爆弾
「頼む。こいつらだけは、助けてくれないか」
ゲーム終了後、嘘つきゲームのために用意されたロボット達が姿を消し、王と秋、そして今、王の奴隷にされようとしている夏たち三人だけが残った書斎で。
秋は真摯に頭を下げていた。
「確かに主は健闘した。じゃが……ダメじゃな」
誠心誠意頭を下げ続ける秋を、王は椅子に腰掛けたまま見下して、鼻で笑って言う。
椅子に座らされたまま、身動きをとれなくされている夏が、秋のその姿を物憂げな瞳で見つめていた。
「そもそも……人にものを頼むならば、もっとすることがあるじゃろう」
言葉の意味を理解して、片足を引き、膝を曲げる秋。
「あっ……」
春から、思わず小さな声が漏れる。
両膝と両手を床につけて頭を垂れる秋の姿など、これまでもこれからも、見ることなどないと思っていたから。
そして……見せたくもなかっただろうから。
「お願いします。もう一度だけ、チャンスをください」
それでも、自分たちのために、些かの躊躇もなくそれをした秋に。
春の胸には、なんとも言えぬ感情が押し寄せてきて、いたたまれない気持ちになった。
そんな春の心を読み取るように、王が嗤う。
「ハハハハハッ! 本当にしよったわこやつ! 惚れたおなごの前で土下座とは、恥ずかしいのぉ。これほどみっともないことはないじゃろう。ギャハハハハハッ!」
下品な声と杖が床に当たる音が響く。
その言葉に、だがなんともない、と自分に言い聞かせて秋は頭を下げ続ける。
──わかってるよ……みっともないことぐらい。自分が一番よく分かってる。
そこには、いつもの唯我独尊な秋の姿はなく。
プライドも何も捨て、ただ大切な者のために。
例えみっともなくとも頭を下げ、無駄に足掻く、真っ直ぐな少年の覚悟があった。
──だが彼は、何も分かってなどいなかった。
後ろで見ていた彼女らが、そんなことを思っているはずもないことを。
「みっともなくなんて……微塵もないわよ!」
ただ強く。強く否定するだけの夏の言葉が、王の嗤いを遮った。
涙で潤んだ瞳、だが熱の篭った瞳に、王が黙る。
それを見て──。
「恥ずかしいのはあんたの顔だってのよ! 寝言は寝て言えこのブサイククソじじぃ!」
──続けた小学生のレベルの悪口に、王の表情が歪む。
夏を睨みつけ、何か言い返してやろう、と口を開いた王の言葉を今一度遮って。
「……かっこいいじゃん。絶対……かっこいいわよ」
最後だけ、怒号に変え、王にだけでなく。
秋にも語りかけるように静かに口にした夏の言葉に秋は。
下を向きながら、溢れるものを堪えるように、下唇を小さく噛んだ。
「コイツがかっこいいって? ハハッ! なめたこと言ってんじゃねぇよ! ゲームに負けて、一番大切なものも守れない。そんな奴がかっこいいわけねぇだろうが!」
上機嫌を否定されたのがよほどムカついたのか。
まるで別人のように口調すら変えて、杖で秋の頭を叩きながら怒鳴り散らす王。
ぶん殴ってやりたいと思うが、手を出したところで、武器もない。
自分の城で兵器すら使える相手に、武力も武器も上をいかれているのに、勝てる筈がない。
──だから、バカにされたって構わない。
とにかく必死に堪えて、もう一度ゲームで戦うしかない。
だから今は、歯を食いしばって耐えて……。
反撃の様子を見せない秋のそんな魂胆を、王は見透かし嘲笑い。
突然嫌な笑みを浮かべ、話し出す。
「お前がどんなに頭を下げても無駄なんだよ! あいつらはもう奴隷だ! 何をしようと許される。何をしようか……処女でも奪ってみるか? それとも、人体実験の道具にでもしてみようか。なぁ! ヒャッハハハハ」
「──てめぇぇぇぇ!!」
自分のことなら、どんなに言われようとも耐えていた。
でも、どんなに頑張っても、その言葉だけは許せなかった。
間髪入れず立ち上がり、左手で胸ぐらを掴んで右手を振り上げて──。
「やめてえぇぇ!」
王の頬に触れる寸前──夏の叫びが、激昴し拳を振りかざしていた秋を止める。
「もういいのよ。殴ったりしたら……そんなことをすれば、あなたまで、王様に殺されてしまうもの」
眉間にシワを寄せ、優しい目をして、首を振りながら夏は言った。
隣に座る二人も静かに頷く。
