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俺たちの青春に【魔王】と【勇者】はいらない。  作者: 綟摺けんご
魔王と勇者、購買戦争をする。
17/55

魔王、食レポをする

 



「ほい、お待ちどー様! いつものやつね」




 そう言って持って来たのは、おにぎり二つと、味噌汁、キャベツの千切りとその上には出来立ての豚の生姜焼き、あと生野菜のサラダだ。

 おにぎりは三角形の形ではなく、俵形の形をしており、その腹にはほんのりと磯の香りが漂う海苔がまかれていた。きっとそれは巻く直前に火で炙ってから巻いたのだろう。香りが増して鼻腔をくすぐる。

 味噌汁も、豆腐と、わかめ、揚げの()()()を従え、その出汁(だし)である煮干しと干し椎茸の風味が合わさって食欲がそそられる。

 次へまた次へと食欲を加速させるその香りは自宅では作ることは至難の技に違いない。

 豚の生姜焼きも切り落としではなく、ちゃんとした豚肉、しかも薄切りロースではなくバラときた。生姜と酒、あと醤油の香ばしい香りがキャベツと非常にあっている。キャベツもシャキシャキとしていて青々しい。

 変わらないご飯を見て懐かしく感じた。


「どーぞ! あ、おにぎりの中身は炙りサーモンにしてるよ」


 焼き鮭じゃないあたりが粋なところか。

 焼き鮭だと濃いめがいい塩梅だが、残念なことにパサつきがあるために俺はそこまで好きではない。

 しかしよっちゃんの鮭おにぎりはサーモンを使用しており、塩をふりかけてから焦げ目がつく程度まで焼いただけ、しかし魚脂が程よく落ちて臭くもなくかつ胃に優しく重たくない仕上がりになっている。

 もう想像をしただけでよだれが溢れ出る。


「比良坂さんもたっぷり食べてね。味噌汁はおかわり自由だから」

「あ、ありがとう……ございます」

「じゃあ食べよっか」

「はい、いただきます」


 舞麻がまず最初に手にしたのは俵形のおにぎりだった。

 やはりお米好きなんだな。

 両手でおにぎりの形を確認して上から横からといろんな方向から見たあと、あむと小声で呟き、おにぎりを一口、口にした後、何度か咀嚼をする。

 前髪で隠れていた瞳が輝いた。

 そして体を左右に規則的に揺らした後声を振り絞り、体を震わせる。


「美味しい?」

「はい……とても……」


 それは良かった。それよりもリアクションがもう達人かと言うくらいの仕草でその姿を見ただけで美味しいんだなとわかる。

 次々と口に頬張り、何度も噛みしめるように咀嚼を繰り返したあと喉を鳴らすように嚥下する。

 その顔は恍惚と言わんばかりの表情で至福とも言える顔だった。


「あっちの米は細長くパサパサとしていて雑味があり魔物の間では不人気でした……あの時の米は生のまま食べていたのがいけないんですね」

「生で食べていたのか……」

「私たちの間では人類はこんなまずいものを口にしているのか。()()()()奴らめと罵っていました……」


 米があまりにも美味しすぎたのかコミュ障が一時的に治っているような気がする。あ、頭から湯気たってるからこれは魔王モードか。

 それにしても、生で食べるのは流石の俺でも気がひける。いや、()()()といったが生米を食べたことはない。

 よくて昔、小学校の林間学校でカレーを作り飯盒炊飯をした米に芯が残っていてその時でもまずいと思ったくらいだ。


「というより、あっちにも米があったんだな」


 レストランの時は米はないと聞いたような。


「あっちにも米はありましたが、まず私たち魔物は米という言葉を知りません。この世界で食べられる米とは段違いであちらの方が食べれるものではありません」


 前髪の隙間から覗かれる紫色の瞳はそれ以上聞くなという視線だった。


「……なるほどなぁ」

「スープも美味しいじゃないですか。この魚の風味といい、森の香りともいえないこの芳醇な香りはあっちでは食べたことも感じたこともありません!」


 味噌汁を絶賛する彼女を見つめた。

 ここまで喜ばれると流石に口元がにやける。


「このスープと白い物はなにでできてるのですか!?」

「大豆な」


 そういえばどこかで見た話だけど、ロシア人かアメリカ人との会話で味噌スープうまいじゃないか、これはなにでできているんだ? という話があったな。それの答えが全て大豆だったというオチだったような。

 それを思い出して思わず微笑んでしまった。


「んー! これも美味しい! 豚肉から溢れ出た油と生姜の風味が合わさり葉物の野菜は生だが、その豚肉の熱で程よく加熱され所々茹で上がったかのような柔らかさが……」


 もはやここまでくると魔王というより食レポの魔王だな。

 そのうちよっちゃんのお店は料理の宝石箱やー! とか言いかねない、と物思いに耽つつ俺もご飯を頂くことにした。




 ◇




「ごちそうさまです」

「はいはーい! 美味しかったかな、美味しかったかな?」

「はい、とても……おいしかった、です」


 あら、いつもの舞麻になってるじゃないか。


「とても、おいしかった……です! おにぎりとか、おいしかった」

「うんうん、そう言ってくれると正嗣(まさつぐ)も喜ぶよ」


 まさつぐ? と舞麻は不思議そうな顔をする。

 あ、えっと。とアキラさんが言葉を選び始めた。


「アキラさんの旦那さんだよ。明正嗣(あきらまさつぐ)。このよっちゃんの主人()()()

