過去
そこは、森の中だった。
天候は吹雪。凍え死にそうな寒さに歯がカタカタと音を立てる。
落ちた体勢のまま、真っ白な雪の上に仰向けになって。
火のように赤い空を眺め、感慨にふける。
「木と雪がクッションにならなかったら、死んでたな」
起き上がって、首を傾げながら、これからどうするかを悩んだ秋は、静かに呟いた。
「とりあえず、あいつ・・・のところにでも行くか」
暗い洞窟の中に、蝋燭と拙い灯火があった。
「ここはどこですか? 私はなぜ生きてるの?」
前から歩いてきた少女に、尋ねられる。暗いせいで顔はよく見えない。
キョトンとした顔で秋は返した。
「何? 記憶喪失?」
「違います! 私は父に……」
殺されたはず。そう言いたいのだろうことを理解して。
だが秋は首を横に振った。
「殺されてねぇよ。俺たちが救ったからな」
困惑する少女に、説明するからと、秋は蝋燭の近くに座るよう手で指示した。
そしてその少女の隣に腰掛ける……。
「キャアァッ! なんで隣に座るんですか! こういう時って対面でしょ普通!」
川が流れるように自然に隣に座った秋に、少女の時間が一瞬止まり、次の瞬間、少女は飛び跳ね、洞窟には悲鳴が響く。
「いやー暗い洞窟で男女が二人。それも雪で衣服が濡れているとなれば、隣に座ってお色気展開がお約束かと」
「お約束とか知りませんから早くどいてください」
「えーでも、この辺までだいぶシリアスだったから、ギャグとか入れないと読者が読んでくれなく……」
「読者って何ですか。そんなもの知りませんよ」
背中を押され、仕方なく対面に座らされた秋は、険しい表情で口を開いた。
「……待ってね。今ボケ考えるから」
「本当にそういうのいいんで早くしてください」
「ちぇっ。つまんないの」
そう言って口を尖らせた秋だが、揺れる火に照らされた少女の形相があまりに怒っていたので、今度こそ本題に入った。
「……というわけで、落とされた俺は、吹雪の中お前を探して歩いていると、洞窟があったから中に入った。そこに、服を濡らし黄色い声を上げるお前がいたわけだ」
「危ない表現をしないでください。あなたが隣に座るから叫んじゃっただけです」
秋が話をしている間に、もう吹雪は止んでいた。
が、外では雪に代わって、石が降り出していた。
出入り口に近づき、まだ出られそうにないことを確認して、少女は話を戻す。
「話はだいたい分かりました。でもまだ、私……リルルシキーがなぜ生きてるのかが分かりません」
「えーそれも話すのー。めんどくさーい」
寝転がりながらグダグダと話す秋。
王とのゲームが終わってしまい、完全にやる気スイッチがオフになっている。
「あのーそろそろ真剣に話さないと本気で顔ぶん殴りますよ」
「……やめてあなた、お腹の子に罪はないわ」
お腹を抱えて女口調で秋が言う。
──そもそも私たちはそういう関係じゃないし。
──そもそもお前は男だし。
──そもそも私が殴ると言ったのはお腹じゃなく顔だし。
「もうどこからツッコめばいいのか分からないんでツッコミませんからね」
憤怒する四季。
だがそんなことを気にすることなくマイペースな秋は。
「どこに突っ込めばいいか分かんない? 下ネタじゃねぇか。代われ」
「どこの何が下ネタ何ですか! あーもうほんとにもう!」
「わーかったよ。話してやるよ」
さらに怒りを顕にする四季に圧され。
ハァとため息一つ。頭を掻きながらあぐらで座り直し、秋は渋々話を切り出す。
「覚えてる? 王室に入る前に、俺たちがトイレに行ったこと」
「えぇまぁ。それが何か?」
何も気づかない様子で頷く四季に、さらにため息を一つ。
「ハァ。その時、本当はトイレなんか行ってなかったんだ」
「聞きましたよ? 拳銃探してたんですよね?」
「そう。でもそれだけじゃない。その前に面白いものを紹介してもらったから、それを使ってみた」
「あっ……」
秋の言葉に、口を開いたまま、目を丸くして、四季はやっと一つの答えを口にする。
「初期の……瞬間移動装置」
ニヤッと笑って四季を指差す。
「タイマーも使えたし、ゲームに負けたらお前は殺されるだろうと予想もしてた」
──後は、微妙に時間を稼ぐだけでいい。
笑顔で、あまりにさらりと説明するものだから、忘れそうになる。
自分には決して真似できないその行いが、どれだけすごいことなのかを。
だが、そんなことができる秋ですら、王には手も足も出ずに負けてしまった事実を思い出して。
四季は、何も言えずに黙り込んだ。
「でも、助けに行くんですよね! 夏さんたちのこと!」
数秒の沈黙の後、突然脈略なく大切な話に変えてしまった自分が恥ずかしくなって、四季は顔を手で覆う。
「えー。あーうん。まぁねー」
「うわぁぁ。この人全然やる気ねぇー」
自分の心情など知る由もなく。
再びゴロゴロしながら、返答する秋を見て、思わず心の声がダダ漏れになる四季。
「失敬な。俺はいつだって全力だぞ。今は全力でゴロゴロしてるんだ」
