魔王、コスパを学ぶ。
高級レストランのウェイターは笑顔でありがとうございましたー。と丁寧なのか丁寧じゃないのかよくわからない語尾を伸ばして俺たちを見送った。
その店では俺と舞麻は何も頼んでいない。
水くらいしか飲んでいない俺たちを見送ったウェイターはきっと、「もう来るな、クソガキども」という感情を抱いているに違いないだろう。そういう視線がにっこりとした笑顔に滲み出ている気がした。きっと今度からは出禁に違いない。
全くその通りだ。否定しない。水を飲みにきただけで何も注文せず変えるのはレストランからしたら迷惑きわまりないだろう。
レストランから出た俺たちは露頭に迷うようにその場に立つ。目の前は交差点で、歩車分離式の信号だった。そして時間もかからず赤だった歩行者用の信号の色が変わる。
俺はその信号が青になるのを確認した後、歩き出した。
「さて、いきますか」
「で、も……どこに行く、のですか?」
舞麻は後ろからついて来る。
きっと、スケジュールとかそういうのが破綻したためにこれからどうするのか彼女は思いつかないのだろう。
ここでどうしようと考え込むのは男としてだめな気がした。
だから俺に任せろ。と言わんばかりのドヤ顔を作る。彼女を安心させる為に。
「もっといい場所を教えてあげよう。俺たち庶民が好きな場所……コスパの良いお店をな」
「コスパ?」
初めて知った言葉のように俺が言った言葉を繰り返す。
「そう、コストパフォーマンスって言うんだけど……支出した費用とそれによって得られたものとの割合のことだ」
「……」
例えばの話、五百円で昼食を食べる時、五百円で牛丼を食べるか、五百円で大きな皿にちんまりと置かれた肉を食べるか。…どちらが満足度があると思うかの話だ。
「どこかの大富豪ならちんまりと置かれた肉を食べて満足すると思うが、俺たち庶民……特に学生たちは効果が大きいものを選ぶ」
「なら、あそこの高級……レストランはコスパが、小さい?」
「大体正解」と俺は答えた。
なぜなら、他者によってはそのコスパの尺度が違うからだ。高級そうなご飯が食べたいという人にとってはさっきの高級レストランで腹八分目まで食べればいいし、お金がかからずたくさん食べたいというなら実家に帰ってご飯を食えばいいし人それぞれだ。
だけど今回俺たちが求めている条件というのは決められた金額しか持っておらずだけど、たくさん食べたいと思う学生達なのだ。
「だから、これから行くのはそのコスパが良いお店だ。いいか?」
「……はい!」
◇
と言うわけでたどり着いたのがボロボロの外観の店だった。
駐車場のコンクリートはひび割れ、ボロボロで隙間から雑草が伸びきっている。木々も鬱蒼としていて建物というより、廃墟に近かった。
料理の匂いはほんのりとするが、それこそボロボロの一軒家から漂う料理の匂いのよう。
その店の真ん前で俺と舞麻は立っていた。
「……あの」
「なんだ?」
舞麻が心配そうに質問して来る。
やめろ、そんな目で見るんじゃない。
「ここ……をレストランと、いうには程遠い……かなと」
むしろここには入りたくないという顔をしているな? 君。
「まぁ、たしかにここをレストランというには場違いかもしれないな」
「……?」
実際レストランっていうものじゃないと思うし……。
そのお店の看板は長い時間雨風に晒されてサビでよく見えていない。うっすらとペンキの跡があるため読めるといえば読めるのだが……。
ちなみに俺はその店の名前を知っていた。
「ここは【よっちゃん】という店でな。俺、夢乃家がお世話になっている定食屋なんだ」
「定食屋……?」
そして妹、夢乃彼方が生まれてから異世界に行くまでずっと大好きな場所でもあった。
「定食屋……もっと簡単にいうと大衆食堂かな……?」
レストランが食事を提供する場所というならば、定食屋は飲食店のうち大衆向けに廉価で食事を提供する食堂を指す言葉だ。
「こういうのを主にコスパの良い店って言うのかな。俺たち庶民や、学生が好む場所という奴だ」
自信に満ちた口調で俺がいう。しかし反応が薄かったので舞麻を見た。
愕然としていた。口をあんぐりと開けていて、美人な顔がだらしなくなっている。
その顔でそのよっちゃんを見ている彼女の肩を突くとビクッと肩が揺れた。
「大丈夫か?」
「あ、すいません。これが……人間達の店、なのですね」
人間達って……。
異世界の人間達がどんなレストランとか大衆食堂があるかわからないけど。
「魔物達の場合どんなのがあるんだ?」
あ、でも暗い話は無しな。と釘をさす。
「えぇっと……大体魔物には、金銭的な感覚がありません……。物々交換が基本で、人間達が持っている……金品は全て食べ物より、価値が低かったです」
「原始的だな」
「で、魔物達は、全て食べます。内臓も、肉も、骨も、……全てを命の糧として残すことを、しませんでした」
「それ、人間達に教えてやりたいよ」
この国は廃棄率とか表示されてる。廃棄されることを前提として物が作り出されているのだ。
たしかどこかのカップラーメンの会社ではお湯を切る行為によって蓋にくっついたキャベツを落とさず捨てることで年間数万トンの廃棄ができてしまうとか、そんなことを聞いたことがある。
多分魔物達にご飯を作ってあげるとパセリや、レタス、大葉などの脇に彩りをつけるための物も全て食べるのだろうか。
「ま、いいや」
空腹を訴える声が聞こえた。ぐううと腹の虫が泣き喚いていた。
それは隣にいる舞麻からだ。
「……」
聞こえないふりをしようと思い目をそらしていたが、顔から火が出るくらいに真っ赤になり、まだ沸騰しかかっていない湯気が頭からモワモワと出ている。
「き、聞いていないぞ」
「聞こえて……ますよね」
聞こえてしまうのはしょうがないだろうと不服を申し立てた。