「だったと……いうのは?」


 言葉が詰まる。これ以上は俺は何も言えなかった。

 アキラさんが口をつぐみ、しばらく考えてから索漠したような顔をして舞麻を見た。


「正嗣はこのよっちゃんの二代目の主人だったんだけど、私と結婚してすぐに亡くなったのよ。交通事故だった」

「……」


 ここで立ち話もあれだし、椅子に座らない? とアキラさんが促す。

 俺も彼女も別に用事もなかったし、むしろ用事があるのはここだからすぐに了承する。

 コーヒーとか飲む? とアキラさんがコーヒーメーカーに入れてあるコーヒーをマグカップに入れて持ってきた。

 舞麻もコーヒーを受け取ると砂糖も入れず一口含む。


「紡ちゃんには前に話したことがあるからあれなんだけど……」

「いえ、構いません。俺も一応()()()だし」

「関係……?」


 まぁ、それは置いておこうじゃないか。舞麻さんよ。


「私も元々はこの店の常連客だったのよ。その時の私は一人暮らしで、料理が下手で、いつもパンとかコンビニとかでご飯を買って生活していた」

「そう、なのですか? そう見えません、でした」

「すごいでしょ。私もこんなに上手になるとは思わなかったわ。……と話がずれたわね」


 コーヒーを呷ってから一息つく。


「その日は仕事で疲れて何もやる気が起きなかったの。

 コンビニでなにかを買って口にするのも億劫となり、そのうち人生とは何か、自分とは何か。それがわからなくなっていた。社会人になれば人生の選択は風呂敷のように広がりいろんなことができると思っていた。

 しかし違った。

 社会人とは社会を動かすための歯車の一部になることだと思った、いや、思い知らされた。今まで頑張ってやってきたこと、今まで働いていたことは自分のためではなく、社会のためと変質していたの。それを知った私は人生に疲れを感じていた」


 その時によっちゃんに出会ったの。とアキラさんが続ける。

 舞麻も視線を逸らさずじっとアキラさんを見つめていた。


「どうせなら美味しいご飯が食べたい。暖かくて温もりのあるご飯を、と思ってふらついていた時に出会ったのがここよ。

 その時もこの店はボロくて廃墟かと思うくらいだったね。今よりはまだボロくはなかったと思うけど……。

 中に入るといろんな人たちがワイワイと喋っていてとても幸せそうだった。その光景を見ていて私は居たたまれなくなりその場を去ろうとしたの」


 そしたら初代よっちゃんが声をかけてきた。


「おひとり様か? ならカウンター席に行きな。喫煙席しかねぇけど。と渋めな声で誘導されたの。いかつい顔をしていて()()()()かと思ったわ」

「やーさん……って?」

「まぁ、人道的ではない人のことだよ」


 あぁ、なる、ほど。と舞麻が納得する。


「その時に頼んだのが、紡ちゃんたちが食べたおにぎりと、味噌汁、豚の生姜焼き、生野菜サラダだった。

 最初はこんなにも食べれないと思っていたけど、一口食べた時人生とはこんなに綺麗なものなのかと思った。涙が溢れたよ、あぁ、美味しいって生まれて初めて思った」


 そしてその時出会ったのが正嗣だった。


「その時の正嗣はまだバイトで料理見習いだった。その時の正嗣はへなへなしててなに考えているかわからない人だったわ。

 私はその後週に二回通うようになった。通ううちに正嗣の料理の腕はめきめきと上達していったわ。そしていつしか会話をするようになった。

 なんで貴方はここで働いているの? と、正嗣は不思議そうな顔をしていた。

 だって、これが僕の人生だから、と答えたわ」

「……」


 その正嗣と、舞麻が似ている気がした。どちらも決められた人生を歩んでいるような。多分違うと思うけど、どちらも受け継いでいくものだから……、根本的なものが似ている気がした。


「その時、私は彼を愛してると気づいたわ。なら私もその人生に関わりたいって、思った。そして結婚した」


 惚気話かよ。と思ったが、ぐっと口を閉ざした。一度聞いているから言える立場だし。

 それに、それを言う立場じゃない。


「正嗣と結婚してから私も料理を学んで彼と一緒に切り盛りする様になった」

「では、何故……正嗣は亡くなったの、ですか? 交通事故って、何故……」

「子どもを助けたの」


 その声は冷静に平静を装って、端的に答えた。


「その子は九歳で、まだよっちゃんに来るのはそう来ていない時期だったかしら。その子を私たちは我が子のように愛しんだわ、そんな時に事件が起きた」

「そこからは俺が言っていいか?」


 俺は口を挟んだ。アキラさんはダメだといいかけたが、しばらく顔を伏せてからいいよ。と答える。


「その子どもは俺の妹だ。夢乃彼方は正嗣さんに助けられて生き残った子どもなんだ」


 そして彼方が、彼女が『勇者』として活動し始めたきっかけでもあった。

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