「そんな無駄な全力は今すぐ捨ててください! ……そんなこと、してる時じゃないって分かってますよね……」
「……まぁねぇー」
空気が変わったのを感じて、ひとまず起き上がる。
下を向いたままの四季に、秋も黙る。
「……なんであの時、勝負を受けたんですか。今だってそう。夏さんたちのこと、心配じゃないんですか!」
秋に向けて叫ぶ四季だが、その瞳は、秋を見ていない。
いや正確には、秋と一緒に、何かを見ているよう。
その叫びも、秋への怒号というよりかは、何かを悔いるような、懺悔に秋には見えた。
だが、返答しないわけにはいかない。
知らねぇのか? と顔に書いて。
マグロが泳いでないと死んでしまうように。
「ゲーマーは、楽しいことがないと死んじまうんだぜ?」
敢えて、空気を変えようとわざとハハッとおちゃらけた秋の表情も、今の四季には逆効果だったようで──。
「そんなんで! それで、仲間の命を賭けることを何とも思わないんですか?全然、大切じゃないじゃないですか。絶対守るって、そう言ってたじゃない! 自分の言葉に責任も取れないなら、軽はずみに口にしないでよ! この嘘つき!」
──涙ながらに、罵倒はさらに激しさを増した。
しかも否定できないその言葉に。
なんと言えばいいのか悩みながらも、秋は、優しい口調で答えた。
「確かに、嘘つきだった」
その言葉に、四季はさらに苛立ちを募らせる。
認めて、謝ってほしかったんじゃない。
そんな言葉が、聞きたかったんじゃない。
否定して、これからだって言ってほしかったんだ。
この男を買い被っていた。
そう思って、もう一言言ってやろうとした四季の言葉を──。
「あいつらに、出逢うまでは」
──秋の言葉が遮った。
驚いて、息を呑んだ四季に、ゆっくりと秋は続ける。
「昔はさ、ゲームやるしか能のないガキだった。スポーツとかやってみても全然ダメでさ、余計ひねくれて、ただ無機質に、機械のように、ゲームをしていただけだったよ」
その口調と、優しい笑みには。
今までに見たことのない、別人の秋がいた。
その姿に、話を聞こうと決める四季。秋も、それを分かって。
「でも……あいつらと出逢って、生きてるって感じがした。一緒に笑って、一緒に泣いて、そんな日々を楽しいって感じた」
目を細めて、思い出すようにしているのは、自身の命より、大切にすると決めた人たち。
それと、過ごした時間。
「大切だよ。あいつらがいなくなったら、俺が俺じゃなくなっちまうぐらい」
一瞬。熱い瞳でそう言って。
「恥ずかしくて、あいつらには言ってねぇけどさ、最近やっと気づいたんだ」
「…………?」
首を傾げる四季に、恥ずかしそうに笑って。
「俺が本当に欲しかったのはゲームなんかじゃなかった。俺が本当に欲しかったのは、笑って一緒にゲームをやってくれる、そんな友達だったんだって……」
鮮明に覚えているくせに、目元を緩ませ、いつかの日のことを思い出すように秋は言う。
「友達に……ならない?」
一学年上の夏に、教室で。あの時、そう言われたんだ、と。
「……みんなにとっては、普通のことなのかもしれない。でもさ、俺にとってはでかいことだったんだよ。あの時のあの言葉がなかったら、今もあの教室で、一人だったかもしれない」
長く怖い、絶望のような時間。
それを変えてくれたのは、当たり前のような、ありふれた一言だった。
目を閉じ、込み上げてくる、確かな想いを偽ることなく。
「失いたくないと思った。守りたいと思った。あいつらを。あいつらとの時間を」
「今までの俺は、独りでも、寂しくないって強がってる嘘つきだった」
──でも、あいつらが変えてくれたから。
「俺はもう、嘘つきじゃない」
──あいつらを守るって言ったこと。
「あれは絶対、嘘じゃない」
その言葉に、光を見て。
自分の問いなど愚問だったと悟った四季。
秋にとって、三人がどれだけ大切な存在かを理解する。
──だが、秋は気づいていなかった。
夏の言葉が、友達のいなかった秋を救ったように。
──その後、両親を事故で失い、絶望した夏を。
──友達に裏切られ、学校での居場所をなくした冬を。
──性犯罪の被害者にされ、人と話すことすら、恐怖するようになってしまった春を。
秋の存在が、言葉が、優しさが、救ったことを。
自分の気持ちにすら、なかなか素直に気づけない彼は。
彼女らの感謝にも、気持ちにも、全く気づいていなかった。
「じゃあ早く助けに行きましょう! 時間ないですよ!」
機嫌を直した四季が、秋の背中を押す。
「まぁそれは一応手を打ってある」
「本当ですか? さすがですね」
嫌がりながらさらっと言う秋に、感心する四季。
その態度に秋もノッてきたのか。
「じゃあまぁ……なってくるか」
「何にですか?」
予想通り尋ねてくれた四季に、前に言った言葉を思い出し、不敵に笑って秋。
「──ちょっくら伝説に」
外に降る石はもう、止んでいた。




