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衰退世界の彼方まで  作者: 怠惰マン
9/9

脱出

 チッ、とキリカは舌打ちをする。


 奴は恐らく、この施設の最重要機密情報の隠蔽を企む者に雇われたのだ。だからその情報に関わっていたはずの結衣を殺害の標的としている。


 絶対的な根拠はない。が、たとえこの仮説が間違っているとしても、真実として捉え、次の行動を考えたほうがいい。楽観視する愚など決しておかしてはならないのだ。


 それに、奴――ウォースピリットは、生命のことなんて何とも思っちゃいない。殺害目標を発見すれば、周りにいる人間ごと殺処分する戦闘兵器だ。


 ゆえに、結衣の容姿がバレていようといまいと、ここにいる者たち全員を殺す気で攻撃してくるだろう。


 キリカはその事をよく知っていた。


 ――こちらへのルートを今すぐ遮断しないと……!


 直ちに一次対策が頭に浮かんだが、それは目の前にいる男の許可を得ないとできないことであった。そしてもしかしたら、つまらない理由で揉めるかもしれない。それだけは避けたい。この状況、数秒のロスが死に直結している。


 「扉を!」


 男が言い放った。キリカは一瞬虚をつかれたが、すぐに部屋の入り口前に行き、四角形の読み取り機にIDカードをかざした。


 ピーという音とともに扉が閉まり始める。同時に遥か向こうに佇む黒のライダースーツの死神が、黒紫の霧の一部分を矢の形状に変化させ、キリカたちに向けて勢いよく飛ばしてきた。


 それは三分の二ほど閉まりかけていた扉に直撃し、ゴン、という鈍い音を響かせて、扉の形状をくの字型に変形させた。


 きゃっ、と結衣の短い悲鳴が聞こえた。彼女の後ろにいる子供も、彼女の首にあてがうナイフを握る手から力を抜いて、数十センチの厚みがある鉄扉の有様に赤い目を見開き、驚きの表情を浮かべた。


 扉は死神の攻撃を見事に防いでくれたが、あと何発か食らえば確実に破壊されてしまうだろう。


 キリカは結衣を指さし、早口で言った。


 「彼女は歩けない。私が背負っていく。いいな」


 男は小さく頷き、拳銃をキリカに向けて構えた。「ナイフをどけろ、アキ」


 アキという子供はすぐにナイフをしまった。キリカはニムを叩くと(彼は立ち上がる)、素早く結衣の前にしゃがみ、彼女を背負った。


 その時、鉄扉に二度目の衝撃が加わる。


 鐘の音を間近で聞いた時のような空気の振動とともに、扉はさらに湾曲し、コの字型に変形した。さらにこちらに向かって走ってくる死神の足音も聞こえた。


 「急げ!」入り口の扉から離れて、キリカに銃を向けている男が叫ぶ。


 言われなくても――キリカはカードを読み取り機にかざし、出口の扉を開ける。目の前に上へ向かうための階段が現れた。


 即座に全員、階段前の小スペースに駆け込み、キリカはカードで扉を閉じようとする。


 閉扉の瞬間、入り口の扉が部屋の奥に吹っ飛んでいった。キリカは死神が突き出した拳を見ながら、体勢を階段に向けて、一団の先頭を走り始めた。


 階段は横幅が狭く、上りと下り、一人ずつの行き来ができるかどうか程度の広さであった。


 結衣を背負っているキリカはもの凄い勢いで階段を駆け上がっていった。その速度は、隣で爆走するアキという子供に拮抗するほどだった。


 彼女らの後ろにニムと男が横一線で並んでいた。


 ガン、ガンという、死神が自らの拳で部屋の出口の扉を破壊しようとしているであろう音を背中に浴びながら、一行は上っていく。


 意外にも階段は短かった。間もなくドアノブのついた簡素なドアが見えた。


 後方で、扉が破られたときに発生しそうな鈍音が鳴り響く。


 危機を察知したキリカは叫ぶ。


 「ニム、まきびし!」


 ニムの背中が開き、中から手のひらサイズのテトラポッドがいくつも飛び出し、階段の下に落下していった。


 この狭い空間、上から振り落とすことでそれは威力を発揮する。テトラポッドたちは、段をバウンドしながら階段下の死神に近づき、半径五十センチメートル以内に侵入すると青白い電光放って、対象に直撃させた。


 キリカがまきびしと呼ぶそれは、放出した電光に当たった対象の身体の運動機能を一定時間麻痺させる効果を持っていた。持続時間は人間だったら十時間程度、ウォースピリットだと……どのくらいだろうか。


