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敗者

考えられるのは、不正をしていることだった。

でなければ、これだけのヒントで嘘つきを見破るなど絶対に無理なのだ。

自身だけならともかく──と。

ちらりと後ろに視線を向けた秋。

その視線を受け止め、無言で頷く夏の目を見てから、王の方へと視線を戻す。

そう。秋だけでなく、この場にいる王以外の誰にも、まだこのゲームの攻略法は編み出されていない。

その事実だけで、秋にとっては、王の不正を疑うには十分過ぎる。


「伝説とはまた……バカなことを」

まだ希望を残していられるのは、天才ではない。ただのバカだ。

呆れて、本当の絶望を教えてやろうという顔で、王が腕を上げ、銃を構える。

「知らなかったのか? 俺たちはずっと、ゲームバカだぜ?」

同時。笑って言葉を返しながら、鏡に写したように秋も動く。

王が誰かを本当に撃つつもりなら、先に撃つしかない。

しかし、そう思わせて正直者を撃たせる算段かもしれない。

秋の頭の中を巡る可能性の数々。

どんな行動をしようとも、その意図を読み、必ず先を行ってやる。

そんな思いを心に秘めながら、秋は、銃口を前に向けようとして──硬直。


銃口を向けると共に、前を向いた秋の目の前で、銃を構える王。

銃口を向けている相手は、自分。


意味が分からない。

自分は間違いなく正直者であり、自分を撃てば、王はただ負けるだけ。

なのに、王は自分に銃口を向けている。

勝ちを確信した笑みを浮かべて。

嘘つきを撃ち殺すゲーム。その根本を明らかに無視している。

間違っても、自分を嘘つきと勘違いしているわけではないだろうに。

どういうこと──。

その時、落ち着きなく働き続ける秋の脳裏に、一つの疑問が浮かぶ。


気づいたのは、薄い笑みの王の冷たい瞳が──自分を見ていないこと。

よく目を凝らして、自身の疑問を確かめる秋。

王が構える銃の先端が、本当に狙っているものは何か。

王のその冷淡な瞳に、本当に映っているものは何なのか。


すぐさま後ろを振り返る秋。

──その視線の先に。

──自身の遥か後方に。

秋にとって──絶対に失うわけにはいかない者たちがいた。

もはや動揺を隠している余裕などあるはずもなく。

再び、やっと気づいたか、と嘲弄する王の表情に視線を戻して。

真っ青な顔色で秋が叫ぶ。


「……なっ! てめぇまさか──ッ!!」

書斎に木霊する秋の叫びに、ニヤァとした歪な笑顔で返答する王。


──そのまさかだ。と。


秋の後ろでは、ゲームを観戦している夏たちが、今なお座り続けている。

今考えれば、ゲームが始まる前にこの配置は既に決まっていた。

つまり王は、説明時点から──嘘つきを見つける気など、さらさらなかったわけだ。

さらに言えば──ゲーム終了時に生き返るのは、ゲーム参加者のみ。夏たちは、参加者ではない。

ここに至って秋はやっと、王の思考を理解する。


──王が夏たちを撃とうとすれば、秋は必ず、仲間を守る為に先に王を撃つだろう。


そして──そうしたならば。

──その時点で、俺の敗北は確定ってわけか。

言葉もなく固まる秋。

つまり、ゲームに勝とうが負けようが、秋は大切なものを失う。

選べるのは、友達を、見殺しにするか奴隷にさせるかの最悪な二択だけ。

秋の思考がその結論を出すのを待っていたように、笑って王は、ゆっくり口を開く。

「急がんと、死んでしまうぞ」


王の挑発に、ピクリッと反応する秋。

拳銃を握り締めた右手に力が入る。

手の甲には血管が浮き出ていて、表情は怒りに満ちていた。

それは──王に対しての怒りだけでなく。

現状を打開する策が何も浮かんでいない自身に対しての焦燥でもあった。


「やっぱり、ゲーム終了までは椅子から立てないみたいね」

時を同じくして、王の企てを暴いた夏たち。

急いで椅子から離れようと試みたが。

突然、椅子から両手足に手錠と足枷が掛かり、身動き出来なくされる。

ここまで来て、人質に逃げられるようなヘマはしないだろう。

