表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
衰退世界の彼方まで  作者: 怠惰マン
7/9

出口

 結衣は再び目を閉じ、暗闇の中、上下に揺れる自身の肉体を感じた。


 キリカは足を止めることなく、突風のように進んで行く。


 しばらく直進、まもなく右折、そして左折。幾度かそれを乱雑に繰り返す。時には長い階段をいくつも上る。さらには、何度か銃声を響かせた。恐らく、先程襲って来た機械たちの同種を見かけ次第、すぐに排除していっているのだろう。


 ちらと結衣は瞼をあける。目に飛び込んできた風景は、さっきと同じような、コンクリートで作られた壁と蛍光灯に照らされた灰色の地面、それからそこに横たわる猿型の機械だった。


 機械はともかくとして、結構進んだはずなのに周りは未だに同じ光景であった。


 まるで巨大迷路のようだと思った。


 ただただ漠然と巡っていたら、現在地がどこなのかわからなくなるのではないかと思わせる構造をしていそうだった。


 だが、キリカは余裕綽々といった様子で難なくその迷路を攻略していく。出口までの道筋がわかっているかのように。


 まあ、それもそのはずか、と結衣は納得する。キリカたちは、シェルターの入り口から冷凍睡眠室まで遥々やって来たのだ。だから、いまはその道を、単純に逆走しているだけに過ぎない。


 加えて、この一切の迷いなき疾走は、明らかに記憶以外の何かを頼りにしていそうでもあった。どこかの童話ではないが、帰り道がわかるように何か目印を置きながら冷凍睡眠室まで来たのかもしれない。ならば、この自信のありようにも頷ける。


 ――うん、大丈夫だ。きっと大丈夫……。


 結衣はキリカを信じていた。いや、信じたいと思っていた。


 ニムの話が本当なら、結衣はこのまま死を待つだけだったのだ。しかし、キリカが三十年の眠りから自分を目覚めさせて、救ってくれたおかげでいまこうして生きていることができる。命の恩人だ。それだけでも信頼できるのだが、加えて、これは直感に過ぎないけれど彼女はすごく安心するし、温かい人間だと思った。


 身体を密着させて人肌の温もりを感じている影響もたぶんにあるかもしれないが、結衣はそう思っていた。


 ああそうだ。助けてくれたことに感謝しなければならない。


 お礼を言うのを忘れていたことに結衣は気づいた。


 その時丁度、キリカの走る速度が落ちはじめた。出口が近いのか、段々とゆっくりになって行き、やがてジョギング程度にまでなった。


 この速さなら言えると結衣は確信した。


 「あの、ありがとうございます。助けてくれて」


 彼女の言葉を受けて、キリカは口を開く。


 「礼なら、依頼人に」


 少しそっけない口調だった。


 「はい、でもやっぱりキリカさんは命の恩人ですし」


 「ああ、そう……」


 人の好意に慣れていないようだった。それがまた人間臭くて、結衣はますますキリカに親しみを感じた。


 間もなく彼女の足が止まった。そして目の前には巨大な鉄の扉が現れた。


 するとはるか後方で轟音が鳴り響いた。遠方から聞こえる雷の音のようで、あまり現実感のわかない事象だった。


 が、それが意味するところは容易に想像することができた。


 「いまの音……」結衣はつぶやく。


 「気にするな。大丈夫だ」


 キリカはそれだけ言って、扉の近くにある四角形の物体にカードらしきものをかざした。


 ドオン、と轟音――何かを破壊する音が、再び後ろから聞こえてきた。


 さっきよりも近いか、遠いか、同じか…………ダメだ。判断がつかない。


 鉄の扉が横にスライドしていく。


 キリカたちは躊躇することなく、その先に足を踏み入れる。目の間に広がったのは、十畳ほどの空間。これまでの通路とは違って、蛍光灯のような明かりの類は一切なかった。そのため部屋は暗く、通路の光が差し込んでいるとはいえ、奥の方は全く見えない状態だった。


