない優しい脂が乗っていて、モモ肉みたいに美味しいのよ?」
いや、そうじゃなくて! こいつ人の話を聞いているのか?
「あのな? 俺が何故彼方のご飯を断るか分かるか?」
「エメラルドリザードとグリーンリザードが近縁種でグリーンリザードの肉が食えたものじゃないから?」
「ちっげぇよ! そこから離れろよ! 俺が断る理由はエメラルドリザードもグリーンリザードも得体の知れない生物で見たことも聞いたこともないからだ!」
ほぉん。と不思議そうな顔をする妹に頭を抱える。
なんなんだこの妹。異世界に返品したい!
おれの妹だけどね!
「ところでさ、購買ってどんなところなの?」
「……? あ、そうか彼方は購買で買ったことないんだっけ?」
ジュースなどの飲み物は全て自動販売機で事足りているから家から弁当を持ってくる生徒達には、購買の存在は大分薄い。
「給食と同じなのかな? 一汁一菜とか全部付いているのかな」
「それは流石にないわ。パンとかが単品で売ってるだけだぞ」
なんで定食屋基準で考えてるんだ?
「パンとか?」
「まぁ、衣が妙に多過ぎて胃にくるサンドイッチとか、あとは菓子パンとか」
えぇ、と嫌そうな顔をする。たしかにそうなると弁当の方がいいと思う。
しかしたまには購買もいいなと思うのが俺なんだよ。
あまり好きではない余分な衣も妙に甘辛い味噌カツとかも、たまに食べればそれは美味しいものな訳で。
「給食みたいにないと、やる気が起きないー。学校めんどくさい。帰りたい」
「お前自分で弁当作ってきただろう……なんでお前がやる気なくなるんだよ」
でも確かにいつも弁当を食べている奴らからすれば、これはやる気をなくすに違いないだろう。一汁一菜があって満足する妹は異世界でどんなご飯を食べてきたのか気になるばかりである。
『腹が減っては戦ができぬ』
たしかにこの状況だな。と舞麻の言葉を思い出した。
まぁ、妹に関してはおそらく、弁当とは馬の目の前に吊るされた人参だろう。妹は馬だ。
こいつは目先の欲だけで生きているわけだし、今現時点で一緒に歩いているだけでお腹空いたと言いそうだった。
色んなことを考えていると彼方は不思議そうな顔をしていた。
「ん? どうしたの? 兄ぃ、変な笑顔になってるよ。もしかして私の魅力に気づいたの!?」
俺の視線に気づいた妹に俺は冷ややかな視線を送る。
「いや、相変わらずお前の胸ないなーっげぶっ!」
視界から突如消えた妹の頭。
どきゅっと靴のゴムが電車の床をしっかりと掴むとその踏みしめた勢いがそのまま拳に伝わる。
そして脇腹に華麗な右フックが吸い込まれた。
「兄ぃの変態! 馬鹿死ね!」
おうふ、お兄ちゃん暴力反対……。
◇
昼放課、俺は購買に行く。
購買は南館の教師棟と北館の生徒棟と呼ばれる二つの校舎の間。その二つを繋ぐ一階の渡り廊下に構えている。
「別にこなくてもいいのに……」
二階から降りようとした時に登りかけていた彼方に遭遇し、先に教室で待っていてくれ。と伝えたのだが……。
「いいや! 兄ぃ、私も弁当作るの飽きた時いざという時のためだよ! 私も購買の場所を把握して置かないとダメじゃん!」
そう言われてしまえばなにもいえない。正直に弁当作るの飽きた時にと言ったし。
だからといって弁当片手に購買に来るのはどうかと思いますが? 我が妹よ。
その渡り廊下は西に分かれる道があり、そこには用務員室と体育館があり、そのまま奥まで突き当たると柔道や剣道が活動する武道館がある。
そして購買の目の前には中庭がありそこには玉砂利が敷き詰められた道に沿ってベンチが並び、藤が植えられていたりと過ごしやすい場所になっていた。
そしてその購買にはそれなりの人数が寄ってたかっての行列になるのだが……。
今までの行列より、というより僕が見てきた行列の中で人一倍長い長蛇の列となっていた。
今まで見たことのない活気に俺は圧倒される。彼方もほぇー。と阿呆な面構えをしていた。
「な、何があったの?」
「さぁ、俺も分からん」
パンがたくさん仕入れたのかな。
とりあえず俺たちは一緒に並び前に前に進んでいくと、呼び込みの旗がちらりとみえた。のぼりというんだっけ、あれ……。
それを見ると『購買りにゅうある!』
と下手くそな文字が描かれていた。というより、りにゅうあるってなんだよ。カタカナかけよ。
「りにゅうあるだってさ。何が変わったのかな?」
「さぁ……」
少なくとも最後に買った時、大体半年ほど前の時は購買のおばさんが四人切り盛りしていて、二人がパンとかの売り子で、あと二人が生徒が食べたゴミとかを回収していたのを覚えている。
じっと見つめたその文字……筆圧といい文字の形といい、馴染みがある気がする。
そのリニューアルという言葉に魅惑を感じる。
行列は長いが処理が早く、どんどん消化されてそこまで時間はかからなかった。
「次だよ」
そう言って彼方と俺はそれを見る。
目の前にあったのは券売機。
ラーメン屋とか、高速のサービスエリアにあるあのお金を投入して券を買ったらそれが出て来るあれだ。
なぜこれがここにあるのだろうか。
気を取り直して券売機を上から見ていく。
カツ丼。サンドイッチ、オムライス、カレーライス、月見うどん、かけうどん、チャーハン……コーヒー缶一個プレゼント? 丼系を購入した方は味噌汁を一杯無料で提供?
