タイマー
「そう言えば、学校の話で思い出しましたけど、この星での時間と地球での時間ってズレてて、地球では今日、九月三日ですけど学校大丈夫なんですか?」
森を歩きながら、いい忘れていたが、と先を行く秋に四季が尋ねる。
「九月三日? 何それ。アハハッ! まだ八月三十四日の夏休みだよ?」
「勝手に夏休みを延ばさないでください」
過ぎたことを悩まない彼に、今さらそんな話をしようと意味はない。
現実逃避して架空の日にちを作り出すのがオチ。
秋にとって、そんなものより今は、王との再戦の方が優先するべきことだ。
天空の城と呼ばれるだけあって、王城は見上げればどこからでも見ることができた。
迷うことなく、最初に来た時と同様、巨大樹の真下まで最短でやって来た秋たちだったが。
「もう、一時間以上過ぎてますよ」
息を切らしながら、時計を見て四季が言う。
2:30のタイマーをセットした時、その間なら再戦が可能という条件を付けていた秋。
その約束は王に反故にされてしまったが、代わりにその時間内に帰ってくれば対戦する約束を落とされる直前にもらった。
だが、落とされた時点でもう、タイマーがスタートしてから二時間十五分は経っていた。十五分で、吹雪の中、空まで届くとされた樹木を登るなど、土台無理な話。
だからこそ、王はバカにするように笑って口にしたのだが。
「まぁ……とりあえず行こう。王のところで、そろそろタネ明かしといこうじゃねぇか」
余裕の笑みを見せる秋の言葉と横顔に、四季は震えた。
この人はまだ、とんでもないものを隠していると、感じたから。
薄暗い廊下は、相変わらずだった。
静寂の中を足音だけが響いてく。
城に入るのも、秋では道の分からない城の中を行くのも、四季がいれば容易だった。
そのために、逃がした四季を探したのだから。
数分歩いたところで、先を歩いていた四季が、歩みを止める。
やっとか、とため息をついて、大きな荷物を抱えながら、四季の隣、壮大な扉の前で、秋も立ち止まった。
書斎の扉──王室の豪華絢爛なそれとはまた違い、何度見ても威圧感を感じる。
秋が脇に抱えているそれは、書斎に向かう前、サターンのところへ行き、もらってきたものだ。
その時の──これで全てが終わったな。という秋のセリフが、四季の脳裏に蘇る。
──見せてもらいます。再戦できたとして、どうやってあの人に勝つ気なのか。
そんなことを思う、四季の心の中を覗いたような笑顔で。
ポンポンと四季の頭を叩き、秋は口にする。
「大丈夫。もう勝ってるから」
「えっ……?」
喫驚して、四季が斜め上に顔を上げた時には、そこに秋の姿はなく。
既に、一歩前に踏み出し、扉を開けていた。
「あの天候で、意外と早かったのぉ」
扉の開く音を聞き、王と三人がこちらを見る。
「あぁ。木原さんとしま〇ろうの天気予報見てたし。後、こいつがいたもんでね」
「いや、そ〇ジローですよ。パクリで名前間違うとか斬新すぎますよ」
「ほぉぅ……」
秋の言葉に合わせて、背中の後ろから、ツッコミながら四季が顔を出す。
その姿に、口を開き驚嘆しながらも、どこか余裕を見せる王。
「でも残念じゃったのぉ。主が設定した二時間半はとっくに過ぎておるぞ」
「あぁ。これのことか?」
何かを期待するような瞳で、王が問いかける。
ここからどうするのか、と。
それに対し、ニヤニヤと笑いながら、抱えていたタイマーを王に見せる秋。
そう、今もまだ、音を立てながら時を刻み続けるそれを。
──そのタイマーに。
王は驚き固まると、四季は思っていた。
だが逆に、期待を裏切られ失望したかのように、下を向き、生気のない声で王は言う。
「……なるほど。やはりそうじゃったか」
その生気のない声に、冷たく響くその言葉に、四季は震えた。
やはり──。王がそう口にしたということは、バレていたということ。
その程度かと、嘲笑うどころか、失望までされた。
タイマーの仕掛けなど、秋の策略など、無意味。結局王様には、何も通用しない。
「どうするんですか秋さん。作戦……バレてたじゃないですか。もう……手が……」
秋の裾を後ろから掴んで、泣き出しそうな顔で心配する四季。
だが四季の危惧など露知らず、まだまだ、と秋は笑う。
「俺の仕掛けた罠は至極簡単だ」
「一時間でもいい」と口にしながら1:00を。「一時間半でもいい」と言いながら1:30をセットして見せた後、今度は何も言わずに、2:30をセットする。
「先の二回で印象づけて、2:30=二時間半と思わせて実は、2:30分。つまり三時間五十分が本当の時間。まさか気づくとは思わなかったよ」
策略を見抜いた相手に、わざわざ説明して、秋はわざとらしく続ける。
「おっかしいなー。なんでバレたんだろうなー。お前程度には、これで十分だと思ったんだけどさー」
「ミエミエの挑発じゃのぉ。まぁいいわい。再戦してやろうぞ」
イラッとした王が、偉そうにふんぞり返って、口を挟む。
が、その鼻っ柱をへし折って秋が返す。
「再戦して……ください、だろ?」
秋は、予想できなかったのか。
やり過ぎた挑発に、王が豹変する。
「調子くれてんじゃねぇぞ小僧! こいつら今すぐぶっ殺されてぇのかぁぁ──!!」
ブチギレた様子で、夏たちに拳銃を向ける王。
ビクッと緊張が走り、息を呑む四季。
緊迫する場面。大切な友の絶体絶命のピンチに。
さすがの秋も、震え上がると、二人が思った瞬間──。
二人のその姿と、王のそのセリフが。
なにより、未だに、何も気づかず、何も気づかれていないと思っている二人の行動が。
あまりに──あまりに、面白すぎて。
──秋は、突然、大笑いして。
「──俺らを殺して困るのは、お前らだろ」
そのたった一言で秋は。
先まで余裕綽々だった二人の時間を、見事に凍らせてみせた。