あなたがどれだけ、私たちのことを想ってくれていたか。
失いたくないと、必死になる姿に。
痛いぐらいにわかったもの。
「……あなたは分かってないわ」
あなたが私たちを想ってくれるように。
自分の命より、大切だと感じているように。
「私たちも、あなたのことが大切なのよ?」
悲しく目を伏せ、か細くても、静寂を切り裂く声で。
「だから……逃げて」
私たちのことは……もういいから。
「おい……ちょっと待て。おい! お前らまさか……!」
あなた……という夏の呼び方が。
三人の、覚悟を決めたような瞳が。
自分と彼女らの距離を遥か彼方に感じさせた。
だから、それを振り払うように、必死に叫んだ。
「秋のお陰でぇー今まで楽しくやって来れたんだよー」
「……うん。秋のお陰……」
いつか語ったゲーム部の共通点。そのもう一つ。それは──。
それぞれにそれぞれ、抱える闇があって。
もう、全てを投げ出したいと思える出来事があったということ。
そして、でもそれ故に。
どん底にいるところを、秋に救われたこと。
──あったかくて、心地いい居場所ができた。
──つまらない日常を、生きていく理由が見つかった。
──辛い時間を忘れられる、宝物と出会えた。
全部全部、あなたのおかげで。
だから……。だから今度は、私たちの番。
「「「本当に今まで……ありがとう」」」
涙を溜めた笑い顔が、ひどく鮮明に映った。
当初それは、逃げることが出来ないようにと、秋を追い詰めるために王が仕掛けたもの。
恐怖で動けなくさせるための、爆弾という代物。
誰が予想出来ただろう。だがそれを逆に利用して。
少しでも動いたら爆発してしまう。
ならば──。
少し動くだけで爆発させられる。
秋を守るため……自らの命すら犠牲に、わざと爆発させる。
王を巻き込んで。
決死の思いで、夏たちが手足の枷を外そうと動いた直後。
先の銃声の比ではない轟音が書斎中に鳴り響くと共に。
衝撃波が発生し、爆轟が全てを消し──さらない。
困惑の表情を浮かべ、戸惑うのは、その場にいた王以外の四人全て。
その四人の表情に高笑いして、王が一言。
「イヌホウズキ」
夏が一番に、遅れて三人が同時に、その意味を理解する。
イヌホウズキの花言葉は、嘘つき。
「ハハハッ! どこぞの小僧が花言葉しりとりで、同じことをやっておったのぉ」
前に、秋が四季にやったことと同じ。
──爆弾を仕掛けたというのは、全くの嘘っぱち。
拳銃を使うゲームやその前の四季を殺した兵器で、「王なら爆弾も使いかねない」そう思わせておいて。
事実、逃げられなくさせるなら、使っていた方が確実な場面で。
秋たちを嘲笑うためだけの、なんとも強気なハッタリ。
そして何より、それを見破れていたなら、ゲームに勝てたかもしれない。
「………………」
「それじゃあ主とは、お別れじゃな」
命を賭けた三人の行動さえ、対策済み。
あまりのことに言葉を失っていた秋の胸ぐらを。
さっきとは逆に、王が掴んで持ち上げる。
杖を使っている老人の腕力とは思えないほどの力に。
そして、目の前に突きつけられた拳銃に。
秋は戦慄が走る。
──怖い。
死というものが目前にある恐怖。
王が引き金を引けば、一秒もなく銃弾が届く。
身体が震える。
だが恐れを抱きながらも、心の内にはもう一つ。夏たちのことが浮かんでいた。
自分が死に直前して初めて分かる。
あの行動に、どれほどの覚悟があったのか。
それを思うと、涙が溢れて止まらなかった。
「なんじゃ……死ぬのがそんなに怖いのか」
涙の意味を勘違いした王の質問に。
だが秋は頷いて答えた。
「怖いよ。皆に会えなくなるから」
また、あの頃みたいな独りぼっちになってしまうから。
「ハハハッ! 良かろう。殺すのはやめにしてやるわい」
情けないセリフと泣き顔に、王は機嫌良く笑って言う。
拳銃を仕舞って、窓に近づき開いて、ニヤリと笑う王。
「もう一度対戦してやろうぞ。そういう契りじゃったしな。まぁ……この天候の中、時間内に生きて帰って来られたらじゃがな」
「まさか……!」
窓の外を一瞥し、再び王に視線を戻した時には既に、落とされていた。
「ヒャァッハハハハハッ」
歯を見せ、腹を抱えて笑う王の不愉快な笑い声が、書斎で最後に見聞きしたものだった。




