1、異世界に生まれた日
狭い卵の中からようやく出る事のできた私は雲一つない美しい空に見惚れ、けれどすぐに我に返った。
ぐぅとお腹が鳴き、空腹を訴える。
何か食べるものはないかなと辺りを見回し、地面に転がる”卵の殻”に気が付いた。
さっきまで私を閉じ込めていたその殻は、なぜかとてもおいしそうに見えた。
何の生物かは忘れたけれど、生まれた直後に卵の殻を食べる生物が居たなぁと思い出す。
おいしそうに見えるし、私は生まれた直後に卵の殻を食べる生物なのかもしれない。
それなら、食べても大丈夫だよね。
試しに一欠け、口へと入れる。
出る時の硬さは何だったのかと思えるくらいに簡単にかみ砕け、ごくりと呑み込んだ。
ほんのりとミルクっぽい味がして、おいしい。
残りの卵の殻を次々に口に入れては、ぼりぼりと咀嚼し、胃の中へと送り込む。
全ての殻を食べ終えると、げふっとゲップが出た。
下品かなと思ったけれど、赤ん坊はミルクを飲んだ後にゲップをするものだ。
今の私は人間ではないのだし、何かの生き物の雛か幼生か。とにかく、生まれたての子供であるのだから、ゲップが出るのは元気な証だ。問題はない。
そこでふと、私は何の生物に転生したのだろうかと疑問に思った。
手足を見れば雛にしては鋭い爪が生えていて、背中にはコウモリのような翼が生えていた。
白い鱗は太陽の光を反射し、キラキラと光っている。
鱗。
魚になったのかなと思ったけれど、ここは水の中ではない。
何より手足があり、爪もある。翼もある。
後ろを見ようとしてみると、私にはトカゲのような尻尾も生えていた。
トカゲ。鱗。翼。
うーんと考え、神話やファンタジーなどに出てくるドラゴンを思い出す。
架空の存在であるはずのドラゴン。
まさかそんなと思いかけ、でも地球ではない世界だしなと思い直した。
たしか、魔法や人間以外の人型種族もいろいろ居るって神様は言っていた。
ならばドラゴンが居ても不思議ではないだろう。
生まれる前の、地球の知識はある程度はあるが、まだこの世界の知識を私は持っていない。
断定はできないが、とりあえずドラゴンと仮定しておこう。
私はドラゴンの子供(仮)だ。
子供、で思い出した。
私に親は存在しないのだろうか。
きょろきょろと周囲を改めて見回すが、私以外の生き物がいるように思えない。
生まれて初めて見た青い空の下には雲海が広がっていて、ここが高いどこかである事はわかる。
空とは反対側を見れば、ゴツゴツとした岩壁が立ちはだかり、目を凝らしても頂上らしき場所が見えない程に高い。
足元はいくらか広さがあるようだったが、その先は崖になっている。
下を覗き見ても雲のような靄のようなものに阻まれて、その下は見えない。見えないが、雲海を眼下に見渡せる場所であるここは、落ちたら洒落にならないレベルで高いはずだ。
どこかへ行こうにも断崖絶壁な途中の小島と言った感じの場所に、生まれたばかりの私が一匹。
親兄弟どころか、生き物の気配が私以外にはない。
生物どころか、植物も生えていない。
食料を獲りにどこかへ行ったのだろうか。
それとも何かがあって、ここではない場所に行ってしまったのか。
卵の殻を食べてお腹はいっぱいになった。
時折流れる風は冷たいが、凍えるほどではない。
時間が経てばまた空腹になるのではないだろうか。
夜になったらもっと寒くなるのではないだろうか。
不安になるが、子供である私にできる事は……あった。
神様が、ひとりで立派に生きていけるようにって、魔法をいくつか使えるようにしてくれたんだった。
ん?
ひとりで立派に生きていけるように?
あれ。何だ。つまり、あれ?
親がいない事を前提に、魔法をくれたのだろうか。
つまり、このまま待っていても、ご飯を持ってきてくれる親はいないって事だろうか。
そうか、そういう事か。理解した。
生まれたばかりで何の試練だろうと一瞬思ってしまったけれど、ドラゴンだもんね。
人間とかじゃなくて、ドラゴン。野生の生物でたしか生き物の頂点の強い存在。
生まれた時からきっとワイルドな存在なんだよ、ドラゴンって。
でも、私には地球の人間だった時の知識があるから、文明的に生きたいかな。
そうなると人間かそれ以外の種族の生活を見て、文明レベルを知りたいけれど、無理かなぁ。
何しろ私はドラゴン。
強い存在だから、怖がられるかな。それとも、幻の素材だー!とか言って多数に無勢で狩られてしまうのか。
百歩譲ってペットになるのはいいとしても、強いんだから敵と戦えとか命令されるのは嫌だなぁ。
うん。話の通じそうな他種族を探すのは止めよう。
少し不便でもいいから人の来ないような場所で生活しよう。
魔法が使えるんだし、がんばれば文明的な生活に近づけるかもしれない。
そうと決まれば……あれ。
魔法、どんなのが使えるんだろう?
