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衰退世界の彼方まで  作者: 怠惰マン
1/9

侵入


   1


 円盤型偵察機フローティングディスクが落ちた。円の形をした鉄の身体が、灰色の床に横たわった。青白い電光を筋肉の痙攣のようにバチバチと煌めかせ、周囲を明るく照らしている。直径約三十センチメートルの体躯はピクリとも動かない。


 機能停止の危機に瀕している。その原因は、先刻撃ち込まれた9mmパラベラム弾のせいだった。


 偵察機の近くに歩み寄る一人の女がいた。


 彼女――キリカは、地に転がった機械にハンドガンの銃口を向けながら、立ち止まった。額を覆うほどの、顔のサイズに不釣り合いな大きさのゴーグルを軽く指先でなぞる。


 そして電光を放つ機械を勢いよく踏みつけ、活動を停止させた。あたりが暗くなり、円盤型偵察機フローティングディスクは完全な鉄くずと化した。


 キリカはその場にしゃがみ込み、それに目を向け、慎重な手つきで拾い上げた。


 「製造番号1011―A238……、ディスクシリーズの初期型だ」彼女は目を輝かせる。「まさかこんなところでお目にかかれるなんて」


 すると、彼女の傍に二足歩行の機械がやってきた。ポリバケツのような形をした上半身に、細い手足のついた、なんとも不格好なデザインをしたロボットだ。単眼のような丸いカメラが上半身の中央部に埋め込まれている。体長は百五十センチメートルといったところ。キョロキョロとその眼を左右に動かして周りを警戒している。


 「貴重なものでスカ?」ロボットは抑揚のない、くぐもった低めの機械音声でキリカに質問した。


 「ああ、戦前に開発された警備用ロボットで、今でも開発が続いているディスクシリーズの最初期のモデルだ。旧時代の遺物だよ、ニム」


 ニムと呼ばれたロボットは「そうでスカ」と平坦な声で反応した。


 「持って帰る。背中を開けてくれ」


 キリカの声に応じるように、ニムの背中の鉄肌てつはだが観音開きの要領でパカッと開いた。キリカはそこに、貴重な遺物をポイッと放り込んだ。遺物はニムの体内の亜空間に消えていき、扉は閉じた。


 「進みマショウ」ニムが言った。


 キリカは、そうだなと頷く。杏色の髪の毛がほんの少しだけ揺れた。


 ガシャンガシャンガシャンガシャン!


 と激しい駆動音を立てながらニムは先行していった。キリカも後に続く。


 僅かな光も存在しない、真っ暗な通路。そこを二人は小型の携帯電灯で照らしながら、進んでいった。


 途中何度も円盤型偵察機フローティングディスクに出くわした。それらは青色の光を伴って移動していたため、容易にその存在に気がつくことができた。


 発見次第即射殺を心掛け、キリカは目についた偵察機を片っ端から破壊していった。もしこちらに気がつかれたとしても、警戒音を発するだけでそれほどの脅威ではなかった。また、その音に反応して別の機械がやってくることもなかった。この施設がまともに機能している時代だったなら、恐らくその音で人間の職員が駆けつけたシステムだったのだろう。しかし今はただ空しく、冷え切った空気を振動させるだけであった。


 「侵入し放題だな」キリカはぼやいた。


 「この地下シェルターはもはや廃墟同然デス。当たり前デス。でスガ、そのおかげで任務達成の率が上がりマス」


 確かに、とキリカはニムに同調した。


 二人は暗闇を一歩一歩前進していく。


 やがて、銀色に輝く正方形の鉄扉に突き当たった。


 「ここかもしれマセン」とニムは発する。


 キリカは唇を尖らせて息をはいた。ニムの言葉を否定することはできなかった。実際にその場所をキリカは見たことがなかった。ニムも同様である。しかし、施設の端々を隈なく捜索しなければならないという考えは持ち合わせているわけで、たとえ扉の先にどんな脅威が待ち受けていようとも、ひとつひとつ虱潰しに可能性を追っていくしかなかった。仕事とはいえとんでもなく手間のかかる作業である。


