勇者、魔王への想いを語る。
後日談、というか今回の件について。
俺は彼方といつものように学校へ向かう。いつものように妹に揺さぶられ地味に体の芯へと叩き込まれる打撃で叩き起こされる。
「兄ぃ! おきて! またオーロラ姫のようにキス奪っちゃうよ!」
ふざけんな。妹に毎朝のごとくキスをされそうになる兄がどこにいるんだ。
そして、いつものように母親に怒られ、いつものように学校に行くように妹に急かされる。
電車に間に合わされた俺は、はぁ……と大きくため息をついた。
「兄ぃ。今日も私と登校してくれるなんて本当私のことが好きなのね! 私も兄ぃのこと大好きだよ! だから路チューしよ!」
「うるせぇ、ふざけんな。頭カチ割るぞ」
というかお前が叩き起こしたんだろう。してくれるってなんだしてくれるって。
過剰な愛情表現に俺は目頭を抑える。やぁーん。と恥ずかしそうに妹はいうが、年相応の女の子ではなくどこか年老いた大阪のおばさんみたいな言い方だった。
ふと、電車の窓から外を見た。流れて行く景色はまるであの時を思い出させる。一気に場の空気が変わるような感覚。
あの時の魔王から出て来た【あれ】はなんだったのだろうか。
「なぁ、我が妹よ」
「ん、なぁに? 兄ぃ」
あの紫の煙を撒き散らすあの少女は何者なのか。
そしてあの狂奔の演説は一体誰が作ったのか?
聞きたいことが腐るほどあった。だが、妹は全てを話そうとはしない。そういうタイプだと昔から知っている。
だから簡潔に単純明快な質問をしなければならない上に、その短い答えの中から俺が知りたいことを汲み取らなければならなかった。
「あいつは何者だ」
「あいつって? 私のこと?」
お前のことあいつと呼ぶか。ばかたれ。あぁ! ごめん! ごめんって! と謝る妹にため息を漏らす。
「ふざけるな。舞麻のことだ」
妹の黒い目が細くなる。俺の意図を読もうとしているのだろうか。俺はそれ以上を見ることもせずじっと妹の目を見返した。
はぁ、と今度のため息をついたのは妹だ。
「魔王ちゃん……比良坂舞麻は私が転移した世界の魔王よ」
「知ってる」
「そして私がこっちに連れて来た」
「知ってる」
情報に間違いがないかのように確認をして来た。その後も俺と妹が知ってることを言ってくる。
その確認行動に俺は苛立ちを覚えた。
「何が言いたい」
「兄ぃの知りたい魔王とは私が知ってる魔王ではなくて、魔王ちゃんだよね?」
俺はグッと言葉を詰まらせた。俺が知りたいのは彼女の境遇、背景だった。
それをお見通しと言わんばかりに妹がにっこりと笑って来た。
「それは私にいうんじゃなくて、魔王ちゃん本人に聞いたらどうかな?」
「めんどくさいことを」
「ダメだよ!」
妹は指を一本たてて俺に突き刺してくる。そして俺の胸をつんつんと二度と突いた。
「人生イージーモードって面白くないじゃん。個人の情報を他人に聞いて仲良くなれるのはおかしいと思うよ? どこかのエロゲーみたくヒロインに毎日話しかけるのが大事だと思うの」
そう言われてしまえばそうである。それ以上話を聞くことができなかった俺は舌打ちをするしかなかった。
「魔王ちゃんはまだここにきて日が浅いから、頼りになるのは私と兄ぃだけだよ? だから兄ぃが歩み寄ってあげないでどうするの?」
「歩み寄るって彼方、お前の方が仲いいんじゃないのか?」
なんせ異世界から連れてくるほどなんだろう? なら妹が責任を取ればいいじゃないか。と腕を組む。
しかし彼女は「そうなんだけどね」と苦い表情を浮かべた。
「私は私なりに彼女を見ているよ。実は演説の時に漏れでてた紫色の煙。あれは瘴気といって人にとっては猛毒だよ」
「瘴気?」
うん。と彼女は頷いた。猛毒なのですか。あれ。頭から出て来た湯気じゃないの?
「簡単に言えば場の空気を狂わせる猛毒だよ。時に狂喜乱舞にしたり、戦々恐々にしたり、魔王ちゃんは無意識にあの場にいた人たちに催眠をかけようとしていたの」
「催眠……洗脳……」
たしかに突然雄叫びをあげたり、演説を聞く生徒たちの目が血ばしったり、あれは狂気に満ちていた。あれを無意識にしてしまう彼女は……恐ろしく感じた。
だからと彼方は口を開いた。
「私はそのためにいる。勇者として、魔王ちゃんが人でいられるように見守っている。それ以上仲良くなったらきっと私は勇者でいられなくなり、勇者として魔王ちゃんを抑えることができない。だから兄ぃは魔王ちゃんの味方でいてあげて」
彼方も彼方なりに考えていた。
現実世界に連れてきた責任や、舞麻を見守ることを誓った責任は十五才の女の子には重すぎる。おそらく一生、死ぬまで彼女は魔王を見続けるのだろう。
その覚悟があるから、彼方は魔王をこちらに連れて来たのだろう。
だけどそれと同時に俺に役目を押し付ける形にするのは気に入らないけど。
「……彼方」
「ん?」
「お前エロゲーとかやっていたの?」
「え?」
エロゲーみたいにヒロインに話しかけるなんて言葉。未成年で妹から聞くなんて思っていなかった。
だんだん顔が赤くなっていき、なっ、なっ! と口を開閉しているあたり図星だったのだろう。
久しぶりに妹の意表をつけたような気がした。
「お年頃だな?」
「そ、そんなことないもん!」
どうだか、と反応をすると妹もムキになってきた。
「そんなこと言ったら兄ぃだっていつから魔王ちゃんのこと舞麻っていつから呼ぶようになったのさ!」
「それは、生徒会の演説の時に比良坂さんって呼んだら舞麻って呼んでくださいって言ったから」
「な、魔王ちゃんが!?」
はて、何かあったのだろうか?
妹が「まさかあの奥手ちゃんが……いやコミュ障魔王?」とボロボロに魔王を貶しているが、まぁそれに関しては俺がフォローすることではないし放っておくことにしよう。
なんせ次の駅ではその本人が待っているからだ。
電車が止まり、左側の扉が開く。俺たちがいつもいる車両は二両目の中扉だ。
ぷしゅうと空気の抜ける音と同時に扉が開く。その扉の向こうにいるのは黒髪の前髪で目を隠している少女だ。
「あ、おはよう! 魔王ちゃん!」
「お、はよう……ございます」
まるで魔王とは思えないような雰囲気で明るい妹と対照的な彼女を俺はじっと見ていた。
「あ、えっと……おは、ようござ……います。紡さん」
「あ、おう……おはよう。舞麻」
嬉しそうに頬を赤らめながら微笑んだ彼女に俺は目をそらした。
「あーれれー? 兄ぃときめいちゃったの? でもダメだよ! 魔王ちゃんは私の嫁なんだから!」
「ひゃっ……!」
「おま、こんなところで何してんだよ!」
後ろに回りながら魔王の胸を揉みしだく妹を俺は叱りつける。
魔王であるクラスメイトと勇者である妹の物語は始まってばかりだ。