 天井を伝い、複雑に絡み合う配管のほかには特に何も目につかない空間。何のために存在したのかもわからない部屋だった。


 向かって右のほうに、入り口と同じような扉が設置されている。


 「あの扉の先の階段を上がればシェルターの外に出れる」キリカが言った。出口はもうすぐだという旨を結衣に伝えた。


 後方から轟音が響いてきた。音は、かなり近づいてきていた。死神の足音のようだと結衣は思った。


 「行こう」キリカは歩きだす。


 しかし、次の瞬間、部屋の奥の天井が一瞬閃光を放ったかと思うと突然キリカの動きが止まった。


 彼女は、ぐっ、と小さな呻き声を出しながら、斜め前に身体を傾ける。そのまま流れるように倒れていった。背負われていた結衣も当然のごとく、身体を地面にたたきつけられる羽目になる。


 「いだぁっ……!」


 結衣は苦痛に顔をゆがませながら、何が起こったのかと思い、傍で横たわるキリカを見た。


 彼女は身体を起こし、眉間に皺を寄せて必死に両手で自身の足首のあたりをいじっていた。よく見ると、彼女の足首にはワイヤーのようなものが巻き付いており、両足の自由を奪っている。彼女はそれから逃れようと、ワイヤーを引っ張ってちぎろうとしていた。


 「だ、大丈夫ですか、キリカさん!」


 「ああ、君は?」


 「大丈夫です。ちょっと腰を打ちましたけど全然平気です。それより、その足は……?」


 「まんまとしてやられたよ。出口前だからって油断してたな」


 結衣は地面についていた手から、軽微な振動を検知した。彼女は即座に、さきほど光を放った天井の方向を振り向く。そこに、たったいま天井の配管裏から地面に着地した何者かの影を認めることができた。


 そいつはゆっくりとこちらに足を送り出し、やがてその風貌が露になる。


 「驚いた。本当に人間がいるとは……」


 低めの声。男の声だった。彼は黒茶色がかったズボンを履き、ボロボロの布切れを身に纏っていた。髪の色は群青に近い黒色で、灰で汚れた顔を結衣たちに向けていた。


 その手には黒色の拳銃。銃口は当然、彼女たちに向けられており、ニム、キリカ、結衣の誰かが不審な動きを見せれば対象の殺害を容赦なく実行すると告げていた。


 「目的はなんだ?」キリカが男を睨みつけながら、威圧的に訊く。


 男が答えた。「とりあえず武器の類は全部捨てろ。それから服を脱いで裸になれ、そっちのロボットの機能を停止させろ。所持品は全てチェックする。少しでも不審な動きをすれば即座に撃つ」


 「なるほど。所持品の中に、金目のものがあるといいな。なかったら私たちを奴隷にでもするのか。それとも人身売買か」


 「早くしろ。無駄口叩くんなら、今すぐ撃つ」


 「あっても奴隷かな、これは」


 おい、と男が言ったとき、結衣は気がついた。ニムの手の平の先がキリカの足首に向いていることに。正確には足首に巻き付いているワイヤーに。


 そこで結衣は考えた。キリカの挑発的な態度は何を意味しているのか、と。


 ――もしかして……、時間稼ぎ……?


 結衣は現在の状況に恐怖を感じていた。もしかしたら、一瞬後には自分は死んでいるかもしれない。死なずとも、弾が身体を貫き、痛みもがき苦しむかもしれない。そう思うと、身体の至る所に変な力が入り、かえって余計な動作を起こしそうだった。


 その状況でできることは、生き残る道を探すこと、キリカを信じることだけだった。結衣は誤作動を起こしそうな身体とは裏腹に頭の中は今までにないくらい冴え渡っていた。


 瞬間、彼女は、あの、と口を開く。


 男が結衣に目を向ける。「なに?」


 彼女は意を決して言った。


 「わ、わたし、もうこれ一枚しか着てないんですけど……裸になっちゃってもいいんですかねぇ!」


 「は?」


 その時だった。ニムの手の平から何かが発射され、キリカの足首のワイヤーに直撃した。それは円形の刃がついた小型のナイフだった。


 直後、ニムがプラズマシールドを起動し、水色の膜が三人を覆う。一秒もかからなかった。


 「なっ……!」


 シールドにあっけをとられた男は、一瞬だけ遅れてからキリカに向けて銃の引き金を引いた。しかし銃弾は薄い膜に阻まれ、地面に落下していく。


 キリカは振り向き、腰にある拳銃に手をかけた。と同時に男はこちらめがけて突っ込んできた。


 結衣は争いの邪魔にならないようにニムに近づき、身体を丸めた。


 轟音という名の死神の足音が再び鳴った。それは着実に近づいてきていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