そして目を疑った。
それら全てが五百円で購入可能だったのだ。
「赤字覚悟なのか? これで利益が出るとは全く思わないのだが……」
「兄ぃお腹すいたからとりあえず何か買おうよ」
ぐうぅ。と彼方の
とりあえず時間も時間だし、適当にカレーライスと味噌汁の券を発行する。これも五百円だ。
券を買うと半年前にいたおばさんではなく、美人なお姉さんが売り子をしていた。
「いらっしゃい!」
券貰えるかな? というジェスチャーで右手を俺に向けて出した。
俺はその手にカレーライスと書かれた券を置いた。
「はい! カレーライスね! 食器とかは食べ終わったらこの窓口の裏の人に渡してね」
そう言われると、渡されたのは結構なボリュームのカレーライスだった。発砲ポリスチレン製の器で、真ん中に横断するように山が作られており、その二つのくぼみにチーズが入ったカレーとご飯が混ざらないように入っていた。
てか重い。多分これ三百グラムはあるよな……。どこかのカレー店と変わらない量である。
「兄ぃ……中庭がすごいこと起きてるよ!」
「……なんじゃこりゃ」
そこはたしか簡易ベンチが並べられただけの簡単な場所だったはず……しかしそこはイベントとかでよく見る机が並べられ、その机にはビーチパラソルよろしく突き刺さっておりそしてたくさんの生徒と教師が犇いている。
そこはまるで、一種の屋外食堂と化していた。
「とりあえず……ご飯食べるか」
「そうだね。私もうお腹減っちゃったよ」
そう言って俺たちは空いている席に座った。
目の前にあるのは味噌汁と、カレーライス。そして彼方の弁当。絵面が悪すぎる。
しかしカレーはスパイスの香ばしい匂いが鼻腔を通り空腹に拍車をかけ、さらに味噌汁の煮干しなどの魚介系の出汁でとったかのようないかにも手間をかけました。という主張をしている。
高校で食べるカレーライス……初めてだな。と思いながら、両手を合わせる。
実食と言わんばかりに俺は付属品のプラスチック製のスプーンを手にし、ご飯を一掬いしカレールーに漬ける。
そして覚悟を決めて口の中に入れた。
衝撃が走った。ピリッとした微弱な電流が舌から急速に全体に広がる感覚。それは辛味でもあり、旨味でもあり、これ以上にない感覚に酔いしれる。
うまい、うますぎる。うますぎた。
これはなんの肉なんだ脂がのってる鶏肉のような肉に舌鼓をうつ。
うますぎてスプーンが止まらない。しかもトッピングのチーズも伸びて美味しすぎた。
知らない間にカレーがなくなっていた。
味噌汁も温かいうちに頂く。干し椎茸と、煮干しの出汁とすぐにわかる。
「うまかった……」
「兄ぃ、なんか夢中になってたよ?」
そうなのか? ふと周りを見るとみんなも夢中でご飯を食べていた。
片付けてくると彼方に伝えたあと、空になった器を裏口に持っていく。
「ごちそうさま! 美味しかった……」
「お粗末……様です」
前髪で目を隠しながらマスクをつけている女性。どっかで見覚えが……ある気がした。
「舞麻?」
「いいえ、違います」
即答だった。
「嘘をつけ、覆面で隠してるつもりだけど明らかにそのアホ毛と目を隠そうとしている前髪でモロバレだぞ!?」
右に左に狼狽えたあと、彼女はマスクを外す。
間違いない。
「お前ここでなにやってんだよ。生徒会長だろ!?」
「あ、うぅ……えっと」
やはり彼女は舞麻だった。