 ゆえに、キリカはこの扉の先が目当ての場所であることを祈りつつ、こげ茶色のズボンのポケットから名刺サイズのカードを取り出した。それは、このシェルター内で使われていた専用のIDカードである。しかも職員用だ。今回の任務の依頼主から預かったものである。このシェルターに入る際にも使用した。


 キリカは、それを扉近くの壁に設置された、四角形の読み取り機にかざしてみた。


 少しの間の後、ピーという音が鳴って、開錠を示すかのようなサウンドが響いた。


 ゴゴゴゴ、と地面を擦るような低音を出しながら、厚い鉄扉が横に滑っていく。


 「ネットワークは生きてそうだな」キリカはその様子を見て、安堵しながら銃のスライドを引いた。シェルター内の電力が生きていることは、施設侵入の際のID読み取りという手続きで確認できていたが、それでもやはり何ともいえない一抹の不安はあったのだ。だがこうして払拭された以上、前に進むことにいっさいの雑念は必要なくなった。


 彼女は壁に身を隠し、扉が開ききったところで、銃を構えながら中に侵入していった。


 グレーチングでできた通路に足を踏み入れる。左右真横に伸びた一列の道だった。パイプのような手すりが足場と平行に備え付けられていた。


 キリカは携帯電灯で周囲を照らし、風景を視認する。


 工場等で散見されるような網目状の通路の下には、高さ五メートルほどの空間があった。さらに、キリカの前方数十メートル先には映画館のスクリーンほどの大きさのディスプレイが設置されている。部屋の大きさは小劇場と同等だった。


 キリカは銃を構えたまま右を向き、足を送り出した。階段で下の空間に下り、巨大ディスプレイの近くまで行こうとした。


 途中で長机が横一線にいくつも並べられていることに気がついた。机の上には、埃をかぶった何かしらの計器と、小ディスプレイとが羅列されていた。


 ニムが何かを発見したようだ。彼は自身の頭部にあたる部位に埋め込まれた携帯電灯で自身の手元を照らし、手の平からイヤホンジャックのようなものを自動で取り出した。それを計器にある一つの端子に挿し込むと、部屋内の蛍光灯が次々に点灯していった。恐らく彼は、依頼主から預かったカードのユーザーIDとパスワードを入力し、正規の手順でシェルターのネットワークに侵入したのだ。


 「ここは管理ルームのようデス。シェルター内の様々なシステムをここから操ることができマシタ。シェルター内の情報もたくさん格納されていマス」


 キリカにとってその情報は僥倖だった。


 「なら、マップを手に入れてくれないか」キリカは早速言った。地図を手に入れて探索時間を大幅に短縮しようという魂胆だった。


 「やってみマス」


 そしてすぐに、巨大ディスプレイにウィンドウがいくつも映し出された。それら全てに英数字の羅列が所狭しと表示されていた。キリカには、当然のように意味が分からない。ただ、画面の中央に位置するウィンドウだけは何となくどういうものか察しがついた。それは長方形で、白色のテキストボックスを二つ所持していた。ユーザーID及びパスワードの入力画面だろう。


 ニムが声を発する。


 「マップ情報の持ち出しは原則禁止とされていマシタ。ゴールドクラス以上の権限を持つ職員だけが特例として手に入れることができたようデス」


 「私たちが預かっているカードの権限は?」


 「シルバークラスデス」


 「足んないな。持ち出しが無理なら閲覧はどうだ?」


 ディスプレイにパスワード入力の画面がもうひとつ表示された。「一般職員ブロンドクラス以上のIDとパスワードで見られマス」


 本当はマップデータを取り出して目的地までの道順をマークしたいところではあったが、致し方ない。


 キリカは、この場で当建物の内部構造を網膜に焼きつけることに決めた。


 「よし。じゃあ閲覧を……」そう言ったとき、突如としてけたたましいブザー音が鳴り響いた。それはまるでサイレンのようだった。

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