そう思った瞬間、頭の中に色々なものが流れ込み、金槌で叩かれたような頭痛に襲われた。
キュウと生き物のような甲高い声がどこか遠くから聞こえ、私はその場に転がり、のたうち回った。
永遠に続くのかもしれないと思えるほどの長さに思えたが、太陽の位置は頭痛に襲われる前と変わらない。
痛みが治まった。
むくりと私は起き上がる。
何だったのだろうかと考えると同時にその答えが頭に浮かんだ。
魔法に関する必要な知識と技術を私に植え付ける魔法が発動したらしい。
一度に大量の情報を流し込まれ、それを処理する為に頭ががんばった結果、頭痛が起きたらしい。
生まれる前に植え込んでおいてくれればいいのにと思ったが、生まれてからじゃないと魂が上手く定着しないから危ないらしい。
らしいらしいと他人事のようになってしまうが、そういう風なのだと言われてしまえば納得するしかないではないか。
自力で獲得した知識ではないのだし、けれど実際に頭痛は起きて、知らなかった事がわかるようになっていて。
必要な事だったんだし、頭痛は過ぎ去ったし、それはそれでいいよ。
そんな事より、使えるようになった魔法だ。
これから生きていく上でお世話になる技術の方が先である。
竜魔法(レベル1)
生まれながらのドラゴンが扱う魔法。成長と共にレベルが上がる。
生まれ持った魔法であるらしい。
レベル1で使えるのは空を飛ぶことだけのようだ。
この知識で初めて知った事だが、ドラゴンは己の翼に魔力をまとわせることによって、空を飛ぶことができるらしい。
そしてその、魔力を翼にまとわせることが、竜魔法のレベル1のようだ。
レベルが上がれば「火の息」や「氷の息」などの攻撃手段から、「毒無効」や「魔法吸収」のような身を護るためのものまで、色々と覚えられるらしい。
攻撃手段はともかく、身を護る魔法を得る事ができるまでは静かに隠れて生きていこう。
精霊魔法(レベル10)
精霊に魔力を渡すことで使える魔法。精霊と心を通わせるほど、レベルが上がる。
レベルが上がると、発動速度や威力が上がり、必要魔力が減る。
ハイエルフの血統や、精霊に愛される事によって使える魔法らしい。
私はドラゴンなので、この場合は精霊に愛されている、のだろうか?
そういえば、頭痛が治まった辺りから、周りに様々な色の光が飛んでいる。
光りの玉が精霊さんなのかな? と思ってジッと見てみると、私が見ている事に気付いたらしく、喜んでいるようにくるくると辺りを飛び回り始めた。精霊さんで合っているようだ。
しかし最初からレベル10とは、神様のヒイキも入っているのではないだろうか。
何しろ10と言えば、各種魔法の最大レベルらしいからね。
これから一人で生きていかねばならないから、ありがたいけれど、その辺はどうなのだろうかと疑問に思う。
精霊魔法は自然に関する、植物を通常より早く成長させたり、土や鉄などを思うままの形にまとめたりできるらしい。
火や水も出せてできない事はほぼないが、その属性の精霊がいない場所では当然ながら、使えない。
たとえば水のない場所で水が欲しくても、水の精霊がいなければ水を出す事はできない。逆に、水の精霊さえいればどこであろうと水を確保できるので、一長一短といった所だろう。
属性魔法(レベル1)
光闇地水火風等の各属性のそれぞれに特化した魔法。
この魔法は全ての属性を扱える。
レベルが上がると二つ以上の属性を同時に使う事ができるようになる。
適正さえあれば、どのような種族でも使える魔法であるらしい。
本来は属性別に、火魔法、水魔法、土魔法……のようにそれぞれが独立しているのだが、属性魔法というものを覚えてしまえば存在する属性全ての魔法を扱えるようになるらしい。
けれど、魔力消費量や発動速度からするれば、精霊魔法の下位互換だそうである。
利点といえば、精霊のいない場所でも使える、という事であろうか。
水の精霊のいない場所でも、水魔法か属性魔法を覚えてさえいれば、水を確保できる、という事である。
精霊魔法の隙間を埋められる便利さから、お世話になる事は多そうだ。
以上、1種類は生まれながらの、2種類が神様からの贈られた、魔法という事だ。
移動は竜魔法で空を飛べばいいだろうし、食べられる植物の種を入手すれば精霊魔法があるので食べるものに困る事はないだろう。
たとえ水場のない、水の精霊すらもいない場所へ迷い込んだとしても、水を出すだけならば属性魔法(レベル1)でも十分に可能だ。
移動手段と飲食はなんとかなりそうだ。
あとは衣食住の、衣はドラゴンなので今はいいとして、住の方かな。私の住む場所。
最初は贅沢は言わない。
危険な生物のいない、人の来ない、安全な場所であればいい。
土の上でも、穴倉の中でも、木の上でも!
とにかく、ある程度、竜魔法のレベルが上がるまでは、安全な場所であればそれ以上の贅沢は言わない。
文明的な生活は、身を守る為の方法をいくつか用意できてから求める事にする。
当面の目標と方針を決めた私は住処を探すため、竜魔法を使って空へと飛び立った。