【1】
いつまでも、この陽だまりと木漏れ日のなかで、木の根を枕にして寝っ転がって、ただ時間をもて余していたい。成績、競争、人間関係、SNS、進路、あらゆるしがらみや雑音から離れられた。なんて居心地がいいのだろう。
僕が、僕を感じられる。
誰かが言ってくれた言葉の種々を静かに思い返すことだって、出来る。巷で起きたことやテレビのニュースで流れていた事件の因果関係を自分なりにちゃんと消化し、観想することだって。また、それらへの祈りを、勉強してきた今では、何か大きな存在に捧げることだって、出来る。
最近こういう時間を作って、いなかった…。
僕だけが持っている、僕の心の声。
僕の呼吸とリズム。
夢の解明ばかりに気を取られていて、あまりにも短期間の間に、目に映る世界が変わり過ぎてしまったから、一度、こういう、ゆとりのある時間が、今の僕には、必要なんだ。鉄は熱いうちに打てと、いうけれどもね。かえって、こういう自然体の方が、夢の解明だって、はかどりそうだ。回り道、回り道。
振り返ってみると、3ヶ月前に比べれば、なにか見えてきたような、気がする…。
この3ヶ月間で感じてきたことや、学んできたことの内容は、たとえ頭で分かったとしても、実際にそれを生きられるようになったり、身についてくるのは、長い人生の年月が必要だろう。14歳の僕では、まだ想像すら出来ないけど。
一昨日はそれにしても、何か、大きな存在の息吹きを感じた1日だった。
ヒロキが言ってくれたことや、部屋で一人本を読んでいて、発見したことが、何か、大きな、ことのように感じたのは、確かだった。大きな大きな船に乗ったような気分だった。この自身の中にある、確か、という感覚さえ疑いだしたら、またそれは懐疑的過ぎて、ヒロキが言ってくれたことを、大切に出来なくなってしまうから、いきすぎなんだろう…。命を大切にね…。
そう、自身を超えた、何か偉大な存在を感じざるおえなかったんだ。
これから先、その存在と意識的に交流するも、しないも、僕の意志や選択のひとつひとつ次第。
うんっ?何かが、消えたり、現れたりしながら僕に近づいてくる。なんだろ…。あれは…、あれは。
「ワタル…、久しぶり…」
ワタルは意外にも、平静としていた。
「待っていました」
「ワタル…、変わったところと、変わってないところがあるね…。変わらなくていいところは、変わってないところ…。ワタル…、あの方が呼んでいる…、ワタル…、着いてきて…」
「あの方…?」
寝そべっていた体を起こして、立ち上がり、赤い妖精のあとを追いかけて、神秘なる広大な草原を飛んでいった。
妖精は、次元が変わるように、姿を消したり、現れたりしながら、ワタルを案内した。
ワタルはだんだんと実感が湧き、胸が踊りはじめた。ついに、念願の赤い妖精との再会を果たしたからだ。
それから、しばらく飛んでいくと、何かが、見えてきた。ワタルは、その場で止まった。
「あれっ?」
だんだんと左右から近づいてくる。近づいてきて、その正体をみるなり、ワタルは驚いた。
「ユカ!ヒロキ!」
「あれっ?やっぱりワタルだ」
「ビックリさせてくれるじゃない!」
「どうしてここに!?」
「突然声が聞こえてきて、ここに来るようにうながされたのよ」
「僕もそうだよ!そうしたら、今、こうやって、ワタルとユカに出会ったわけ…。それにしても…、これがワタルが言ってた草原と…、あっ、赤い妖精」
妖精はきらきらとした光をこぼしながら、挨拶をした。
「ワタルのおともだち…、ヒロキ…とユカ…だね…。はじめまして…」
ユカは制服のシワを伸ばしてから、丁寧にお辞儀をした。
「はじめまして!赤い妖精さん」
ヒロキはいつものように神妙な顔つきで。
「はじめまして、宜しくお願いします」
「さあ…、三人とも、着いてきて…」
それからワタルとユカとヒロキの三人は、赤い妖精のあとを、追いかけて、水晶のように煌めく、広大な草原を飛んでいった。三人の胸は高鳴るばかりであった。