魔王、勇者の過去を知る
せっかくだし、ちょうどいい機会だったから少しばかり話そうかと思った。
これはまだ妹が『勇者』となる前の話……。
「もともとあのバカ妹は泣き虫の弱いガキだった。何かある度に俺のところに来てはわんわんと大きな声で泣き喚くバカな奴だ」
「そうそう、あの子よく泣いてたわね。紡ちゃんがトイレでいなくなった時に彼方ちゃんが突然大泣きしたりとか、もうあの時から紡ちゃんにベッタベタだったわね」
「あれがブラコンだとは思わなかったけど……」
コーヒーが入っているマグカップに爪をたてた。
そう考えてみるとあいつ今でも毎朝の如く俺を起こしていたよな……。あとたまに息苦しく感じるのは……?
ぞくりと悪寒が走った。
辺りを見回したが誰がいるわけでもない、時計はまだ十二時を過ぎた所だ。
「どう……したのです、か?」
周りを見ていた俺は舞麻に視線を戻すと舞麻が首を傾げながら訪ねていた。
「あ、いや、気のせいだと……」
うん、気のせいだ。多分。
気を改めてアキラさんに問いかける。
「よっちゃんの店にくるようになったのは何でだっけ?」
「えっとー、たしか紡ちゃんのお父さんがお腹すいたか、何かできたんじゃなかったっけ?」
そうだったのか? 初耳だ。
いやでも、あの時の親父は腹が減ってしょうがない状況で「もうダメだ。俺はここまでのようだ」とかほざいていたような気がする。
……まぁ、それについてはどうでもいいか。
「その時に彼方はここの虜となった。毎日毎日ここの話ばかりして、来た時には決まってカレードリアを注文していた。俺や家族のことで嬉しそうな顔をしている彼方を見たのは初めてだったかもしれない」
「そうね、たしかに初めての時は比良坂さんみたいに紡ちゃんの後ろに隠れてビクビクしていたね。可愛かったなぁ」
「今でも彼方は可愛いから」
まぁ、多少喧しい奴にはなったけど……。
「それ……で、何があった……のですか?」
舞麻は話を戻す。
俺はアキラさんの顔を見ると彼女は縦に小さく頷いた。
そして俺は舞麻の顔をみる。
「その日舞麻は俺と喧嘩をした。あんまり喧嘩をしたことがない俺たちは珍しいことに烈火の如く喧嘩をしたのだ。そして家を飛び出した舞麻は一人でここに行こうとした時、信号を無視した車が舞麻に向かってきた。
俺は舞麻と喧嘩したから謝ろうと後を追いかけていた。その時に舞麻を助けたのが、正嗣さん……アキラさんの旦那さんだ」
「……」
「舞麻はかすり傷くらいで特に負傷を負ったわけじゃないけど、正嗣さんは……意識不明の重体だった」
今でも思い出す。あの時俺はその場にいた。
彼方が泣き喚き、その場を動かずただ寝そべっている正嗣さん。
俺はその場におり、ただ呆然と見つめていた。
わぁわぁと大人たちが声を張り上げる中、彼方は彼の元まで行き体を揺すった。
「正兄ぃ……起きて……ねぇ、起きてよ」
反応はなかった。ただただ力もなく糸を切られた人形のような人が横たわっていた。
「正兄ぃ!」
その問いかけにも、大人の人たちが心臓マッサージをしても、その場に救急車が来ても、そして最愛の人アキラさんが来ても、目を覚ますことはなかった。
そして意識不明のまま三日後、明正嗣はその世を去った。
もちろん俺と彼方は親父と母さんに連れられるように葬式に参列した。
それもそうだ俺たちのせいで正嗣さんが死んだから……俺たちが喧嘩をしなければ彼方が家を出ることはなかった。
その後悔は俺自身の首を確実に死に至らしめる真綿の紐のように緩くかけられた。
