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衰退世界の彼方まで  作者: 怠惰マン
8/9

交渉


   5


 男がこちらに突撃してくる理由はただひとつ、プラズマシールド内での戦闘を望んでいるからに他ならない。


 銃弾がシールドに阻まれたことで、シールドの外側からの射撃は意味をなさないと悟ったこいつは、内側からの攻撃に戦闘方針を切り替えた。


 それを受けて、キリカは考える。


 ――いまの最善策はどっちだ?


 プラズマシールドは、ある一定以上の衝撃を与えるものを識別して対象の物体の侵入を遮断する。そのボーダーは専門的な技術が使われており、厳密で細かい境界線をキリカはあまり理解できていない。が、いまこの状態でこれだけははっきりとわかっている。銃弾はガードできるが、人間のタックル程度はガードできない。つまり、このままでは男の突入は避けられないのだ。


 加えて、このプラズマシールドというものは内側からの衝撃も感知し、遮断を行ってしまう。防御は双方向に機能するのだ。ゆえに、キリカは当初、拳銃の銃身だけをシールドの外に出して標的を撃とうと考えた。しかし男は銃撃が無意味だと悟るや否や、即座にシールド内に向かって駆け始めた。そのため、このままだと銃を構えているあいだに侵入を許す結果になってしまうだろう。


 ならば、残された道は二つ。


 男の侵入をあえて許し、シールド内で迎え撃つか。


 それとも、キリカ自身もシールドの外に出て行って、男との一対一に興じるか。


 彼女は瞬時に判断する。と同時に身体が動き出し、男めがけてタックルを繰り出した。


 シールド内での戦闘はリスクが高すぎる。もし結衣に何かあったら、今回の任務は失敗である。だからシールドの外で戦うしかない。


 キリカのタックルを受けて男は仰向けに倒れる。キリカはその上に馬乗りになった。


 男は右手に持っていた拳銃をキリカの顔面に向けて、至近距離で放つ。銃の位置をいち早く察知し、動きを先読みしていたキリカは紙一重で弾を避け、男の拳銃を掴み、じりじりと横へ押しやる。


 男も歯を食いしばって懸命に抗おうとするが、無表情で迫るキリカの力の大きさに勝てる由もなく、不幸にも、どちらかの指がマガジンキャッチに触れて、まだ弾の入っている弾倉が地面に落下した。


 キリカはそれをすかさず、片手で遠くほうに飛ばす。


 「こんの……」その一瞬の隙を男は見逃さず、キリカの横腹に殴打を繰り出した。


 予想外の衝撃だった。キリカは思わず短い呻き声をあげ、男の上から降ろされた。


 すぐに男は銃弾を発射しようとしたが、その前に素早くキリカはごろごろと、部屋の奥の暗闇に横転していき、姿を消した。


 マガジンを拾いに行くか。残り一発の拳銃で慎重にこちらを狙うか。


 どちらにしても微量の時間がかかる。


 それで充分。キリカは腰の拳銃を手に取りながら、立ち上がる。


 暗闇の中から男の姿は一目瞭然だ。


 ――構えて、容赦なく撃っ……。


 「そっちの女だァ!」


 突然男は親指で結衣を指した。


 次の瞬間、結衣の後ろに天井の配管裏から人間が降って来た。その人間は迅速に結衣の首元にサバイバルナイフをあてがい、言い放った。


 「やったな、兄貴!」


 少女とも少年ともとれる、幼い子供の声だった。短めの白髪に赤い目をしていた。そいつは横にいたニムを軽く蹴飛ばす。「ア、アァ……」とニムは声を漏らした。


 しまった、とキリカはここで失態に気づく。


 ――1人じゃなかったのか……!


