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衰退世界の彼方まで  作者: 怠惰マン
6/9

刺客


   4


 通路の先に現れたのは、二体の機械。結衣はその姿を目の当たりにして、何だか猿っぽいと思った。二足歩行で、人間よりも過度に曲がった背中、なにより動き方が猿そのものだった。


 「すまないが、いったん降りてくれ」


 女の人が神妙な面持ちで、通路の端に行き、しゃがんだ。


 「あ、はい」


 結衣は、しがみついていた手をはなし、床に腰を落とす。で、立とうとしたのだが、足にまったく力が入らず、生まれたての子鹿のような状態になった。


 「長期睡眠の弊害だ。力の入れ方を忘れているんだ。でも大丈夫、すぐに歩けるようになるから」女の人が言った。


 「あ、あの……」


 そういえば、名前……。


 「名前はなんていうんですか?」


 結衣の言葉に、女の人は目を丸くした。まるでその質問を予期していなかったかのように見えた。


 その表情は、いままでの言動やさっきの真剣な眼差しからは、大きくかけ離れたもので、初めて見るものに対して無邪気に驚く少女のような顔だった。結衣は不覚にも、ドキッとした。


 「……キリカだ」


 女の人は、また険しい顔つきに戻り、凛とした声で自分の名を名乗った。


 「キリカ、さん……ですか……」


 結衣は記憶に刻み込むように、その名前を復唱した。


 「ニム、プラズマシールドを展開しろ」


 「了解デス」ニムは結衣に近寄り、水色の楕円形の膜を身体から出現させた。それは結衣をも包み込む。彼女は驚きながら、自信を覆ったドーム状の何かを内側から眺めた。


 「これ、何?」


 「そこにいれば安全だ」


 結衣の疑問にキリカが反応する。ニムが答えるのを制したように思えた。彼女の答えは正しいものではなかったが、いまはそれで良いのかもしれなかった。この奇妙なものを出現させたロボットに質問しても、どうせ自分には理解できないと結衣は思ったからだ。だから、ここにいても大丈夫なのかということだけを知れればそれだけで充分なのだ。


 キリカは前方の道に向き直り、拳銃を構えた。すると、猿のような機械たちもこちらに気がついたようで、キリカに向かって走りはじめた。


 キリカは容赦なく引き金を引いて、銃口から弾を発射した。銃声が通路内に響き渡った。結衣はその音に吃驚して、思わず耳をふさいだ。それによって彼女は、銃声を聞くのはこれが初めてなのだということに気がつくことができた。


 銃弾は、駆けてくる二体の機械に命中したはずだったが、彼らはひるみもせず、その足を止めることもなかった。その代わり、彼らの身体から黒い霧のようなものが、うねうねと立ち上りはじめた。


 「核部破壊を切れ」


 キリカは一言そう言うと、両手でしっかりと銃を構え、二回トリガーを引いた。今度の銃声は先程よりも一段と大きく、反動も大きいようだった。撃つたびにキリカの両腕は、上に大きく上がり、足を半歩下がらせた。


 銃弾は見事命中し、機械たちは青白い電光を煌めかせながら、前に向かって、派手に転げまわった。


 勢いが止まると、彼らは獣のような呻き声をあげながら、キリカを睨み、何とか立ち上がろうとしてもがきはじめた。しかし、彼らの足にはキリカが撃った銃弾が埋め込まれ、鉄の骨格と、筋肉のようなゴムチューブが激しく欠損していたため、絶対に叶うことはなかった。


 キリカは、二体の機械の近くに歩み寄る。機械たちからは、黒い霧状の物質が絶えず流れ出ていた。その物質はやがて、機械たちを離れると、彼らが来た道を引き返すように、素早く移動していった。同時に、彼らから、その物質は綺麗に消失した。


 キリカはその様子を確認してから、一体ずつ、勢いよく踏みつけた。直後、彼らはショートするように一回激しく電光を放って、完全に沈黙した。彼女が破壊したのは、恐らく機械の心臓部だったのだろう。


 一連の様子をただ黙って、目を見張りながら見ていた結衣は、ようやくここで口を開く。


 「それ、何ですか? 何の機械ですか?」


 「猿だ」ニムが答える前に、キリカが言った。「動物の生態を模して作られたロボットだよ。面白いだろ」


 全然面白くなかったが、場を和ませるための言葉だと解釈して、結衣は軽く愛想笑いを浮かべた。


 ん? でもじゃあ、あの霧みたいのは何だったんだろ? 猿ってあんなの出さないよね?


 「ウォースピリット……」キリカが呟いた。


 え、と結衣は声を漏らす。


 「いや、大丈夫、何でもない。ただ、少し厄介なことになったかもしれないな」


 「ウォースピリットの霧力むりょくでスネ」ニムが言った。


 「ああ、核部をプロテクトしていた。色からして属性はボイド。こいつらを操ったんだろう。倒したら発生源に戻っていったから、わたしたちの居場所がバレるのは時間の問題だな」


 キリカはそういいながら、地面に横たわる猿型の機械を何度もストンピングした。そして、四肢がもがれて、胴体だけになったそれを片手で持ち上げた。


 「それはそうとして、これも貴重なものだ。持って帰る」


 ハイ、とニムは返事をして、自分自身を覆っていた水色の膜を消し去ると、背中をパカッと開いた。


 「ええっ!」


 すぐ近くで見ていた結衣は、驚愕の声を上げる。ニムの背中がいきなり開いたことにも少なからず動揺したが、なにより驚いたのは、彼の体内が、真っ暗で空っぽで、何も見えず何も存在していないことだった。


 「これっ……ちょっ、な、なに、えっ、なにこれっ?」


 結衣の言葉に誰も反応せず、キリカはてくてくとニムに近づき、手に持っていた鉄の塊を、ニムの背中にポイっと放り込んだ。


 放り込まれた鉄の塊は、ニムの体内の暗闇に消えていった。


 「えええええっ!」


 結衣はまたも声を上げた。


 「こいつの体内は亜空間に通じてるんだ。だから、この入り口に入るサイズなら何でも収納できる」


 キリカの説明をポカーンとした表情で聞いていた結衣の口端から、透明な液体が流れ出てきた。


 いかん、よだれが……。


 すぐにふき取った。


 キリカがしゃがんで背中を向けてきた。「乗って」


 「あ、失礼します……」結衣は彼女の背に乗った。


 キリカは立ち上がる。「どうやら、君を殺そうとしている奴が近くにいるみたいだ」


 「え……!」


 「居場所も多分バレた可能性がある。だからこれからは走って出口に向かう。さっきよりも強く私にしがみついててくれるかな?」


 結衣は両腕と両足に力を込めてみた。先刻よりも大分力むことができそうだった。「はい、大丈夫そうです」


 「よし、じゃあ行こう」


 キリカは徐々に歩く速度を速め、やがて走りはじめた。


 予想よりも断然速かった。周りの風景が見る見るうちに、後ろに通り過ぎていく。


 「速っ……!」と思わず口に出してしまうほどであった。


 気を抜いたら振り落とされる!


 そう思った結衣は、キリカの背中に身体を密着させ、手足で彼女の身体をがっちりとホールドし、目を瞑って力を込めた。


 ふとニムのことが気になり、ちらりと斜め後ろを一瞥した。


 彼はまるで短距離走を走る陸上選手のように、しっかりとしたフォームでキリカについてきていた。


 その見た目は、結構キモかった。

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