p.32[DQNの正体]
残った神殿もあと、四分の一ぐらいだろうか。
結構な数を回ったが午前中では終わらなかった。
「お昼はどうするんですか?お金ありませんけど」
「どうするか、別に一食ぐらい抜いてもいいけどな」
昼食をどうするか考えながら次の神殿へと歩いていく。
アビーさんの屋敷に昼食を食べる為だけに行くのもどうかと思う。もちろんシルフィック家もだが。
「………広場で炊き出しをしているようですね」
「行ってみようか?この神殿回った後で」
カゼノさんが一旦足を止め、一回転すると広がるフリルの付いたスカートと同時に周りに爽やかな風が巻き起こった。
シルフィック家でブレンダンを探す時に使った魔法
。『部屋探知』の上位版だろう魔法を使った様で、炊き出しをしているのを教えてくれた。
この神殿の神に挨拶をした後に行くとしよう。
炊き出しをしている広場へと向かうと大勢の人が並んでいた。
子供からお年寄りまで、皆が笑顔で同じものを食べていた。
「…護らないとな」
「はい」
口に出したつもりは無かったのだが、心の中の声が表に出てしまっていたようで、カゼノさんが返事をしてくれた。
ここに居る人達と俺は話した事も無い赤の他人だが、この人達が悲しむ姿を見るのは嫌だな…。
「すいません、二つ頂けますか」
長蛇の列に並び、炊き出しを俺とカゼノさんの2人分を貰った。
カゼノさんは木の影で休憩中だ。彼女には少しサボりぐせがあるみたいだ。
「はい」
「ありがとうございます」
カゼノさんに炊き出しの料理を渡して、木の根元に腰掛ける。
「どうしてこんなに多くの人数が炊き出しに来てると思う?食材だって限りがある筈なのに」
食器を膝の上に置いてカゼノさんに尋ねてみる。
この広場には百人以上の人達が居るのは確実だ。アネモイ様の神殿の炊き出しの時もこんな感じだったのを覚えている。
各神殿が順番を決めて炊き出しをしているのだろうが、コレで上手く行くとは思えなかった。
「私には分かりませんよ。私が居た国では無いですし…」
「あぁ、ごめん。無神経だったな」
話すに連れて小さくなっていく声に、彼女の国も無くなったのだろうと思い当たり、謝る。
カゼノさんの国は暴れたドラゴンにより地図から消えた国の一つなのだろう。
「食器返しに行ってくるよ、貸して」
「いえ、私が行きます」
食べ終わった食器を返しに行こうと、カゼノさんに言うが彼女は自分が行くと言い出した。
先程の質問で若干気まずくなっていたのだが、カゼノさんが行ってくれる様なのでここは任せることにした。
カゼノさんが神官たちの元へと歩いて行くのを見送り、一息ついていると背後から誰かに声をかけられた。
そんなにこの街に知り合いは居ないのだが、と思い振り返ってみると何時かのDQNが立っていた。
「何の用ですか」
「大した用じゃ無いんだよ。それなのにこの前は逃げやがって…。それよりもだ、お前ツバサとか言う名前だろ?」
「そうですが、それが何か?っていうか何で私の名前を知ってるんでしょうか」
DQNは俺の正面に陣取ると、そこで地面に腰を下ろした。前回、彼から逃げたことを根に持っているようだが、話を先に進めるのを優先したのか言葉を続ける。
「俺はエヴァン=エリュトロン。親はアネモイ様の神殿で枢機卿の職に着いてる」
勝手に自己紹介を始めたDQN、改めエヴァン。それがどうかしたかと視線を向けるとエヴァンは眉間にシワを寄せた。
「お前のことは聞いているぞ。シルフィック家に突然上がり込んだ無礼者だとか、領主様を脅して街の実権を奪おうとしたとかな」
「なんだその被害妄想は。遊びのつもりなら帰ってくれ。お前みたいな馬鹿に付き合っていられる程暇じゃないんだ」
「なッ、俺がそんな考えで話しているとでも思っているのか!?」
なんだその有りもしない様な噂に尾ビレや背ビレ、尻ビレを付け足したような話は。
こんな奴に敬語を使うのもアホらしいとタメ口で返したのだが、彼は バッ と立ち上がり、怒り心頭と言ったご様子だ。
「さっさと結論を言えよ。めんどくせぇ」
「クッ…!何処までもバカにしやがって……。ああ、言ってやるよ、言えば良いんだろう!!俺が言いたいのはな!お前なんかにアリシアさんは渡さないって事だ!!分かったか!?」
何を言い出すかと思って身構えていたが、どうやらアリシアと俺がくっ付くのが気に食わないらしい。確かにアイツのイメージでは俺は極悪人らしいから、そんな考えも浮かんでくるのだろう。
親がアネモイ様の神殿の枢機卿をやっているのなら、オースティンさんからそこら辺の話を親経由で聞いていて欲しいものだ。
いや、オースティンさんなら面白がってわざと含みを持たして話すかも知れない。さすがに無いとは思うが……無いよな?
「悪いがアリシアは俺のものだ。お前みたいな馬鹿にくれてやるつもりは無い」
「お前、黙って聞いてりゃ好き勝手言ってくれるじゃないか…。俺の事をバカ馬鹿バカ馬鹿言いやがって」
「お前の何処が黙ってるって?それにお前は馬鹿だろう?ホラ、間違ってない」
「キサマァー!」
流石に煽りすぎたか。
エヴァンが俺に向かって殴りかかってきたのを半身になって避け、その隙に魔法を唱える。
「『飛行』」
魔法名を言うとエヴァンが浮き上がった。カゼノさんにした様にコントロール権を渡すのでは無く、俺が操作させてもらう。
彼は空中でバランスが取れずに手脚をバタバタさせながら滑稽な格好を晒してくれていた。
「魔法使いか、卑怯だぞ!!魔法を解け!」
「喧嘩を仕掛けるなら相手の情報ぐらい事前に全て調べておけよ、だからお前は馬鹿なんだ」
「また言ったな!この事を俺の親が知ったらただじゃおかないぞ!!」
親の威権まで持ち出して来たか、本当に馬鹿だな。
このまま放っておいても五月蝿いので手頃な石を拾って『浮遊』を掛ける。
この石を相手の眼前ギリギリまで飛ばしてやる。
「ウワッ!……」
「今度無駄口叩いたら当てるからな」
手で顔を隠して目をつぶったエヴァンに脅しを掛けると彼は黙ってしまった。
そこは何か言い返せよ…、お前も男だろうに。
「そこまでだ」
エヴァンに話しかけられた時と同じように背後から声がかけられたので振り返るとブレンダンが居た。
今日の彼は腰に剣を刺しており、柄に手を乗せていた。
臨戦態勢といった感じか。
「ブレンダンか。何の用だ」
「今言った通りだ。もう止めてやれ」
「貴様にどうこう言われる筋合いは無いな」
俺に止めるつもりが無いことが分かったのか困ったような表情をするが、俺が知った事じゃない。
「コイツの親はアネモイ様の神殿の枢機卿だぞ、神殿の威厳に関わる」
「…分かったよ。だが、コイツは俺を犯罪者呼ばわりしたんだ、身内で話ぐらい通しておけ」
「ホラ、迷惑をかけたな。後からキツク言っておく」
アネモイさまの評判が下がるのはよろしくない。
ブレンダンが袋を投げてきたので受け取ると金が幾らか入っていた。コレで離せってことだろう。
アイツは俺とブレンダンの話を黙って聞いているが離した後殴ってこないとも考えられないので距離を置いて離してやった。