 彼女は拳銃を構えながらも、トリガーを引けずにその場で立ち尽くした。


 「彼女が大切だろ」


 男が、飛ばされた弾倉を拾いに歩きながら言った。


 「俺が突っ込んだ時、お前はあの変な物の中で、俺を迎え撃つことをしなかった。あの女の近くで、戦うことをお前は嫌ったんだ。それはあの女が、お前にとって重要な人間だからだろ? ならお前を女から引き離して、人質にしてしまえばいい」


 男は弾倉を拾い、拳銃に戻した。


 キリカは、本来部屋の中を照らしているはずの蛍光灯が、全て割られていることに気がついた。もしかしたらこの部屋の暗闇はこいつらが意図的に引き起こしたものかもしれない、と思った。


 「明るい場所に出てこい。交渉を始めよう。素直に従えば、生かしてやらないこともない。だがもし逆らうなら、あの女の首をすぐに掻っ切る」


 人質に取られた結衣は、身体を小刻みに震わせ、顔を恐怖に歪めていた。


 キリカは見ていられず、男の前に銃を降ろした状態で姿を現した。


 「それでいい。で、人質の解放の条件だが……」


 男の後ろにある、部屋の入り口。鉄の扉は開けっ放しになっていた。そしてその向うの通路の遥か先に、狼の形をした機械がいることにキリカは気がつく。さらに、その機械が発生させていた黒紫の霧が次第に消えていき、どこかに流れていった。


 ――これはまずいな。流石に……。


 キリカは冷や汗を流した。


 その様子には目もくれず、男は言葉を続ける。


 「さっきと同じだ。お前たちの所持品をすべて渡せ。地上にあるヘリもだ」


 キリカはここに来るための移動手段として、また脱出手段として用いるため、搭乗してきたヘリコプターの姿を頭に思い浮かべた。


 なるほど、と彼女は納得する。


 ――シェルターのネットワークに侵入したのが彼らだとしたならば、彼らは電子機器をハッキングする機械、能力を携えているという事になる。そして多分ヘリコプターを発見した際、ハッキングを試み、機内のハードディスクに保存されていた今回の任務についての詳細データを閲覧し、シェルター内にこうして張り込んでいたわけだ。


 ヘリコプターには帰還時の承認作業(機体の一致と搭乗者の照合)を行うために機体に使用目的と搭乗者のデータを載せておく決まりになっていた(搭乗者のデータは当人以外の操縦を不可とする役割も担っている)。しかし搭乗者のデータには網膜、指紋情報はあれど、顔のわかる情報がない。だから、ニムはともかく、結衣とキリカのどちらがヘリの搭乗者かは第三者にはわからない。そのため男たちはキリカを特定する必要があった。


 つまり男たちの目的はキリカを見つけること。


 そして現在彼らは大方の予想をつけ、さっきの言葉を発したのだ。


 キリカは下唇を噛んでから「わかった」と言った。


 結衣の命がかかっている状況で。それ以外の答えはなかった。


 男は無表情で頷く。「よし。だが俺たちはヘリを動かせない。搭乗者であるお前か、そっちのロボットの承認が必要なんだろ? だからヘリの前までついてきてもらう。でもまずは、所持品のチェックだ。裸になって全部出せ」


 「……全面的に条件はのむ。だが、場所を変えてくれないか、せめて地下シェルターを出た後にしてもらいたい」


 「ダメだ。いまここで、やるんだ。口答えするならあの女を殺すぞ」


 「いや、ただのくだらない口答えじゃない。時間がないから言っているんだ。実は私たちのほかにも、このシェルターには誰かがいるらしくてな」


 「なに……?」


 「早くここを出ないと、そいつがやってくるかもしれないんだ」


 その時、近くからコンクリートを盛大に破壊する轟音が響いてきた。空気と部屋全体を振動させる。地震のように地面が揺れた。


 「……! まさか……さっきから鳴っているこの音……」男の顔色が一瞬にして変わった。「そいつの目的は……?」


 「たぶん彼女の抹殺だ」キリカは結衣を顎で指した。「彼女は私たちの大切な人だ。彼女が死ねば私もそっちのロボットも自決する」


 「…………わかった。すぐにここを出よう」


 「話のわかるやつで助かるよ」


 「アキ、撤収だ。交渉の続きは地上でやる。その女から目を離すな」


 アキ、と呼ばれた子供は「りょーかい」と結衣の首にナイフを当てながら答えた。


 と、その時、この部屋にまで通じる道の途中、狼の形をした機械が佇む場所の地面が大きく破壊された。出来た穴にその機械が落ちていくのと交代に、穴の中から黒のフルフェイスヘルメットとライダースーツを身に纏った何者かが浮上してきた。身体の周りには黒紫の霧を大量に従えていた。


 来た、とキリカが呟き、男も振り返ってその死神の姿を視認した。

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