 なるべく長く続いてくれ、と彼女は祈った。


 先程見えたドアが現れる。


 ご丁寧に開けている暇はない。この程度なら……。


 彼女はそのままの勢いで足を突き出した。瞬間、足の周りに炎のようなものが発生し、いともたやすく彼女はドアを破壊して、彼方に吹っ飛ばした。


 いまのは――。


 キリカはすぐに合点がいき、ほんの少しだけ笑みを浮かべた。


 ようやく地下シェルターから出られた彼女の前に広がったのは、中規模の駐車場だった。柱のコンクリートは損傷し、停車位置を示す白線もボロボロに剥げていた。もちろん現在、使用する人間はいない。だが名残として、自動車は未だまばらに止まっていた。


 地上の光が差し込む場所に向かって、キリカたちは足を動かし続ける。


 「このままヘリまで行け!」


 男が命令する。


 そう、うまくいくだろうか。


 キリカは楽観的にはならずに駐車場の出入口の坂を上がっていった。


 唐突に狼の吠える声が後ろから聞こえた。ちらと一瞥すると、地下シェルターの入り口に三体の狼型の機械が立っていた。黒紫の霧を纏っている。


 自分は動けないから機械を操ったか――。


 厄介な奴だと思いながらキリカは駐車場を抜け出す。


 眼前に現れた地上の景色は、これまで飽きるほど眺めてきた風景だった。灰色の塵が空気中を漂い、曇天の雲が太陽を覆い隠す。至る所に建っている高層ビル群は割れた窓ガラスと損傷したコンクリートに身を包みながら、かろうじて建造物としての威厳を保っている。ひび割れた地面のアスファルトの所々に、たくましくも鬱陶しい青々とした草花が数多に芽生え育っていた。


 核戦争後のゴーストタウン。かつての繁栄と栄光は遠い過去の思い出と化していたのだった。


 「あ……」と結衣が声を漏らした。直後にブルっと身体を震わせる。


 無理もない、とキリカは思った。零度以下の寒波を布一枚で受けて寒くないはずがない。


 早く温めてあげないと。


 だが今はその前にヘリコプターだ。キリカは記憶を辿りに走り、人も動物もいない大通りの交差点に向かった。


 そこにヘリコプターは着陸させてあった。彼女はそれを目視で捉える。


 あとはこの男と子供を殺すだけだ――が、その前に。


 キリカは振り向いた。男も同様の動作をした。そして彼女らはヘリコプターを背にして、同時に拳銃を構える。


 銃口の先には、十数体もの機械がいた。猿、狼、(初めて見る)鳥の形をした機械たちが乱雑に混じり、隊を形成してこちらに迫って来ていた。


 「手ぇ貸すぜ、兄貴!」アキという子供が小さな両手で銃を構える。


 キリカたちは引き金を引こうとした。


 すると突然、機械たちの一体一体にまとわりついていた黒紫の霧が上空に向かって立ち上り、ひとつの塊になるべく集合し始めた。


 キリカは不思議に思ったが、いまは機械たちの殲滅が先だと断じた。霧の憑依がなくなったとはいえ、襲撃は依然として止んではいない。


 ただ、霧がなくなったことで機械たちの心臓部をガードしていたものは消え去った。つまり核部破壊のシステムが有効になったということだ。


 キリカはゴーグル越しに映る推測弾道のレールを確認しながら、フルオートで銃弾を放っていった。


 キリカたちの攻撃によって倒れ逝く機械たちの上空に集まる、不気味な霧の塊。それは徐々に形を変形させて巨大な手のような形状になった。


 「なんだ、あれ……?」


 男が呟き、巨大な手はキリカたちに向かって動き出した。


 彼女らはその手に向かって銃弾を発射するが、効果はまるでなかった。銃弾はすべて対象の前で止まり、地面に落ちていった。


 ――このままくらうのはまずい。


 結衣の安全を最優先に考えたキリカは、斜め左前方にあるかつてのコンビニエンストアに向かって駆け出し、巨大な手の攻撃から逃れようとした。ニムと男たちもキリカに続いて走り出す。


 コンビニエンスストアに入った一団は、割れた窓ガラスから巨大な手の状況を確認する。


 巨大な手は逃げたキリカたちには反応せず、そのまま交差点の真ん中に移動した。


 ――まさか……! 


 そしてヘリコプターを掴むと、ゆっくりとした動きでそれを握り締めた。


 間もなく脱出用のヘリコプターは派手に爆発し、炎上した。

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