そう予想していたこともあって、夏の口から零れた言葉は、やはり、だった。


夏たち自身ではどうにもできないことを確認して。

「──ちっ」

と舌打ちをする秋。

そんな秋に、王が、今までにないほど飛びっきり嫌な顔で嗤う。

「あれは、無理やり外そうとすると……爆発する仕掛けじゃからのぉ……せいぜい気をつけるんじゃな」

「──てめええぇぇ!」

爆発という単語に、固まる三人。

激昴する秋。怒号が鳴り響く。

王はなおも涼しい顔で笑って、おちょくる。

「なーに。無理に逃げようとしなければ安全じゃ。簡単じゃろう?」

「……ふざけやがって」

吐き捨てるように言って、秋は打開策を模索し始めた。


本当に重要だったのは。

チャンスが一回しかなかったことではなく。

銃弾が一発しかなかったこと。

本当に避けるべきだった状況は。

何も分からないまま、銃を撃ってしまう状況ではなく。

全て分かっていても、銃を撃つしかない状況だった。


改めて冷静に分析しようとも、逆転の手は思い浮かばなかったのか。

ついに、諦めたように力を抜き、銃を持った腕を机の下まで下ろし、銷魂する様子を見せる秋。

──気づくのが遅すぎたと思っているのだろう。と推察して。

王は見た目、さらに唇を引きつらせ笑い、だが内心、落胆していた。

──勝った。わしの勝ちじゃ。じゃが、所詮この程度じゃったか。


王の落胆の理由は、まだ語られていない、王が彼らを呼んだ根源にも関係するわけだが。


もう、語る必要もないか。

そう呆れ気味に、全てを終わらせようと引き金を引こうとした王に。

さながら、友を守れなかった自身の無力を嘆くように、言葉もなく俯いていたはずの秋が。

光り無き虚ろな眼から──だがしかし。

今までのやりとり全てをぶち壊すように。

突然、威圧的な眼光に変えて、三度、両手で銃を構えた。


ぞっと寒気が王の全身を襲う。

蛇に睨まれた蛙は、突然の反抗にたじろぎ、引き金を引くのを躊躇う。

その一瞬の動揺を見逃さず秋。

構えた銃口の先にいる王をよく狙って。


王より先に、初めて握る拳銃の引き金を引いた。


音速で──書斎に衝撃が轟く。

凄まじい爆音が、真っ先に秋の鼓膜を貫き、刹那、本能的に目を瞑る。

凄烈な反動によって両の手は天井に向かって跳ね上がり、銃口からは硝煙が飛散する。

その勢いのまま、秋は椅子ごと後ろにひっくり返った。


王が用意し、秋が発砲したリボルバーに装填されていた弾丸は。

マグナム弾と呼ばれる装薬量を増やした、いわゆる強装弾。

それが、二人の間たった数メートルの距離を音速を超える速度で通過し。

王に達する──はずだった。


──どうやら……外れたようじゃな。


銃声から数秒。口を開いたまま固まっていた王が。

自身の生存を確認し、冷や汗を拭って、心で思う。

遠距離ではなかったとはいえ、重量のあるリボルバーに加え初めての発砲でもあった。

だから、射撃の正確さが秋の覚悟とは比例せず、銃弾が王の元へ届かなかったのだとしても、それは仕方のないことだった。

「ここまでじゃな」

無駄な足掻きだったな、と冷笑して、王がサターンを一瞥する。

興味の失せた空虚な瞳で。


策を練り、覚悟を決め、震える手を抑え、最後の足掻きを見せても、何も変わらない。

そもそも、仮にあの時、王に銃弾が当たっていようとも、ゲームには敗北していた。

所詮、あの場からの逆転など不可能。

伝説になど、なれるはずもない。

妄言もいいところだ、と。


そう決めつけた王に向かって。

口を開き、首を振って、王様の勝利の宣言ではなくゲーム続行を言葉にしたのは。

味方のはずの──サターン。

「失礼ながら王様。まだ、何かあるようでございます」

再び目を見開いて、視線を切り替える王に。

机の下から顔を出して、不敵に笑いかける秋。

サターンの言う通りだと。

「嘘つきを撃ち殺すゲーム……なるほど。銃以外は使えないわけだ。でも──」

打った頭を摩りながら立ち上がり、持っていた弾の無くなったリボルバーを後ろに放り、倒れた椅子を戻して、その背もたれに左手を掛け、腰に回した右手で何かを取り出して、秋が続ける。