親父達が焼香をした後、アキラさんの元へと向かった。その時に俺たちも手を引かれるようにアキラさんの元に行ったのを覚えている。
「この度は、本当に申し訳ありませんでした」
「……いえ、謝らないでください」
アキラさんの瞼は赤く腫れていた。
その痛々しい姿に彼方はダムが崩壊したかのように泣き喚いた。
「ごめん……なさい。ごめんなさい。ごめんなさい!」
「彼方ちゃん……謝らなくていいのよ。彼もきっと彼方ちゃんが無事だったと安心してるわ」
「でも、マユ姉ぇ……」
アキラさんが彼方の肩を掴んだ後、優しく抱きしめた。
「正嗣は、いいことをしたのよ。いい? 彼方ちゃんは正嗣さんが命をかけてあなたを助けたの。なら彼方ちゃんは正嗣さんの分まで生きて、善行をしなさい」
「ぜんこー?」
「いいことをするのよ。正嗣さんの様に、命をかけてまでしなくてもいい。少しずつでもほんのちょっとでもみんなにいいことをするの」
彼方はその時心に決めたのだろう。
「うん……わかった……ぜんこーをして正兄ぃの分まで長生きする」
「じゃあ約束」
どんな人でも、たとえそれが人類の敵であろうとも……。
指切りをして約束するアキラさんと彼方はにっこりと笑いあった。
全てを救い出す『勇者』になろうと。
◇
「今日は、ありがとう……ございました」
「いえいえ、今日初めてここに来て突然身内話をしちゃってごめんなさい」
深々と、魔王らしくないお辞儀をする。
その光景に俺は何とも言えない顔をしてしまった。
この方あっちの世界では魔王だったんだよ? あっちの状況を知らないけど、一応良き魔王だとは聞いているけど魔王ってやっぱ悪者じゃない?
あ、でも待てよ? 魔王が勇者のことを聞くと言うことは厳密に言うと勇者の弱点を得ようとしていることではないのか!?
などとさまざまな事を考えていると、彼女は顔を上げ、アキラさんを見る。
「いえ、彼方……さんの事、知れて良かった……です」
きっとその言葉は嘘偽りではない。おそらく彼女は彼方の事を知りたいと、敵意ではなく友人として知りたいと思っていたのだろう。
余計なお世話だったな、と反省する。
アキラさんはまた来てね! 来てくれないといけないから! と念押しのように俺に言った。
「いや、なんで俺だよ、それを言うなら舞麻のほうだろう?」
舞麻が購買を良くするためにここに来たのだからこれからアドバイスをもらおうとするのはあっちの方だ。
するとアキラさんはきょとんとした顔で俺を見る。
「今度は彼方ちゃんに来るように伝えてね? 正嗣も寂しいと思ってるだろうし……」
「……? まぁ、そうですね」
今度落ち着いた時に彼方を連れてこよう。
そしてアキラさんとたくさん話してもらおう。そう、心に決めた。
帰り道、チラリと舞麻の方を見ると舞麻はブツブツと言いながらメモ帳とにらめっこしている。
「何かいいことでも教えてもらったかい?」
「えぇ、まぁ……色々」
チラリとメモ帳を覗き込むとやはり読めない文字が書かれていた。ヴォイニッチ手稿の文字見たいな感じのものがたくさん書かれてる。
「でも、この材料で作るなら……費用としては……でも、……」
「舞麻」
「ひゃっ!」
なんとなく肩に触れた手にオーバーリアクションと言えるくらいの反応を示した。
その姿にあ、俺悪いことしてしまったと思いが過る。
「あ、ご、ごめんなさい……集中していた、もので」
「いや、俺の方こそ悪い」
なんかさっきの驚いた声が可愛いと思ってしまった。
ドキドキとかバクバクとかそういう動悸が鳴り響く。
「……帰るか」
「は、はい」
何かが変わる様な……歯車が動く様な、そんな気がした。