「使っていい拳銃は一つだけとは、言っていないよな」

新たに取り出した拳銃を弄びながら、秋が笑う。

「弾は一発ずつじゃとちゃんと──」

「言ってねぇな! お前らは、銃には弾が一発ずつ入っていると、説明しただけだ」


このゲームは、弾が一発しかないから、慎重にならなければならない。

だがもし、弾が複数あるならば、嘘つきなど関係なく全員撃ち殺せば済む話。

前提を覆す作戦に、だが返せる言葉は見つからない。

悔しげな表情で固まる王は。

返された言葉に、グウの音も出なかった。


そして王の、歯を噛み締めたその表情が、次第に、驚嘆の顔色に変わっていく。

秋が拳銃を握っている現状が、普通ならば有り得ないことを理解して。

「いや、ちょっと待て……お主それをいつから……」

怯えるような王の口ぶりも無理はない。

秋は王と出会ってから一度も、王の目の届かない場所へは行っていない。

ましてや拳銃を探せる時間など、王に出会ってからは絶無。

つまりそれは──。

「あぁ。お前に出会う前のトイレタイムにちょっとな」

──あの時点で、銃を使うこの状況を予測していたということになる。

さらりと、出会う前からと笑う秋に、王は開いた口が塞がらないまま絶句した。


正直者である秋は、嘘をつけない。

今の話は全て、偽りなき事実。

見知らぬ地で、城で、誰と何をするかすら分からぬ状況で、未来を見通すかのごとく先手を打つ。

本当に素晴らしい才能。

驚異的なまでの天賦の才。

本当に……ずっと前から、このゲームの準備を整えていたわけだ。

ここに至って王は、やっと秋のことを敬意を持って評価し直す。

──まだワシは、こやつを見くびっていたようじゃな。

「……さすがじゃのぉ」

固まってから数秒。

立ったまま新たな拳銃をこちらに向ける秋に対して。

口から感心を零した王が、続ける。──それでも、と。


「念には念を入れておいて本当によかったわい」


その言葉に、秋の時間が止まる。

このゲーム中、何度駆け引きが行われたことだろう。

裏の裏を読んだ相手のさらに裏を掻く。

そんな攻防が途方もなく続き、されど、とっておきとも言える秋の驚異的な策謀が、その攻防に終止符を打ったかに思われたが。

ついに、ゲームに勝つために用意していた最後の手を打った秋の。

さらにその上を今、王が飛び越えていく。


「この城にある銃の弾は全て、殺傷能力のない空砲にしておいたのじゃ」

「おい、ちょっと待て……」

「──主のそれも含めてのぉ」

「空砲……?」

秋の顔が青ざめていく。

想定にない言葉、想像していなかった発言だったらしく、焦りが表情に表れていた。

──負ける?

久しく感じていなかった感覚に襲われる。

振り払うように、ジュピターとマースに銃口を向け、発砲する。

──だが。閃光と銃声はあれど、撃たれた二人に銃弾は届かない。

「今度こそ本当に……終いじゃな」

健闘した相手を称える勝者の目。

今までとは明らかに異質の、微かに敬意すら込めた瞳で。

自分に優しげな眼差しを送る王に。

秋は──自身の負けを認めざるを得なかった。

それは今まで、自身が唯一尊敬し憧れる、ゲーム部員たちにしか感じたことのなかった感覚故に。


今度こそ演技でなく銃を下ろして敗北を受け入れる。

もう策は、残っていなかったから。

夏たちを狙われた時も、確かに絶望的ではあった。

だがまだ、作戦とは言えないまでも、二つ目の拳銃という奥の手を用意していた。

それが使えるか思案する時間も僅かだが存在した。

だが今は、それすらない。

このゲームに勝つための策は、最初から、これ以上用意していなかった。


──まさか俺が、拳銃を盗むことすら、想定に入れられていたとはな。

参ったねどうも、と。秋は苦笑して。

後方を振り返り、自責の念にとらわれた空っぽの瞳で夏たちに頭を下げた。


「嘘でしょ……」

「まだ……何かあるんだよねー秋ぃー」

「……秋……負けるの?」

後ろから聞こえる三者三様の声に、謝意だけが募っていく。

──悔しいけどさ……もう勝てねぇよ。もう無理だよ……皆。

「……ごめん」

振り絞って出した言葉に、夏たちも言葉を失った。

絶対に負けてはいけなかったゲームに。

かけがえのない存在を賭けてまで挑んだ勝負に。

自分は負けたのだと、痛感しながら──。

「何やってんだ……俺は……」

──静かに目を閉じた秋の耳に、サターンの声が鮮明に響く。

「秋様が銃弾を使い切りましたので、この時点を持って、嘘つきゲームを終了、勝者は王様とさせていただきます」

宣言と同時に、サターンが王に手を向けたが。

だがそこには、勝利を喜ぶ歓喜の声も勝利を祝う喝采もなく。

自分を咎めるような秋の横顔と、その光景に対する沈黙だけが、悲しげに存在していた。

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